54話:死を受け入れるのじゃ
※いつもより1.5倍長い
土曜日。LIMEでダンジョンいこーといつものメンバーを誘った。
北神くんは風花ちゃんとデートで来られないらしい。
妹とデート? 知らない文化だ……。
そして、北神くんの代わりになぜか竹林さんが来た。
「ティル様やほー」
「だんだん馴れ馴れしくなってきたのじゃ」
わちは竹林さんに抱きつかれ、星野さんとサンドイッチになった。頭が前後からぽむぽむする。
「竹林さんもたくましくなったのじゃな」
「任せてくださいっ」
一ヶ月前での文化祭ではダンジョンで泣いてしまったのに。まあ突然ダンジョンに閉じ込められたあの状態なら誰でも不安になるか。わちだって泣く。
「出発じゃあ!」
しゅん。すたっ。
TSローグライクダンジョンへようこそなのじゃ。
わちは銀髪のじゃロリ吸血鬼となる。
「わあ。伯爵だあ」
そういえば星野さんは竹林さんの変身は初見じゃったな。
「伯爵でぃす!」
「わー!」
竹林伯爵がダンキン伯爵のモノマネをして、マッチョと猫が拍手する。
うーん、見た目が男三人で女子高生のノリきつっ!
「そんなことより、今日はどっちへ行こうかのう」
西の方はすでに調べたから次は三択。あるいは灯台下暗しで初期地点付近だったりして。麦畑の中に隠し通路があるやもしれん。
「館にいるアズマ姫はあれからどうなったの?」
「あれから見ておらぬ。あの自分の姿を見るのは精神にくるのじゃ……」
妹マッチョが突然がしっと竹林伯爵の肩を掴んだ。
「竹やん、しーっ、しーっ!」
「あっごめーん」
うん? なんで妹が焦っているんだ?
竹林伯爵が顔を真っ白にして困ってるじゃないか。元から白塗りだった。
「それとアズマ姫の呼び方は止めよう。それあたしの本名だから」
「あっそっか」
妹の名前は姫だからな。
ぬぅ! ややこしいのう!
「ヒメちゃーが姫になれば良かったのにね!」
「この姿で?」
ゴリマッチョ女装姫誕生! それすでに手遅れな変異後の状態じゃない? そんなのもう守らなくてもいいんじゃねえかな……。
おっと。だらだらしてる場合じゃない。ここはトロールの徘徊する麦畑で野ざらしである。のんびりしてると危険が危ないデンジャラス。
まあ、囲まれる前に星野さんの探知で先に敵に気が付くだろうけど。
「今日は秘密兵器を用意したのじゃ」
じゃーん。木の枝! こいつが倒れた方向へ行くのじゃ! もし外れたとしても棒のせいなのでわちは責められない!
ぽて。西の方角へ倒れた。
「向こうじゃ!」
「そっちはもう見たでしょティルちゃー」
歩き始めたわちは星野さんに抱き留められた。
むぅ。
「わたしがやってみましょうか?」
「む? 竹林伯爵が?」
竹林伯爵は直感系能力だ。多分。直感と棒倒しが関係あるかわからぬが、どうせやり直すのだから誰がやっても同じだろう。
ということで任せてみたら、館の方角へ倒れた。
「伯爵よ……」
「今日は東だね。行くぞぉ!」
いやいや待て待て。出口の側に次へ進む道はないと、わちのゲーマーの勘が違うと言っておる。
だがそんな主張虚しく、「裏庭にあるかもしれないし」と妹に言われたらわちも口を閉ざさるえない。
「ぜったいないのじゃ。違うのじゃ」
「お兄、何ムキになってるの」
「なってないのじゃー」
これで正解されたら、わちは新参へのメンツが立たないのじゃ。ぷくー。
館の近くまで来た所で、竹林伯爵は手にした木の枝を振り始めた。
「ところでティル様。この棒ってなに?」
「導きの枝じゃ」
適当に言った。
本当は効果不明の木の枝だ。昨日の美術部先輩のダンジョンの宝箱に入っていた物だ。どうせ大したことないものだろうということでわちが貰った。
「なるほどぉ。だから先が光っているのですね」
なんじゃと?
