5話:妹の筋肉が強すぎる
結論から言おう。妹はダンジョンでマッチョメンになった。
「うははははーっ! お兄ちゃんかっわいぃいー!」
「笑うでない! そちこそなんじゃ! そのハリウッド俳優みたいなマッチョ姿は!」
「どうよ?」
妹はムキッとダブルバイセップスをした。
良い身体してやがる……。惚れちまいそうだ……。
「お兄、知らない? アバンジャージズ」
「知っとるが……」
そう言われてみれば丸い盾を持ったジャージヒーローに似ているような。
「いいよね。キャプテン・ジャージ!」
「妹よ。もしやそれがお主の好みの男なのかの?」
「えー? そういうわけじゃないけどぉ、かっこいいじゃん? それよりお兄のその喋り方は何よ」
「し、自然とのじゃ口調になってしまうのじゃ……」
マッチョ妹が幼女俺を指差して笑う。シックスパックの腹筋が脈動する。
「一応聞いておくのじゃが、妹のその裸は見ない方がいいのかのう……」
「ああん? この筋肉ならいくらでも眺めてもいいぜぇ。戻った後に見たらぶっ飛ばすけど」
「わかったのじゃ……ダンジョンから戻った時には目を瞑っておくのじゃ……」
妹とともに通路を進む。
またしても異なる小部屋から始まったので、マッピングはやり直しだ。
妹はのっしのっしと歩を進め、俺はちょこちょことその後ろを付いていく。
そして早速いつもの巨大コウモリが現れた。
「静かに戦わないと、棍棒を持ったモンスターに気づかれるのじゃ」
「ふむ」
牙を見せ滑空してきた巨大コウモリを、妹はパンチ一発で粉砕した。
「え?」
「ふぇ?」
「お兄、こんなのに苦戦してたの? まあその身体じゃしょうがないかぁ」
妹はむきっと上腕二頭筋を見せつけてきた。
あらやだ。俺の妹強すぎ……?
「妹よ。あの棍棒を持ったチビデブも斃せるかのう?」
「いけるいける」
「気をつけるのじゃぞ」
「だいじょぶだいじょぶ」
やばい。妹は己の力を過信している。ダンジョンではこうして油断した人間から死んでいく。
いや、普通に勝ちやがった。
モンスターの膝を狙ったストンプキックで体勢を崩し、その後の右ストレートが顔面にめり込んだ。
俺を二度も屠った憎きチビデブ棍棒も、マッチョメンにかかれば二撃で瞬殺であった。
「わち、妹に惚れそうじゃ」
「いいんだぜ? 惚れちまってもよぉ」
妹が三匹目のモンスターをぶっ殺したところで、俺たちの身体が光り輝いた。
「なんだなんだ!?」
「おそらくは、レベルアップじゃないかのう」
「ああ強くなるやつ? え? 何もしてないお兄も?」
「ま……マッピングはしてるのじゃ……」
地図の作成だって大切な仕事なのじゃ……。
「おっ。なんか草見つけたよ。草」
「なんじゃろう。薬草とかかの?」
小部屋で束になった草を見つけた。
ゲームだったら食べて身体を張って鑑定するところだが、現実でそんなことやりたくない。
とりあえず拾って手に持っていくことにする。
「ねえお兄。リュックサックとか必要じゃない?」
「なるほど! 気づかんかったわい」
「気づけよ。いや、あたしも今の今まで気づかんかったわ」
草を手にしてマッピングを続けていると、妹はひょいと何か拾っていた。
「なんじゃ?」
「棒だ」
木の棒だ。
「武器かのう?」
「それならいらないね」
妹・ザ・マッチョメンは拳が武器だ。
棒きれを捨てようとしていた妹に、俺はひとまず拾っておいたらと伝える。
「ほら、ああいうのと戦うのに素手は嫌じゃないかの」
「うげぇ、ゾンビだぁ……」
鼻につんとくる腐臭が小部屋に漂ってくる。
通路の先からは肌と肉がずるりと腐っているゾンビが姿を現した。
「妹よ。やってしまいなさいなのじゃ」
「おうよ」
妹が愚鈍なゾンビに棒切れを振り下ろすと、棒きれが白く輝いた。
爆発音とともにゾンビ肉が辺り一面に撒き散らされた。
「うぎゃあああ!!」
「気を確かにするんじゃ!」
爆発したゾンビは即死したようで、肉片は光となって消えていった。
「うう……ゾンビは嫌だ……。あたしもうホラー映画の登場人物を馬鹿にできない……」
「しかし今の爆発はなんじゃ?」
「筋肉の力だ」
「それは違うじゃろう……違うよな?」
妹がマッチョすぎて冗談かわからなくなる。
「この木の棒の力なら、非力な幼女が持つべきでは?」
「幼女言うな。幼女じゃが」
背丈のあるマッチョ妹が手にしていると木の棒だが、受け取ったミニマム幼女の俺だと杖と言った感じのサイズ感だ。
なるほど。これは魔法の杖なのかもしれん。
草と杖を腰紐に挿して、冒険を続ける。
そう、これは冒険なのだ! 今まで死んでばかりいたが、やっと冒険といった感じがしてきた!
