51話:お兄姫
衝撃でぐわりと視界が揺れる。
なぜ。どうして。俺がここにいる?
「ティル様!?」
「大丈夫ティルちー!?」
へたり込んだ俺に、妹マッチョが呼びかける。
そうだわちはティルミリシア=フィレンツォーネじゃ。あれはわちじゃない。あれは別人……。
ベッドの上の、フリフリのネグリジェを着た俺が、ごろりと顔をこちらに向けた。
「ごきげんよう皆様方。本日も良いお天気ですね」
こわっ! 俺がお姫様になりきっとる!
妹がわちを抱えて部屋を出た。これ以上アレを見てはいけないと判断した。
「こわっ! なにあのお兄!」
「アズマくん……でしたよね?」
わちは無言で頷く事しかできんかった。
わちはいつの間にか部屋に戻っていた。金髪ショタになっておる。
「異常ですね。このダンジョン。怖いです……」
「あたしも。あんなのがいるとは思わなかったわ……」
あんなのって俺なのじゃが。
「わちの身体……」
「ティル様。どうしてこんなことになったのです?」
「なんだろうねアレ。他の人もあんな感じで呑まれてるってことなのかな」
そうだ。通常の変身ダンジョンでは変身したまま外へ出てくる事がある。
その場合、俺と同じようにダンジョンに元の身体は置いたままだ。
ある意味で、今回の現象は普通のダンジョンで起こることと同じ。逆に言うと、普通のダンジョンでも身体はダンジョンに残されている?
「おええ……」
「ちょっとぉ! トイレに運んでくる!」
「あ、はいっ」
気分が悪くなった俺は、妹に担がれてトイレに運ばれた。
はぁ……はぁ……。吐き気がするだけで、こみ上げてくるわけではなく、気分が悪い。
いっそ吐けたら楽になるのに。
竹林さんはすでに帰った。
わちはベッドで妹に抱きかかえられている。
「つまりさー。お姫様と身体が入れ替わっちゃってるってことでしょ?」
「ううむ。そうとも言えるが、わちはおちんちんが付いておるぞ」
お姫様じゃない。付いていたら王子様である。
「実は付いてる設定だとか……」
「いや、そんなことは……あっ」
あっ。
「その反応、やはりおちんちんプリンセスだったのか。ちょっとスニッチ版買ってくる」
「いやそうではなく。あのお姫様はのう、病気で身体が変異していくのじゃ」
「変異?」
病気というより、呪いのような設定だ。
汚れた空気を吸ったり、汚れた食物を食べると身体が変異してしまう。
「え、じゃあおちんちん付いてるのも?」
「ないとは言い切れないのじゃ。わちのゲームデータは頭にきのこが生えておるしのう」
きのこが生えるくらいだから、おちんちんが生えてもおかしくないじゃろう。
おかしくないかな? おかしくないかも。
おかしいじゃろ。
「よくよく考えたら、そもそもあたしが筋肉マッチョになってちんこ付くのもおかしいしな」
「慣れすぎて違和感なかったのう」
妹のメンタルが強すぎる。
俺の身体の事など些細なことに思えてきた。どうでもいいことじゃ。
いや良くねえよ! 頭がのじゃロリとのじゃショタに侵食されていく!
俺は俺の身体を取り返すぞ!
「待てよ、ということはお兄姫にはちんちん付いてな――」
「やめるのじゃ!」
戻りたくなくなるじゃろ!
翌日。気持ちは切り替えられたが、ファーミングプリンセスを起動する気分にはならなかった。
姫みたら思い出しちゃうもん……。
「タカシー。あんたいい加減スマホ買いなさいよー。そんなかわいい姿してるといつ誘拐されてもおかしくないわよー! 連絡付かなくなったら困るんだからぁー」
「ぬ?」
カーチャンからスマホ購入の許可が出た!?
「そんなこと言われてもお金ないのじゃが」
「ええー? だいぶ前にヒメに預けたわよー? ヒメーどうしたのさあんたー」
「ごちそっさまっ!」
おい、逃げるな妹。
わちは妹を追いかける。とてててて。
「どこに隠したのじゃ。吐け」
妹はひゅひぃーひゅるひーと下手くそな口笛を吹いた。
「吐かぬと部屋に隠してるホモ同人誌をカーチャンに差し出すのじゃ」
「やめろし! あたしのじゃねえし!」
誰のだよ!
「怒らないから、素直に話すのじゃ」
「スニッチ代になった」
「むきーっ!」
許せぬ! せっかくならプレイニュテーション5を買いやがれ!
いやそうじゃない。そうじゃなくて。
「わちのおスマホ……」
「わかった。北神に相談しよう」
北神?
妹は学校で北神を女子トイレに呼び出した。
どこに呼び出しとん。
「ということで北神くん。スマホちょうだい♪」
「うわぁ」
「うわぁ」
俺と北神くんでハモった。
北神くんに素の「うわぁ」なんて言わせるなんて凄いぞ妹よ。
「お・ね・が・い♥」
「わかった。わかったから離してよ」
北神くんは女子トイレから逃げ出した。
「ふっ。交渉成立。あたしのおかげやぞ」
「やぞじゃねえのじゃ。全ての原因がおぬしじゃ」
わちはついでにおトイレして教室へ戻った。
放課後。部屋にいつものメンバーが集まる。
そして北神くんが本当にスマホを持ってきてくれた!
