56話:球技大会
球技大会。幼女が参加できそうな球技は卓球くらいであった。
「ふんっ!」
「おおい! どこ振ってんだ!」
轟さんの怒号が飛ぶ。そんな叱らないで欲しいのじゃ……。
LIMEでやり取りしてなかったら、きっとわちはビクビクと恐れを成していただろう。だが、轟さんはLIMEでは乙女なことをわちは知っている。彼女の心の中では本当は『(がんばれと猫が応援してるスタンプ)』が貼られているはずだ。
だから絶対負けられない!
「むんっ!」
「ストレート負けじゃねえか!」
卓球は体格差の影響が少ない球技と言えよう。だがこの身体はにぶちんだった。
そもそも元の身体の頃から運動は苦手なのじゃ。脳みそのシナプスが悪いのじゃ。
途中から明らかに手加減されてたのに、ラケットに球が当たらなかった。
わちはポニーテールのリボンをしゅるりと外して、チームメンバーの元へ戻った。
「むう。面目ないのじゃ」
「おめえ、振る時に目を瞑ってたら当たるわけねえじゃねえか」
「なんじゃと……」
恐るべき事実。わちは球を見てすらいなかった。
そして轟さんは奮闘したが、わちらは一回戦負けをした。
そもそも卓球は運動が苦手か経験者のどちらかしかいないものだ。このチーム戦トーナメント、愚図が多い者から落ちていく……!
やる気が0か100の生徒しかいないとも言う。
「これで残りの時間はサボれるねぇ」
「もう帰っていいのこれ?」
「終わるまでは応援行くか教室待機だってさー」
チームの残りはギャル3人で、勝利の道など無かったのじゃ。これでも2勝したのじゃが。「たまたま勝てた。球技大会だけに」って何も面白くないギャグでギャルは笑っていた。女子の笑いのツボがわからんのじゃが。
「あーあ。どうすっかなー」
「わちは北神くんを観に行くのじゃ」
「おー北神かー。意外と面食いなのか?」
「顔だけじゃないのじゃぞー」
なんたって北神くんはわちの嫁じゃからな。いや、ママ?
「いや、北神は男だろう」
「最近は本当に男なのか疑っておる」
女顔でじゃぶじゃぶポーション使っている北神くんは、並の女性よりお肌つるつるぴかぴかだ。姉妹と共に日々のスキンケアもしているらしい。わちはヒアルロン酸入り化粧水を貰った。冬の乾燥肌に良いらしい。
「まあいいや。行こうぜ」
「またねーティルちゃん」
ギャル三人は外は寒いから教室に戻るらしい。
わちと轟さんは靴に履き替え外へ出た。今頃テニス部の北神くんはテニス無双をしているはずだ。
「あれ? 審判してる」
「北神ってテニス部だろ? それなら球技大会のサポートだから出ないんじゃねえの?」
「なんじゃと」
北神くんは「僕はテニスコートに行ってくるよ」と言っていたから、てっきり出場するのかと思っていた。まさか線審をしてたとは。
ならばひと目見て帰ろうと思ったけど、上級生女子たちが美少年北神くんを目当てにネットに固まって覗けなかった。
わちがぴょんぴょん跳ねていたら、腋に手を突っ込まれ身体をぐいと持ち上げられた。わちは持ち上げられた猫みたいにぷらーんと伸びる。
「ほらよ」
「む。ありがとにゃんこなのじゃ」
「にゃんだそれ」
とはいえ覗いたところで意味はないのじゃが、目が合ったので手を振っておいた。ついでに撮影しとこ。ぱしゃ。
「なあ、お前北神と仲良いよな」
「なんじゃ? 北神くんはやらんぞ」
「やらんぞってお前のじゃねえだろ」
確かに。北神くんはみんなの北神くんだ。良いものはシェアリングするのじゃ。わちは北神くんが線審をしている姿の盗撮写真を女子LIMEグループに拡散した。
「そんな行為も他の女子がやったら妬まれるからな」
「わちは男子高校生じゃからのう」
「その姿で言う?」
轟さんは笑った。わちの最近の持ちギャグなのじゃ。
「だけどそうなると何? お前らホモなのか?」
「違うのじゃ。女子は男子が仲良くしてるとすぐそういうが、女子同士が手を繋いでおトイレに行ってもレズじゃないじゃろ」
「いやそれは怪しいだろ」
目付きの悪さで女子からすら避けられてる轟さんとは認識の違いがあった。
「そもそも北神くんは女顔じゃろ」
「それがどうした?」
「男の子が、女の子みたいな男の子を好きになってもホモじゃないじゃろ」
「いやホモだろ」
轟さんとはわかり合えなかった。
放課後。いまいち反りが合わない轟さんと一緒に我が家へ帰った。
そして部屋で妹待ちだ。
「なんか女子みたいな部屋だな」
「どこからどう見てもわちは幼女じゃろ」
「さっき男子高校生って言ってなかったか?」
それはそれ。これはこれ。
そもそも女子アイテムのほとんどは星野さんが持ち込んだ物だ。ピンクのクッションだとか。熊のぬいぐるみとか。
あと南さんが手土産に持ってくる手のひらサイズのちっこいぬいぐるみも増えていく。どうやらゲーセン景品らしい。
だらだら過ごしていたら、部屋の扉がノックもなしに開け放たれた。
「バァン! ティルちーおいすーっ! 何よその女!」
「ども」
「あ、ごめんなさい……」
じろりと睨みつけられた妹はしゅんと小さくなった。妹は弱かった。
やめなよ、轟さんは目付き悪いの気にしてるんだから。謝るのは逆に傷つきますわよ。
「今日一緒に入る轟さんじゃ」
妹は無意味なしおらし演技を解除し、握手を求めた。
「妹のヒメです。よろしく!」
「あ、ああ。轟真琴だ」
「おっけー。まこちー」
「まこちー……?」
そして妹はLIMEの交換を始める。
「あ、かわいいこのスタンプ」
「ああうん。ネコッペだ。50ポイント」
「買っとこ」
もう打ち解けてる。むぅ。嫉妬。
さてダンジョンへ突入するのだが、今回は入る前の説明で細かいことは言っていない。いや、いつも細かい部分は省いているのだが、「男になるかもしれない」という部分も秘密にした。
もしかしたらTSするという先入観で今まで変わっていたかもしれないのだ。偶然ということもある。今更だけど。
「しゅっぱーつ!」
ぐあん。
しゅた。
「んんダンジョンへようこそ」
思わずティーエスと言いかけて留める。
おお、これは……。
「おおおー! まこちーかーわいー!」
「んんん? 成功したのか!?」
妹は轟さんに100均ミラーを手渡した。妹ゴリマッチョ姿に対しては昨日のリングスウェット動画で事前に知っていた驚かなかったようだ。
「おおおー! いいじゃん!」
なんということでしょう。
細くて吊り目で他人を寄せ付けないアウトロー雰囲気だった女性が、すこし垂れ目のぱっちりお目々で愛されガールに大変身!
