45話:ダンジョン解放運動
※時事ネタ部分を過去分含めて削除しました
月曜の朝一からニッシーがやってくる。
「ダンジョン部入ろうぜー!」
「いや入らぬが」
我が校での話題も専らダンジョン。しかも学校の中庭にできたダンジョンだ。これを受けて我が校ではダンジョン部が設立された。設立までに色々あったようだが。
「アズマは中庭ダンジョンの踏破者じゃんかー。ダンジョン部に入らないとかもったいねえよ」
「といっても中庭ダンジョンには入れぬのじゃろう?」
文化祭の日に学校の中庭にできたダンジョンは、非可逆帰還のダンジョンだ。あの日クリアしたのに消えなかったのだ。
今はダンジョンゲートの周囲にはロープが張られている。
「そうなんだよなぁー! なんとかしてくれよぉ」
「どうにもならんじゃろ」
放課後になると、中庭から「ダンジョンに入らせろー!」と声が聞こえてくる。ダンジョン部がダンジョンゲートを囲ったロープの前で白いヘルメットを被り拳を振り上げている。
今のところダンジョン部の活動は、ダンジョンゲートを囲み、声を上げるだけである。とはいえこれも立派な活動だ。一見ただの迷惑集団に見えるが、その実、勝手にダンジョンに入ろうとする生徒を見張っている。
「あ! ティル様だ!」
うっかり渡り廊下を歩いていたら、ダンジョン部に見つかった。
追いかけられてわちは捕まる。んああ……。
「ティル様も中庭ダンジョン解放運動に参加してください!」
「わちは反対じゃぞ。ここ危険じゃもの」
豚人がいる時点で危険なのに、さらにボスのケンタウロスを斃さないと外に出られないダンジョンだ。ウルファング中原がいなかったら危なかったであろう。難易度的にここが開放されることはまずないだろう。
そうなると本当に迷惑じゃな、このダンジョン。
「でもでも、ティル様は初代踏破ではないですか」
「そういうお主もそうじゃろう」
「わたしは後ろから付いていっただけですし」
そう。今わちを捕まえているのは、うっかり事故で入ってしまった竹林さんだ。
怖い目に遭ったはずの竹林さんはなぜかダンジョン部の副部長をしている。
そんな彼女がそっと耳打ちをしてくる。
「ぶっちゃけそろそろ部員を押さえるのも難しいんですよ。シュプレヒコールだけではガス抜きできません……!」
「むぅ。強くなければモンスターに勝てないのじゃから、筋トレでもして疲れさせればよかろう」
「筋トレですね……! わかりました……!」
ダンジョン部が活躍するのはいつになることやら。
さて、どこの学校にも馬鹿はいる。そういう奴はダメと言われても入ってしまう。しかし奇跡的にも「度胸試し」とか言い出す馬鹿を止める事を今まではできた。いや案外と頭ゆるそうな不良に近い生徒の方がダンジョンの現実を知っていた。それゆえに、不可逆型と知った後は、ダンジョンに入ろうと考える不埒な奴を彼らは殴ってでも止めていた。
しかし事故というものは起きる。竹林さんの例もそうだ。
だからうっかりがあったとしてもそれを責めるのは良くない。とはいえこれはあまりにも迂闊としか言いようがないのではないか。このタイミングは。
「西川くんがダンジョンに入ってしまいましたぁー!」
「なにやっとるんじゃニッシー!?」
それはちょっと目を離した隙だった。
筋トレで何がどうなったらそんなことに!? ロープ張られてるのに!?
「ティル様どうしましょう!? すぐに助けに行かなきゃ……!」
「落ち着くのじゃ。ニッシーなら別にいいじゃろう」
「あ、そうですね」
ほっと胸を撫で下ろす竹林さん。
「いや、なんでだよ!」
は!? ニッシーがにゅるんと現れた!?
