46話:ダンシングゴリラパワー ~禁じられた力~
天井のミラーボールに、ノリノリなダンスミュージック。
5階のボスエリアで大量のミイラが踊りながら俺たちに迫ってくる。
踊るミイラに観るゴリラ。同じ人外なら踊らにゃ損損。
俺は人間男子高校生だけど。
「はいっ、ほいっ、よっと、こらしょっ」
「えいっ、よいしょ、やあっ、とおっ」
華麗に踊りながらミイラを粉砕していく妹マッチョと星野にゃんこ。君たち本当に文化部?
北神エルフも華麗なステップで銀の剣を振るい、思わず見惚れてしまう。
おっとそんな場合じゃない。俺も真面目に踊らなきゃ。
くねくね。
「ぷっ」
おい、貴様。今笑ったな。今夜は妹をこちょこちょの刑に処す。
踊り続けるのは体力をがんがん消耗させられるが、踊りを止めると能力減少が襲いかかるので休憩できない。完全にリズムからずれると身体が重くなり押しつぶされる。
そう。本当に踊りながら戦うのがこのボスエリアの攻略方法なのだ。
「ゾンビ撃破までもう少し!」
「テンポアップくるよー! アズマくん!」
「よぉし!」
俺は加速の魔導書を手に念じる。動き早くなーれ♪
すると身体がまるで小学生のように軽くなった。いやこの表現はダメだな。のじゃロリが頭に浮かんでしまう。
まるで翼が生えたかのように軽くなった。いやこれもダメだな。のじゃロリが頭に浮かんでしまう。
「ゴリラ下りてきたー!」
ミイラが全滅すると、ステージ上のボスゴリラがフロアに飛び降りた。その衝撃で床が揺れる。たたらを踏んで踊りが乱れると、途端に身体が重く感じる。やばいやばい。
ゴリラがリズムに合わせて手のひらを胸に叩きつける。妹マッチョも真似をする。ダブルゴリマッチョドラミングだ!
バゥンバゥンバゥンバゥン。
「状況がよくわかりません!」
北神エルフがそう叫ぶも、俺だってわからない。
ただ愚図は死ぬ。それだけだ。
「はふっひうっひゅひぃ~」
そして死にそうなのは俺だ。
さらにお腹がぐぅと鳴る。おそらく加速の魔導書のせいで、ガンガン空腹感が高まっている。
ドラミングを止めた妹マッチョが高らかに宣言する。
「よし、斃すぞ!」
「は、早くしてくれぇ~」
今の俺のふとももはこんにゃくゼリーよりぷるるんしている。
「撃ちます!」
星野さんの爆発の杖がゴリラに炸裂。「やったか!?」とやってないフラグを立てるが、当然やっているわけがない。この程度でボスが斃せたら苦労しない。
次に北神エルフの鈍足の杖の光がゴリラに当たる。しかしゴリラが「うぉん!」と一鳴きして弾き返した。ちぃ、やはりそう簡単にはいかないか。
「効かないみたいです。直接戦闘に移りましょう」
搦め手は他にないのでガチである。
妹マッチョがゴリラに突撃し、キックパンチを入れるもゴリラの肉体はびくともしなかった。反撃のゴリラパンチで妹マッチョは吹き飛んで床を転がる。
その隙に星野さんが後ろから爪で襲いかかる。だがゴリラの剛毛と肌は硬かった。にゃんとも引っかき傷を付けただけでダメージになっていない。
ゴリラが鬱陶しく星野さんを振り払おうとした瞬間、北神エルフが銀の剣でゴリラの太ももを斬りつける。血が噴き出し、確かなダメージ!
『お゛お゛お゛お゛ッ!!』
ゴリラが怒りの反撃の拳を振り下ろす。北神エルフはそれをふわりと回避。
一連の戦闘が音楽に合わせてリズミカルに行われる。
俺が入る隙はない。そもそも武器もないけど。
加速の魔導書のせいでどんどん空いていくお腹に対し、俺は踊りながらおにぎりを口に突っ込んで咀嚼する。これが俺の戦い……! 辛い!
妹が華麗なステップを踏みながら復帰。くるりくるりと回転してから、飛び回転蹴りをゴリラの頭に放った。しかしそれは受け止められてしまい、妹マッチョは足を掴まれてしまう。そしてそのまま地面に叩きつけられた。
「ぐえぇぇえぇええええ!!」
「妹ぉ!」
致命傷だ。妹の身体から消滅の光が放たれる。
くそ、残り三人。
俺はバフ魔法を掛け続けているので直接戦力にはならない。
星野さんは決め手にかけるし、北神エルフの剣術に頼るしかない。
「んもぐっ。んぐっ。がんばれー!」
おにぎりを呑み込んで応援するしか俺にはできない。
何かないか。何か……。
虹色に輝くおぱんつがあった!