声もハスキー声はほぼそのまま、色っぽさが若干追加されていた。
髪型もゆるーい自然なウェーブがかかっている。
ってか、本当に望みの姿に変身しちまったーよ。
「何か身体に違和感とかないかのう」
まあちんちんの事だけど。わちもダンジョンに入って金髪ショタ化してちんちん生えた。
「うんん? 特に変わらないが……」
轟さんは自分の身体をぺたぺたと触った。まあ人前で自分の股間をチェックするようなことはしないか。
そこで妹は後ろから轟さんを羽交い締めにした。
「んなななっなんだ!?」
「確認したまえ、ティルオ捜査官」
「わちにやらせると言うのかね」
妹ゴリマッチョが手を下したら犯罪的過ぎるからしょうがない。
わちは「失礼するのじゃ」と断りを入れてから、股間タッチした。むにゅん。
そして蹴られた。
「げふぅ!」
「んなにすんだぁ!」
ごろごろごろ。わちは小麦畑を転がり土だらけになった。痛いのじゃ。
「どうだった? 検査の結果は」
「付いてた」
「付いてたかぁ」
生えても違和感を感じないだろうサイズだったが、確かに付いていた。
残念ながらTSローグライクダンジョンはやはりTSローグライクダンジョンなのであった。先入観を持たせないと言っても、そもそもわちが先入観を持ってしまっておるしな……。
「どういうことだよ!」
「男の娘だったのさ、まこちんは」
「はぁ?」
「玉が付いてたのさ。球技大会だけに」
意味わからんし、何もうまくねえのじゃ。
「ふっ。玉入れってことさ……」
「玉は入れねえじゃろがい」
玉入れは運動会じゃろがい。
現実を受け入れられないまこちんに、ダンジョンに入るとみんな性別が入れ替わってることを改めて教えた。そしたら「騙された」と言われた。
「女のままでいられる可能性はあったからの。騙すつもりはなかったのじゃ」
「そうだな……。すまなかった」
「でさー。どうするの? 付いてるとは言え、理想の顔にはなれたんでしょ?」
「ううむ……」
そうなのだ。まこちんは望みの姿に慣れたのだ。ちんちん付いてるけど。
今回も何か元ネタあるのかな。
「今のその姿に何かイメージはあったのかのう?」
「えっと、アプリ漫画だな……あっ」
「ぬ?」
「女装キャラだったかもしれない」
わちは昭和アニメのようにスッ転けた。
それじゃあどうにせよ付くわけじゃ!
「いやちげーんだよ! おまえが北神が女顔だのなんだの言うから!」
「わちのせいじゃないもん」
ぷいっ。
しかしどうするのか。おちんちんを許容するのかそれとも。
「あたしはまこちんは元の姿の方が良いと思うけどなー」
「なんでだ?」
ううむ。確かになぁ。
「わちも元の轟さんが良いのじゃ」
「そ、そうか?」
「うんうん」
だって可愛らしい見た目の女の子に成りたいのに男になるって本末転倒だろう?
それはそれで需要はあるけど。
身を持って知ってるけど。
剥かれるよ?
「元の轟さんもかっこよくて素敵なのじゃ」
「そ、そう?」
「そうとも!」
「それじゃあ、戻ろうかな……?」
ということで今回のTSはなし!
「んじゃ、ゲートいこか」
「待つのじゃ。わちの帰還能力を試してみるのじゃ」
「あ、そっか」
今のわちは精霊姫(男)である。なのでついでに能力をテストすることにした。
ぴかー! ぴかー!
「おお……小麦が消えていく……。これが能力なのか?」
「む?」
わちがピカピカしたのに部屋には戻らず、わちの周りの小麦が刈り取られていた。
「帰還しないじゃん。収穫能力じゃん」
「なん……じゃと……?」
再度ピカピカして試すも、小麦が消えていくだけだった。
「思ってたんと違うのじゃ……」
「よし。使えなかったからゲート目指すか! あっ……」
のんびりしすぎた。わちたちはトロールに囲まれていた。
死んだ。