本当じゃ! 杖の先が光っておる!
え? なんで?
「あ、それ私知ってる! 探し物の枝じゃない?」
「探し物?」
「あれ? ティルちゃー、知ってて持ち込んだんじゃないの?」
し、知らない……。
星野さんが言うには、どうやらネットオークションで1000円くらいでよく売られている品らしい。効果は名前の通り、探し物の方向に向けると先が光るとか。
安い理由は効果時間が短い消耗品なのと、何を探しているのかはっきりしたイメージがないと光らないからだとか。つまり特殊なことには使えない。
「それじゃあ急がなきゃ消えちゃうのう!」
「大丈夫ですよティル様。どうやら館の中のようなんで」
館の中……。おかしいな。わちの予想が全く外れたのじゃが。
「いやまさかそんにゃ……」
「ほら行くよ!」
妹はわちをひょいと担ぎ、館の塀を乗り越えた。
館に入ったエントランスの左右の右側の階段を登ると人間の姫の部屋。
となると左側はまだ調べてない。
そう簡単に見つかるはずが……あった。
「あるじゃん。こんな近くにあるじゃん!」
「そ、そうか。ここは精霊姫の部屋じゃ。ゲームでもここで準備をしてマップを開いて出発するのじゃ」
なんてこった。マップを描いて教えてる時に気づくべきじゃった。
あるいはあのあとゲームをしていれば気づいたかも。
むう。行動が裏目裏目である。
「結局館にあったのかあ。まあでも、あんな事があったならしょうがないよね」
「ぬ。なんか妹がやさしい……」
「あたしはいつもやさしいやろ」
あやしい……。
しかしわちは星野さんの「これでも気を使っている」の言葉を思い出した。
ふぅむ。もしやこのことを言っておったのか?
「妹よ。わちは大丈夫じゃぞ」
「え? なにが? 急に気持ち悪い」
やっぱ違うかもしれん……。
さてはて、探し物の枝の導きの通り、ゲートは精霊姫の部屋の中にあった。
問題はこの先に進むかどうかだが。
「どうしたん? 慎重になって」
「今回は死んだら変身姿で戻るじゃろ。竹林さんは大丈夫かのう」
「ああそっか」
星野さんが「私は心配してくれないの?」と言ってくるが、一ヶ月猫男だったのだからいまさらじゃろう。
「まあ死んだらうちに泊まっていけばいいんじゃない?」
「今日はみんなでお泊りだね!」
「え。なんか普通に死んだ時の話をしてて怖い」
竹林さんは死も初体験だしな。
「それじゃあレッツゴーじゃ!」
なんだかやたら遠回りした気がするけど、やっとダンジョンのダンジョン、実質的な2階へ入る。
ひゅるん。
しゅた。
「敵はいないみたい」
星野さんがまず安全確認。
やはりというか、戻るためのゲートは消えて無くなった。
2階はシンプルに洞窟型のダンジョンだ。まるで自然洞窟のようで、天井の裂け目から陽が射し込んでいる。そのため洞窟内に草木が植生していた。
その神秘的な光景な中で、ぐわんぐわんとエアコンが動くような音が響いており不安を掻き立てる。
「なんじゃろうこの音は」
「ううん。ちょっと待って」
星野さんが猫耳を地面に付けた。
わちたちはそれを黙って見つめる。
「水の音かも」
「水じゃと?」
「うん。滝があるんじゃないかな」
なるほど。確かに洞窟内は湿っぽい。天井のあちらこちらが裂け目となっているので、水が流れ込んでいてもおかしくない。
「どこか実際にある洞窟なのかなぁ」
「それはないと思うのじゃ。本物の洞窟はこんな歩きやすいものじゃないからのう」
テレビで観たことがあるが、自然洞窟なんてものは人が立ち入ることを考えられてない。入り口からいきなり急斜面の坂だったり、ロープが張られていないと常人には進むことも戻ることもできなくなるようなものだ。
それを考えるとこの洞窟は、自然的なだけであり、ゲームのようなファンタジー洞窟の様相である。
「ねえこっちに何かありそうだよ!」
竹林伯爵がフロアの端に駆け出した。
なんじゃなんじゃと追いかけると、不自然な白い球体が転がっていた。ボール?