「いけー! パンティー!」
俺はレインボウパンティを投げた。
なぜ北神エルフの鑑定で、おぱんつが【パンティ】と鑑定されるのか。それはエロイナのゲームで【パンティ】だからである。そして【パンティ】は強力な投擲武器であった。何故かは知らない。だが、【パンティ】は投げるものなのである。ゲームでは。
ひらひら~。ぱさ。
もちろんゲームではないので、やはりパンティは投擲武器にはならなかった。
だめか。やはりダメなのか。パンティは武器にならないというのか……!
「……! 今よ!」
星野さんが合図を出す。
ゴリラが、レインボウパンティに気を反らされている……!?
星野さんがゴリラの太ももの傷をえぐるように引っ掻いた。ゴリラは痛みで体勢を崩す。
北神エルフがゴリラの心臓をめがけて、銀の剣を突き刺した。だが、狙いが外れたようで、致命傷に至っていない。
ゴリラが暴れ狂い、星野さんと北神エルフはさっと引いた。剣は胸に突き刺さったままだ。
「うぉぉおおお!!」
なんだ!? 妹マッチョだ! そうだ、復活草を持たせていた!
消滅したはずの妹マッチョが蘇り、ゴリラの背中に取り付き、首を絞める。
「ぐぎぎぎっぎいぃ!」
だがゴリラの首は簡単には絞まらない! 落とせない! 決め手が足りない!
「な、何か! ある!」
そうだ、ある!
いっけぇ! 進化のポーション!
俺は妹マッチョに向けて、進化のポーションを投げつけた。しかし狙いが逸れた。
だが大丈夫。星野さんがにゃあんとキャッチ。もう一ヶ月近く共に闘っている仲だ。意図はちゃんと伝わった。
星野さんは進化のポーションを中継し、妹マッチョにぶち当てた。パリィンと瓶が割れ、妹マッチョは青白く光り輝くポーションに包まれる。
妹トランスフォーム!
「ぬぉぉおぉおお!!」
妹の身体が膨らむ。着ていたジャージが引きちぎれた。
まさに妹マッチョは筋肉の塊だ!
こんなのもうゴリラvsゴリラじゃん。
「ふんぬあぁああああ!!!」
ゴキリ。
ゴリラの首の骨が鈍い音を立てた。
妹マッチョが力を緩めると、ゴリラはずどんと床に倒れた。
そして妹マッチョは、ゴリラの胸に刺さった銀の剣を引き抜く。血が噴水のように噴き出した。
「介錯いたす!」
ゴリラの首に、銀の剣が振り下ろされた。
ゴリラが光を放ち、消滅する。
「勝ったー!」
「うぉおぉぉおおおん!!」
ダンスミュージックは止まり、強制ダンスタイムは終了のようだ。
「ドロップアイテムぅー!」
「ポーション! ポーション!」
妹と星野さんが踊りだす。
ボス泥がポーションかぁと微妙な気分だが、二人が喜んでいる手前文句は言えない。
いや、そもそも――
「次の階に行こう。コタツマウンテンはまだまだ先なんだし」
「あ、そっか……」
そう、俺たちの旅はまだ始まったばかり。
コタツマウンテンは30階まであるのだ。
気を取り直して俺たちは、ステージ上にできたダンジョンゲートに入った。
ぐわりと視界が歪む。
しゅたっ。
「あ……れ……」
そこは見覚えのありまくる部屋。俺の部屋。
「おかえり……?」
部屋で勉強しながら待っていた水色髪の南さんが、俺たちを見て固まる。
「5階で終わりなのぉ!?」
あれ? コタツマウンテンは?
落ち着け。コタツマウンテンに辿り着くまでにはいくつか村が存在する。
中間地点に着いたので一度部屋に戻ってきたという可能性もあるな。
「まあでも、色々お宝ゲットしたぜ!」
「そうそう! ポーションもあるし!」
「うぁーん、また一日猫かぁ……」
げんなりしている星野さんには悪いが、色々持ち帰ることができた! まあよし!
「とりあえず、祝勝会しようぜ!」
「あたしコーラ持ってくる!」
「おい気をつけろよ! 身体すげえことになってるから!」
妹マッチョは妹ゴリマッチョに進化した。うっかり部屋の扉どころか壁すら破壊しかねない。
その日は楽しく過ごした。
次の日、担任の胃潰瘍が悪化した。すまない……。一日だけ! 一日だけだから!
「……なあ。昨日何時くらいに戻ってきたっけ?」
「えっと、7時くらい?」
「今は?」
「6時半」
放課後。今日は俺の部屋に集まった面々の言葉数が少ない。
時計の針の音だけが響く。
ひとまずみんな勉強をしているが、全く集中できていない。
「7時に、なったね」
「ああ……」
いつも20時間くらいでダンジョンゲートが復活してたのにおかしいな。
「今日は解散しようか」
「そう、だね」
次の日もゲートは現れなかった。
その次の日も。
そしてその次の日も。