「ニッシー!? ダンジョンに閉じ込められたはずじゃ!?」
「なんか普通に出られたのだけど、不可逆型じゃなかったっけ?」
どゆこと? 試してみる? とか思ったが、すでにダンジョンゲートのもやは消えて閉じられている。
「ところでなんか俺は助けなくて良いとか聞こえたんだけど?」
「なんのことじゃ?」
「言ってたよな?」
「知らぬのう? 竹林さんじゃないかの?」
急に振られた竹林さんは「え? わたし!?」と動揺している。その隙にわちは逃げるのじゃ。ぴゅーん。
帰宅後、いつものように部屋に五人が集まった。
「と、そんなことがあったのじゃよ」
「へえ。不可逆が可逆に変化したってこと?」
「みたいじゃのう」
この中だと北神くんが一番詳しそうだが、うーんと考え込んでしまった。
「前例はないのかの?」
「わからないね。そもそも不可逆型は侵入禁止なので、情報が少ないから。多くの場合は一度で消えてしまうと聞くし、残ってたタイプも隠してそういうことにしているかもしれないしね」
「ふぅむ。簡単で何度もクリアできるダンジョンでも、見つかると入れなくなるからかのう」
「そうだね。それに、もし後から変化したとしたら最初から可逆で申請するよね。難易度が高い場合は二度と入らないだろうし、そうなるとそもそもその後がどうなったかわからない」
なるほど。おそらく情報を漁れば前例はあるのだろう。
それにこの情報は役所としても隠して置きたい事のはずだ。不可逆型が可逆型に変化するケースもあると広まったら、それを期待して再突入する可能性が増える。
「情報があるとしたら非合法な冒険者たちが集まる場所だろうね」
「荒くれ者たちが集まる酒場か!」
新参が入ると足を引っ掛けられて笑われる場所じゃ!
「いやそうじゃなくて。ネットの匿名掲示板とか」
「わかっておるわかっておる」
ちょっとボケただけじゃ。
「いや、あるぞ。冒険者酒場は」
「なんじゃと妹よ! 知っておるのか!?」
妹は両手を腰に当ててふふーんと無い胸を張った。
「まだダンジョン規制の厳しかった頃に冒険者を名乗ってダンジョンに潜るのが出てきたじゃん。そんで戦利品持って冒険者が入り浸って情報交換してたんだって」
「まじであったとは、冒険者酒場……」
くそう、そんなの絶対楽しいやつじゃん! 未成年だから入れぬが!
そういえばあの頃も、今の中庭のように、ダンジョン開放を叫ぶデモが街中で行われていたな。
「ちょっといいかな」
「なんだ北神。行くか冒険者酒場へ!」
「行かないけど。軽く検索したところ変化する情報は出てきたから、やはりあるみたいだよ。そういったダンジョンを彼らは2周目と呼んでいるね」
2周目。2周目か。
「なんかゲーム感覚ね」
わちを抱きかかえている星野さんがそう呟いた。
ゲーム感覚か。なるほどな。イベントクリア後の開放ダンジョンって感じか。
「よしじゃあ行くか!」
「酒場には行かぬぞ妹よ」
「いやそうじゃなくて。ポーションを採りによ」
そうじゃった。よしと気合を入れて立ち上がり、南さんを抜いたわちら四人はダンジョンへ突入する。
しゅた。
うーん、あれー。ぐっぱーぐっぱー。
「どしたお兄」
「なんだかこっちの姿の方が違和感を感じるようになってきた……」
北神エルフが可哀想な人を見る目で俺を見てきた。やめてくれ。
「もうずっとティルちーの姿で居ればいいのにね」
「やめやめろよ!? 本当になったらどうすんの、なんか脳内覗かれてる感じがするんだからさ!」
「宇宙人に?」
「宇宙人に」
北神エルフと星野さんは「宇宙人?」と首を傾げた。
ちなみに北神は精霊説(あるいは欧州の一部で言われている妖精のいたずら説)。星野さんはあまてらすっち説を信じていた。
「2対1対1であまてらすっち派の勝利だ」
「いえーい」
そんなの絶対おかしいよ……。
ぜったい宇宙人だもん……。
それはさておき、もはや作業のように1階2階は進んでいく。
拾ったアイテムはやはり各階に3個ずつ。
そして3階はアイテムを2つ拾ったところで、次の階へのゲートを見つけた。
「あーポーションも帰還もなしかぁ」
「でも今回は4階クリアできそうな気がするぞッ!」
妹マッチョはへにょーんとしているが、今回のアイテムは期待ができる。
【祝福された銀の剣+2】 死神も斬れそう。北神エルフが装備
【可視の指輪】 幽霊が見えるようになる(!)。星野さんが装備
【加速の魔導書】 動きが早くなる(!)。俺が装備
【爆発の杖】 攻撃魔法の杖。星野さんが所持
【鈍足の杖】 敵を遅くする。北神エルフが所持
【復活草】 死んでも生き返る(!)。妹マッチョが所持
【薬草】 傷回復。星野さんが所持
【レインボウパンティ+7】 虹色に輝くおぱんつ! なにこれ
ゲーミングおぱんつ……もといレインボウパンティ以外は理想的なアイテムが出揃った。
いける! 今回はいけるぞ! 期待が高まる。
「準備はいいか?」
「おうけーい!」
「はーい!」
「よろしいですよ」
憎き四階へ。まずは各自四方を向き、松明を掲げた。
そして星野さんが部屋を見渡す。
「いた!」
星野さんが爆発の杖を振り、光弾が壁に衝突、爆発を起こす。
そして「ぬぉぉおお」と怨念のような声を残し、ゴーストが居たらしい場所からモンスター消滅の光が散る。
「ないすーしのっち!」
「ついにやったなぁ!」
ゴーストは壁をすり抜けてくる上に、星野さんの気配察知に引っかからず、さらに攻撃をしてくるまで不可視、物理攻撃無効という無理ゲーであった。
しかしついにそれを打破できるアイテムが来たのだ!