「お兄よ。黒い靄があるぞ」
「まじか!? 出口かのう?」
ひょいと身体を傾けてマッチョの脇から先の部屋を覗き見ると、確かにダンジョンゲートと同じものが存在していた。
「これで終わりかぁ。なんか楽勝だったね」
「でもこれ毎回ダンジョンの中が変わったらめちゃくちゃ美味しいんじゃないかのう?」
高難易度と思われたこのダンジョン。マッチョ妹のおかげで散歩気分の冒険になってしまった。難易度破壊すぎるぜ筋肉。
「早いけど帰ろうかのう。知らぬ草と魔法の杖も手に入れたしのう」
「じゃああたしが先に行くから、少ししてから入ってよね」
「了解なのじゃ」
ちなみに妹が着ていたTシャツはビチビチに破けた。ブラのホックも弾け飛んで、マッチョの肩に食い込んでいる。
その状態で戻ったら、真っ先に俺の目が潰されるわけだ。
妹が黒もやゲートに入ったあと、俺はモンスターにやられないようにひっそりと佇み、一分ほど数えてから俺もその中へ入った。
ぐわんと視界が揺れる。
そして視界に飛び込んできたのは、巨大スライムに飲み込まれたマッチョ妹の姿であった。
「食われちょるぅー!?」
「ごぼぼぼぼぼっ」
俺は魔法の杖をうんしょよいしょと腰紐から引き抜き、右手で掲げた。
使い方はわからないが、こういうものは振れば効果があるはずだ。妹も振った時に杖が輝いて爆発を起こしていた。
「食らうのじゃあ!」
ぶんと振ると杖の先が白く輝き、その輝きは弾となって巨大スライムに向かって発射された。
そして命中した光は閃光を放ち爆発を起こした。
巨大スライムの一部がえぐれるように弾け飛ぶ。
だが、妹を助けるにはまだダメージが足りない。
「おかわりじゃあ!」
俺は再び杖を振る。杖は輝きを放たず、すん……としていた。
「ぬあ!?」
杖をぶんぶん振り回すも、先ほどの光は一向に放たれない。
そうこうしているうちに、巨大スライムはぷるんと姿を取り戻し、さらに飛び散ったスライムがそれぞれ俺ににじり寄って近づいてきていた。
「なん……なんじゃあ!?」
そして俺は足をミニスライム達に拘束された。
目の前には巨大スライムが妹を腹に入れたまま、ぼゆんぼゆんと転がってくる。
「ぬあああ!」
杖を振り回すと、先ほどの光が再び輝く。
巨大スライムが俺の身体に当たる寸前に、それは爆発を起こした。
「ごぼぼぼぼぼっ」
まあだからといって、その勢いは止められず。俺も巨大スライムにそのまま呑み込まれたのであった。
死んだ。
「おうおうぉぉぉぉおお……。お兄、目ぇ開けるなよぉ……」
「ぬぁああぁぁぁ……。わーってる。わーってるて」
死に戻りした俺&妹は床にのたうち回った。
辛え。