50話:もう一人のプリンセス
俺は早起きしてパソコンのファーミングプリンセスを起動した。
イナゴにやられたデータの再建しなくちゃならぬ。
「よっこいせ」
ちびっ子化したので椅子によじ登らないといけない。
タイトル画面に自分にそっくりな金髪少女が映る。俺は性別違うけど。
さて、ファーミングプリンセスでは小麦を作る農業パートの他に、横スクロールアクションゲームの冒険探索で素材収集のパートがある。そしてそれは毎回形を変えるダンジョンであり、死ぬとアイテムを失ってしまう。言わばアクションゲームのローグライクだ。
俺はプレイヤーキャラたる精霊の姫を操作して、ダンジョンでアイテムを拾い集める。これは麦畑の材料になる他に、もう一つ目的があった。それは、館の人間の姫を救う物語である。
病気の人間の姫は部屋の外に出ることができない。精霊姫は人間姫が喜ぶような薬やお土産を持ち帰るのだ。
俺が姫に薬を渡すと、「いつもありがとう」と喋った。姫は薬で病気の進行を抑えることができる。病気が進行すると、姫の身体はどんどん変質していく。
俺のデータでの姫は、頭からキノコが生えていた。
「ティルちん。時間だよー」
「ういー」
妹が呼ぶので、ゲームを閉じてうんしょと椅子を降りて部屋へ向かう。
妹にまるでそれが当然の事のようにセーラー服を着せられたので、俺は抵抗し文句を言った。
「いやその見た目で学ランはおかしいでしょ」
「わち男なのじゃが……」
男なのだから学ランを着るべきだ。だが鏡に映る女装のわちがかわいいので強く言えない。ブカブカの学ランで裾を引きずるよりはスカートの方がマシに思えてくるのだ。
おかしいな。そんなはずでは。
「女装子よりもマニアックだよ男の娘学ランて」
「男の子の学ランは普通じゃろ。わけがわからぬわ!」
妹はたまに、いや、よく、よくわからない事を言う。
学校に着いた。
「私のフィアンセのティルオくんです」
星野さんが金髪ロング碧眼セーラー服女装ショタの俺を、後ろから抱きかかえながらクラスの女子に紹介した。すると女子たちですぐに醜い奪い合いが始まった。もううちのクラスの女子たちはだめかもしれん。
「今度は男の子!? 男の子なの!?」
「こんなにかわいいのに付いてるの!?」
「もう我慢できねえ! ひんむけぇ!」
や、止めるのじゃ!
「だ、だめだよみんな……」
モンスターと化した女子たちに立ちはだかったのは水色髪の南さんだ!
南さぁん!
「はあ? あんた何様のつもり?」
「ティルオくんのなんなのよ!?」
「一人占めしようだなんて許さねえからな!」
三下悪役女子メイトな言葉がどんどん出てくる。
そしてぷるぷる震える南さんに、高一ギャルが襲いかかる。
体格が中学生な南さんが勝てるわけがない。囲まれて組敷かれて、こちょこちょぷにぷにされた。美少女化した南さんも女子の嫉妬の的であったのだ。あと行き過ぎた愛玩対象。
「わたしたちも美人になりてーぞ!」
「そうだそうだ!」
「ティルちんダンジョンに入れさせろー!」
ついに女子の怒りが爆発し暴徒と化す。こうなった彼女らを誰が止めるのことができるだろう。
「みんな、男になるけどいいの?」
星野さんが止めた。星野さんがこの一ヶ月猫男として暮らしてきた事はみんなが知っている。冷静に戻った女子たちは、素直にごめんと謝った。
そして女子たちは引き続きわちと南さんをこちょこちょした。にゃっ、なぜじゃ!
「ってことは、俺は女になるのか?」
ニッシー! いつの間に!
こいつ、文化祭でメイド服を着た頃から少し目覚めつつあるようだ。確かな情報ではないが、文化祭でのメイド服を買い取って、夜な夜な着てるという噂が流れている。少なくとも自撮りで女装写真をTMITTERにアップしてるのは確認された。
女装とか人の趣味だからとやかく言わんが、ネットに写真を上げたりするのはちょっとどうかと思うのじゃが。わちは女子たちに無断撮影されながら、昨今のネットリテラシーについて考えた。
ダンジョンができた喜びで「うぇーい」と自撮りをアップして特定される者もいるのじゃ。
「ちなみに聞いてみるだけじゃが、ニッシーの憧れてるものはなんじゃ?」
「何だ突然? そうだなぁ」
返答次第では入れてもいいじゃろ。
「アイドル声優の桜井色音ちゃんかな」
声優とか絶対だめじゃろ! あかん! あかんて! 下手したら死者出るで!