竹林さんがその球体に触れると、球は上下にぷしゅうと白い煙を吐いて2つに割れた。
「宝箱だ!」
「なんじゃと!?」
わ、わちのダンジョンに宝箱が!?
確かにファーミングプリンセスのダンジョンにも宝箱はあった。だけどこんなSFな宝箱ではなかったはずじゃが。
まあ箱の形はともかくとして、中身はなんじゃワクワク! SFゲームみたいな宇宙人の光線銃とか入っておらんか!?
「ポーションだぁ!」
期待させておいてポーションかよ!
ポーションに喜ぶ女子三人。うん。まあ良かったのう。持ち帰れるかわからぬが。
「ねえねえティルちー。元のゲームだとどうやってこれ持ち帰れるの?」
「うむ? 元のゲームならいつでも脱出できるが……」
元のゲームでもローグライクなアクションゲームであるが、あくまで素材収集パートである。ダンジョン内を潜っていられる制限時間システムがあるが、帰還魔法でいつでも戻ることができた。
「ってことはダンジョンのアイテムをいつでも持ち帰れるってこと!? すごいじゃん!」
「えーでも、元のゲームではって話しじゃよ? 帰還の魔法なんて無……あっ」
そっか! ショタわちのピカピカ光る能力って帰還魔法か!
「ティルオなら戻れるかもしれん!」
「やったぁ! え? じゃあ今回は戻れないってこと? ティルちー外れ? 失敗吸血鬼?」
「失敗ゆーな!」
泣くぞ。くすん。
探索を始める。
歩きやすい洞窟とはいえ、湿っているので足下注意だ。濡れた草を踏んづけて、わちはつるっと足を滑らせた。それからわちは妹の肩に乗せられ、にゅうにゅう白書のドクロ弟の肩に乗るドクロ兄みたいになっている。
あ、足手まといじゃないもん……。
肩に乗っているからといって何かできるわけでもないので、戦闘になるとわちは肩から降ろされた。
「ふむ。半魚人か」
人魚とは逆で、頭は魚のくせに二足歩行のモンスターだ。エラ呼吸はどうした。
手には銛を手にしており、刺されたら痛そうだ。痛いというか、普通に死ぬかも。
「おるぁ!」
しかし妹ゴリマッチョの敵ではなかった。しょせん足が付いていても魚は魚である。星野猫人の爪でも斃すことができた。
そして半魚人を二匹斃したら身体が光った。竹林伯爵は驚きびくんと身体を震わせた。
「お、レベルアップだ」
「おお!? レベルアップ!? ゲームみたい!」
「別に強くなったりしないけどねー」
「……それレベルアップじゃなくない?」
むぅ。そう言われるとそうなんじゃが。
「じゃが、敵を倒して身体が光るとかいかにもレベルアップじゃないかの?」
「うーん。確かに!」
結局わからんことはわからんのじゃ。もしレベルアップだとしてもローグライクなら外出たらレベル1に戻るし。あ、ステータスオープンはできないぞ竹林伯爵。
さて、探索に戻る。
今回アイテムがそのまま直接落ちて無く、SF宝箱に入ってる理由がちょっとわかった。
今までのダンジョンは床がこう、黎明期の3Dゲームのように地味な感じだったのだが、今回は土と岩肌が起伏に富み、沢が流れて草木が生えてる。そんな中にぽつんとアイテムが落ちていても探すのは大変だろう。
これはきっと宇宙人の優しさだ。ありがとう宇宙人。それでも丸い宝箱が見つけにくいけど。
そしてその見つけにくい宝箱を直感で探し当てて行くのが竹林伯爵だった。フロアに入った瞬間に「こっちです!」と宝箱を見つけ出す。なにその嗅覚。
なるほど。やはりこれが竹林伯爵の能力なのだろう。星野猫人の動物的感覚の感知とは違う、トレジャーハンター的な探知。
「わたし、お宝ハンターダンジョン番組好きなんですよね~」
「あたしも最近ネットで観てるー!」