「それじゃあ、慎重に進むぞ……!」
「あっ北神くん、巻物落ちてるよ!」
「鑑定いたしますね」
星野さんが巻物を拾い上げ、北神エルフに渡した。
「明かりの巻物だそうです」
「お!? 使っちゃおう!」
暗く松明の明かりだけだったフロアの中に光が広がる。
その光は壁にぶつかると一面に輝きを残した。暗い地下に光が満たされる。
「うおー! 松明もいらないじゃん!」
「勝ったな、がははっ!」
「止めるんだお兄! 勝利宣言はまだ早い!」
そういう妹もにやけている。
「ワーム来てるよー!」
星野さんが指差した壁がグワンと揺れ崩れ、巨大ワームが顔を覗かせた。
「行けー! 妹よ!」
「えぇ……、やっぱあたしー?」
やれやれと妹マッチョは肩を回してゴキゴキと鳴らし、巨大ワームの頭を蹴り飛ばす。
そして北神エルフがワームの首を斬り、体液が吹き出した。
「北神くん、後ろにゴースト!」
星野さんが叫ぶ。北神エルフはくるりと身体を回転させて、背後の空間に銀の剣を振り抜いた。
そこにはゴーストがいた。そして俺にも地面の影という形でゴーストの存在が認識できた。
ゴーストは死に、空間から消滅の光が拡散する。
「明かりの巻物のおかげで、ゴーストは地面の影で位置がわかるのじゃ!」
「良い発見ですね!」
今までは地下空間が暗闇だったから、ゴーストの影が見えなかったようだ。完全な不可視ではなかった。まあ、暗闇で影だけが見えるギミックってゲームバランス悪すぎだけど。
ゲームじゃないが。
「ワーム撃破!」
モンスターどもを斃し、隣のフロアへ。
するとそこにはゲートが! そしてポーション瓶が!
駆け寄る妹マッチョ。
「青ポーションだぁ! しかもめっちゃ輝いてる! 上級じゃね? 上級だろ!」
「いえ、待ってください。これは普通の治癒ポーションではないようです」
「なんだと。もしや特級!?」
北神エルフの手の中で、ポーションは溢れんばかりに青白く光り輝いている。上級よりも遥かに液体の輝きが強い。
「これは、進化のポーションだそうです」
「え、なにそれ。やばそう」
妹マッチョが一歩引く。
「お兄、ちょっと飲んでみてよ」
「やだよ。血の色が緑になったりしそうだし」
「え、なにそれ。やばそう」
妹マッチョが二歩引く。
「えっと、どうしようこれ」
「そうですね……。保留しておきます?」
「使った方が良いんだろうけどなぁ」
俺の記憶だと、進化のポーションは使うとランダムで能力が強くなるはずだ、ゲームなら。だからボス前に戦力の底上げを上げるべきだが……、うーん……。
「悩んでもしょうがなくね?」
使うなら最大戦力の妹マッチョなのだが、この様子だと逃げ出しそうだし。
「そうだな。よし、ボス戦行くか!」
ついにダンスの特訓の成果を見せる時が来た。
あれ? いま俺、男なんじゃが?