「ドロでいいんだよね。ピクソル4aで良ければ上げるよ」
「なんと! 最近のじゃないか!」
ピカピカの箱に入ってるのじゃ!
受け取ろうとしたら妹が横から手を伸ばした。
「お兄ずるい。あたしのお古使えばいいじゃん」
「わ、わちのじゃぞ!」
北神くんからわちへのプレゼントなのじゃぞ!
「北神きらい。あたしの分は?」
「妹よ。よすのじゃ。強欲すぎるのじゃ……」
「むすー。お兄きらい!」
ふひゃあ! 足の裏くすぐるにゃあ!
わちを後ろから抱きかかえてる星野さんが、耳に顔を近づけて、コソコソでもない声量で言う。
「ヒメちゃーはね。あれでも気を使ってるんだよ」
「あれで!?」
横暴なモンスターにしか見えないのじゃが?
「しのっち。しゃらっぷ!」
「はーい。むふふー」
なぜかわちがやり玉に上げられる。妹の足裏攻撃に加え、しのっちがわちの腋をくすぐりだした。
なんじゃ! なんなんじゃこやつら!
そして北神くんはマイペースにゴソゴソと鞄を漁り始めた。そして追加のピクソル4aを取り出した。
「しょうがないなあ。はいあげるよ」
「北神くん好き。いつ式挙げる?」
妹の図々しさが半端ない。何ついでに婚約しようとしとる?
そして今度は星野さんがくれくれしだす。
「私のはー?」
「しのっちは林檎使いでしょ!」
「新しい林檎ほしいなー」
星野さんはそう言って抱きかかえたわちを左右に揺らした。んああ。
「南さんはどう?」
「え? わたし? え、でも。その」
ぬぬ? 北神め。女の子全員にプレゼントして好感度アップを図っておる?
ちょろいわちと妹はすでに籠絡されとるが。南さんにまで手を出すとは!
「うちはダンジョンで人雇ってるでしょ? その連絡用に配るように端末が沢山あるんだ。南さんも僕たちの仲間だから、遠慮なく貰っていいからね」
「な、仲間……。はいっ!」
あ、南さんも落ちた。
星野さんだけむすーっとしてる。わちの身体を揺らさないで欲しい。
「きーたーがーみーくーん」
「あはは。林檎はないよ?」
「りーんーごー」
星野さんがわちを抱きかかえたまま、部屋をごろごろ転がりだした。ぬああっ!
さてはて。
スマホゲットでうずうずして勉強に手が付かぬ。来週から期末テストなのに。
今日は12月4日金曜日。テストは来週の火曜日から4日間。
「お兄はずっと元の姿だったから今回は平気でしょ?」
「むむ……。おべんきょう難しいのじゃ……」
「ロリショタ能力減少食らってる……」
だってだって。
この一ヶ月間、北神くんの勉強講座なかったし。
わち寂しかったし。
くすん。
「赤点取ったらダンジョン禁止になるんでしょ?」
「ぐぬぬ……」
ダンジョン部の掟だ。ちくしょう。誰がこんな部を考えたのじゃ! 北神くんが先生に提案したらしいのじゃ。おのれ北神! 勉強教えれ!
「アズマくんって勉強できない方ではなかったよね」
「むぐぐ。またテスト期間だけは元の身体に戻るのじゃ……」
「戻れないぞお兄!」
は! 俺の身体はプリンセスになっているんだった! なんてこったい!
ロリショタのまま乗り切れというのか!
諦めていいかな?
「がんばれ! がんばるのじゃ!」
「がんばるのじゃあ……」
ぺーはー? ちゅうわ? えんき? んああ……。
「息抜きにダンジョンへ行くのじゃ!」
「早くね? まだ10分しか経ってなくね?」
出発じゃ!
「い、いってらっしゃい」
南さんに見送られながらゲートを潜る。
しゅん。しゅた。
わちの身体の変化が少なくて以前より楽じゃ。
髪の色と瞳の色とちんちんが無くなるだけじゃからな。
このままこの変化に慣れてしまいそうで困る。
わちの他は、猫、マッチョ、エルフだ。
「それで、今日は何をするのですか?」
「ダンジョンを探そうと思うのじゃ」
北神エルフは「ダンジョン?」と首を傾げた。ダンジョンの中でダンジョンと言うのも変か。
「今までで言うところのここは町じゃな。いや、モンスターが出るから1階と言うべきじゃろうか。ここから2階に繋がる場所があるはずじゃ」
「なるほど。その位置の予測はできているのですか?」
「いいや。ゲームだと画面マップから行き先を指定するだけじゃからのう。この荘園のどこにあるかわからぬが……おそらくは館とは逆方向ではないかと思っちょる」
「可能性は高そうですね」
わちの予想に北神エルフは頷いた。
館がダンジョンの出口なのだから、先へ進む方向はその逆、つまり西だ。
「ゲート探索じゃ!」
「おー!」
そして西側を30分ほど探したけれど、ゲートは全く見当たらなかった。
あれー?