若手アイドル声優のそっくりさん。実は元男子高校生。
メイド服自撮りパシャ♪
はっ。今わちは未来に起こりうる地獄を垣間見た。
「ニッシーは出禁じゃ……」
「な、なんでだよ!?」
まあ最悪噛み付いて使役して帰らせれば大丈夫じゃろ……。
放課後。ダンジョン部の竹林さんに捕まった。
ダンジョン部副部長として、部員のダンジョンを調べないとという話になった。
「ほら。ティル様もダンジョン部ですから」
「ダンジョン部なのはわちじゃなくてアズマなのじゃ」
「同じでしょ?」
ぐぬぬ……。別人説で回避できなかった。
ダンジョン部は、中庭ダンジョンがきっかけで作られたのだが、実のところはダンジョンに入りたがる生徒たちを管理するという理由で許可された部だ。これにより「ダンジョンに入りたいならダンジョン部に入りなさい」という誘導ができるようになった。いまさら生徒たちに「ダンジョンに入ってはダメ」と言ってもみんな聞かないしね。
今日は星野さんも北神くんも不参加だとか。一ヶ月ぶりに元に戻ったため、色々とあるらしい。役所への届け出かもしれん。
と、いうことで、竹林さんだけが我が家にやってきたのじゃが。
「どうしよう、妹よ」
「入って出るだけだったら、あたしが戦うだけでいいと思うけど」
ううむ。不安じゃ。
「ちょっと見るだけでいいのじゃな?」
「そうそう。部員のダンジョンチェックも活動内容なのです」
そんなわけでうちのダンジョンについて竹林さんに軽く説明。俺たちは妹の後ろを付いていくだけということで合意した。
「オッケーです。ティル様」
「それじゃまいるぞ」
まだ小麦畑なダンジョンになってからわかっていない事が多い。大丈夫かなぁと不安に思いながらゲートを潜った。
しゅた。
俺は金髪ショタから銀髪ロリに。
妹は女子高生からゴリマッチョに。
ここまではいつもどおりだ。
ううむ。俺は幼女となった身体をぷにぷに触る。本当に俺の身体が消えてしまったのか。本当に消えてしまったのだろうか。ちょっと諦めきれない。
このダンジョンの中を探したらどこかに落ちてたりしないだろうか。いや、見つけたところでその場合どうなるんだ?
「どうですかわたしー。いやおれ? 声が低くなってるおもしろぉい」
竹林さんは、顔が白塗りで頭に角の生えた姿になっていた。
「ダンキン伯爵!?」
俺と妹が叫ぶ。
元ビジュアル系バンドで、TOUYUBERになったダンジョン配信の第一人者だ。
竹林さんはそんな彼のそっくりさんになっていた。
鏡で自分の姿を見た竹林さんも驚く。
「わあ。伯爵になっちゃった」
「これはまた人前に出せぬ者になったのう……」
竹林さんはダンジョン部の副部長になるくらいだから、ダンユーバーに憧れていてもおかしくなかった。
まだ一般的なダンユーバーならただの似てる人でごまかせるが、この白い顔と頭の角はどう見てもコスプレにしか見えない。特に白塗りの顔は、実際本人と差異があるだろうとしてもぱっと見で同じにしか見えない。
「これ、落ちるのかなあ」
竹林さんが自分の顔を擦ってみるが、白塗りの化粧は落ちなかった。何ともこれは……。
「まあ、生きて戻ればいいっしょ。ほら、のんびりしてないで。あたしの後ろに隠れて」
「そうじゃな」
トロールに囲まれる前に移動を開始しよう。
ちんちくりん幼女吸血鬼(翼なし)のわちは、竹林伯爵におんぶして貰うことにする。
「ティル様、行きますよお」
「うむ。くるしゅうない」
TSした竹林さんは筋力も成人男性並にアップ。わちを担いで麦畑を進む。
「竹林伯爵の能力気になるのう」
「能力? なんですかそれ」
「変身すると何か力を手に入れるのじゃ」
「チートスキルってやつですか!?」
妹はそれに応えムキッと筋肉を見せつけ自慢した。前を見ろ。
「えと、どうすればいいんだろう」
「考えるな。感じろ」
「筋肉は黙っておれ」
パワー系しかありえないビジュアルな妹は置いといて、竹林のビジュアル系バンド容姿は想像が付かない。
音楽か、配信か。伯爵のダンジョン動画は初期勢なだけあって特殊なことはしていない。ありがちなダンジョン紹介動画がメインだ。途中から人気取りで猫を飼い始めたり迷走はしていたが。
「トロール出たから離れて!」
妹ゴリマッチョとトロールがぶつかる。これが人間を辞めた者の戦いか。漫画アニメの世界が目の前で繰り広げられた。モンスターの目玉に腕突っ込んで脳みそダイレクトパンチなんてものをリアルで見ることになるなんて。
竹林伯爵の顔が真っ白だぞ。元から白かった。
「よし、出るかー」
今回のトロールは、館の近くの一匹だけだった。
ふぅ。無事に帰還できそうだ。
だが、竹林さんはゲートの前で足を止め館を見上げた。
「この館の中は何があるのです?」
「まだ入ったことないからわからぬ……。あっ。元のゲームじゃと病気の姫がおるな」
そうだ。完全再現されているか分からないが。いるのかないないのかな……。思い出したら館の中が気になってきた。
「いるみたいですよ。あっ。ただの予感ですけど。違ったらごめん」
「ほう」
竹林伯爵も星野猫人みたいに感知系なのかな。でもこんな離れていて感じる事ができるとなると、感知というより直感系の能力かもしれない。
ちょっと寄り道していくか。俺たちは館の門にくっついてできているゲートを潜らず、門を乗り越えて館の扉へ向かった。
両開きの扉は鍵が掛かっておらず、ぎぃと鈍い音を立てて外開きに開いた。妹を盾にして周囲を警戒しながらエントランスを進む。
弧を描く様に作られた左右の階段の右側を上り、作中の姫の部屋へと向かう。
「お姫様おるー?」
妹が遠慮なしに部屋の扉を開く。
そして部屋の中には天蓋付きベッドに横たわる人がいた。
「お兄!?」
「んなぁっ!?」
そのベッドに、元の男子高校生の俺がいるんだが……?