なるほどなるほど。それが竹林伯爵の能力の元なのか。
そして俺たちはアイテムを順調に拾って回った。
【ポーション】
【ポーション】
【ポーション】
【草刈鎌】
うーん、女子たちは喜んでいるけど、ちょっと今回の冒険は生き残れないかもしれないと感じてきた。何このポーション推し。
そんな中、星野さんが敵を感知し警戒を呼びかける。
「スライムがいっぱいいるよぉ!」
「またスライムじゃとぉ!」
もうスライムはこりごりじゃ……。
しかも妹ゴリマッチョの天敵であり、さらに今回は魔法攻撃手段を手に入れてない。あ、詰んだ。
「前の部屋に戻るよ! ああ! 塞がれてるー!」
「なんじゃとお!」
壁の隙間からぬるりぬるりと緑色のスライムが溢れ出し、零れ落ち、通路を塞ぐように蠢いている。
なるほどこれは、フロア自体がトラップのようなものなのだろう。
「どどどどうしよう! ティル様ぁ!」
「死を受け入れるのじゃ」
「潔すぎ!」
パニックに陥った竹林伯爵をみんなで笑顔でなだめる。
なに。痛いのは最初だけで、すぐに慣れるさ。
ああでも、溺死系はちょっと苦しくて辛いね。我慢して。
「やだぁー!」
抵抗虚しくわちたちはスライムに呑み込まれていく。がぼぼぼぼっ。
「おぅぇええええ!!」
ごろごろごろ。わちたちは部屋に転がり出た。良かった。今回もやはり死んでも戻されるようだ。
ただし、ダンジョン内での姿のままで。
つまり、わちはティルミリシアのままじゃ。ちんちんないなった。
しかしそれよりも、女子三人の姿が酷い。
「改めて見ると、色物過ぎるのう」
「色物いうなし」
はち切れん肉体の外人マッチョ男。
ふさふさのブルーグレーの毛が全身に生えた猫男。
白塗りの顔に悪魔の角が生えたビジュアル系バンド男。
「わちが一番まともに見える」
「何を言うか、ぷにぷに幼女男子高校生が」
「わちはティルミリシアじゃもーん」
星野さんの腕の中でそう宣言すると、妹は「ついに諦めたか」と悲しそうに呟いた。
いや諦めてないのじゃが。そう深刻そうに言われても反って困るのじゃが。
改めて。
ある意味で、ただの超絶マッチョな妹よりも。
ある意味で、ダンジョンによる変身という状況を知られている星野さんよりも。
厄介な変身をしたのは竹林さんだろう。
白塗りの顔が特徴的な人気TOUYUBERというのがやはりきつい。どんなに隠してもそっくりさん感が否めない。そして子供がその姿を見つけると、「伯爵だー」と指を差して寄ってくるのだ。
「ほら! もうマフラーを顔を巻いちゃいな!」
「うわーん!」
四人で買い出しに出かけたら大変な目にあったので、竹林さんはもう外に出ないと妹の部屋に引きこもった。
明日が日曜日で良かった。三人にはわざと死んでもらって元に戻ってもらおう。
「ティル様! 一緒にお風呂に――」
「入らぬからな!」
危ない危ない。竹林さんも危ない民であった。
何が悲しくて男と風呂に入らにゃならんのじゃ! わちぷにぷに幼女じゃぞ!
いや待て、このくらいの年頃だと、銭湯の男湯に居てもおかしくない幼女じゃな。
ということは、混浴を拒否る方が不自然なのじゃ?
いやいやそもそもわちは16歳じゃ! 幼女じゃないのじゃ!
あれでも男子高校生なのだから、男と入るのはおかしくない?
混乱してきた!
「妹よ。わちは幼女なのじゃろうか……」
「いや幼女だろティルちーは」
男子高校生としての俺の存在が消えてゆく。
由々しき事態。由々しき事態じゃ。
「ティルちーそっち逆走だよー」
「ぬうう! 勝てない! もういやじゃー!」
わちはスニッチコントローラーを放り投げた。ニャンテンドウゲームは苦手である。




