42:地球上にダンジョンができた理由についての究極の疑問の答え
「叡智の宝玉だと……?」
なんだその仰々しい名前のアイテムは。
「ええ。効果は、これは、驚くべきものです。『一度だけ何でも質問に答える』とのことです」
え、それって凄くね? やばくね?
「オゥケイググール!」
「妹よ。ちょっと違う」
「ヘイ尻!」
「妹よ。そういう事じゃない」
いやだが、質問に答えると言ってもネット検索レベルかもしれない。
でも何か、世界の謎を聞いてみるのもワンチャンありなのでは? そしてそれを学会に発表する! 俺が天才と崇められる!
いや待て。
「例えば、例えばだが。未だ未解決なこと。『光が波と粒子の特性を合わせ持ってるってどういうこと?』とか聞いてみたとして、それに答えが返ってくるかな」
「どうでしょうね……。返ってきたとして、その答えはわかるのでしょうか?」
「そうだよな」
そうなのだ。回答が理解できるかは別問題なのだ。ポアンカレ予想で使われたトポロジーが当時の学者がさっぱり理解できなかったのと同じように、回答を理解できる前提知識がないとそもそも理解できないという状況に陥りかねない。
「そんなこと聞いても面白くないじゃん」
「じゃあどんな質問がいいのじゃ?」
「北神の好みのタイプとか」
「本人に聞け」
少なくともハリウッド系マッチョになったりするような女子ではないと思う。
今度は星野さんが手を上げた。
「はーい! 私はー、ダンジョンができた理由聞きたいなーって」
「!?」
はっ!
今、世界で一番注目されている謎は、世界各地で出現したこの謎多きダンジョンの事である。
知りたい! 俺もそれ知りたい!
「ダンジョン産のアイテムだから、ダンジョンの事なら答えてくれるかもしれんしな!」
「いいねー! ダンジョンの謎の解明!」
「いいでしょー?」
「なるほど……。わたくしも興味ありますね」
四人の意見が一致した。
「では良いな? 皆の者」
「おっけー」
俺は叡智の宝玉を手に持ち、「使用」を念じた。
すると、叡智の宝玉は光り輝きだし、「わたしは叡智の宝玉です。よろしければ質問を言ってください」と合成音声が流れ始めた。もうちょっと雰囲気出せ。さっきの妹のせいでスマホのAIみたいに聞こえるだろ。
「地球上にダンジョンができた理由を教えてくれ」
ダンジョンで通じるかな? と言ってから不安になりつつも、叡智の宝玉さんの答えを待つ。
「答えは42です」
「42だと!」
そして叡智の宝玉さんは役目を終えたと言わんばかりに、手の中から消滅してしまった。
「え? どういうこと?」
妹と星野さんは首を横に振った。わかるわけない。だが、北神エルフだけは口を手で抑えていた。
「わかるのか、北神エルフ!」
「ええ、これは……そうですね」
「なに?」
「映画ネタです」
映画ネタかよ! エンタメかよぉ! やっぱり変身先がエンタメに偏ってるのも偶然じゃなかったのかよ!?
それを聞いた妹が尋ねる。
「映画? モンキーパイソンとか?」
「それとは違いますが、まあミーム……つまりネタですね。14と言ったら死を意味する、みたいなものです」
「え、わかんない。13日の金曜日みたいな?」
「なんて言ったらいいのやら……」
なんとなく深い意味がありそうなことは北神エルフからわかった。
「とりあえずスマホで42で検索すれば出ます。有名ですので」
今はダンジョン内で手元にスマホがないので、戻ってから確かめることにする。
そして探索は無事死んだ。四階の鎌ゴースト強すぎ。どうしようもない。
部屋に戻ってスマホで42で検索した。
別に深い意味でも何でもなかった。
「だから僕は最初から映画ネタだと言ったよ」
「そうじゃったな」
そうだった。
「ごめんね。私がダンジョンの謎なんて言ったから……」
「星野さんは悪くないのじゃ。これはあれじゃ。本当にググール検索みたいなものじゃったのかもしれん」
「僕もそう思う。重要な答えが返ってくるものではなかったのではないかと」
その辺に落ちてるアイテムが貴重なアイテムなわけがないのじゃな。
「やはり北神の好みのタイプを聞くべきだったか」
「いやそれはないじゃろ」
北神くんも困っておるじゃろ。
「そんなこと目の前にいるんだから直接聞くのじゃ」
「え? 恥ずかしいじゃん。『好みのタイプは君みたいな人だよ』とか言われたら。きゃっ」
「自信過剰」
どういう育ち方したらこうなるのじゃ? 親の顔が見てみたい。残念ながら俺と同じ血が流れている。
「ええと、アズマさんはないかな……ははっ」
「なんだとこのやろー! あたしの何がだめって言うんだい!」
「そういうとこじゃろ」
男の胸ぐらを掴むような女がモテるわけがないじゃろ。
「ごめん。ちょっと愛が暴走した」
「愛が暴走してそうはならんじゃろ」
ぐだぐだっとして解散し、わちは今日も妹のベッドに連れ込まれた。ぬああ……。
「あたし、お淑やかな乙女になるわ!」
「無理じゃろ」
「なんだとこのやろー!」
「もう崩れてるのじゃ」
しかし妹は元から暴力的だったとは言え、ここまで暴走するような奴じゃっただろうか。
「のう妹よ。もしや男マッチョの影響が残っておらぬか?」
「何言ってんだいこの畜生め。脳みそ幼女化したお兄に言われとうないわ」
「すでに口調が乙女じゃねーのじゃ」
「あらやだおほほ」
いやしかしこれは。本当に?
「もしや、普通に照れくさくて言動が男子中学生みたいになってるとかじゃあるまいな?」
「な! 何言って! ティルちーばか! マセガキ!」
「ほれ、ごまかしとる」
「うー!」
妹は顔を枕に突っ伏せた。
そして枕を抱えて足をバタバタさせながら唸り続けたと思ったら、突然動きを止め、枕で叩いてきた。なんじゃこいつ。
「……じゃあさーお兄」
「なんじゃ」
「北神が女だとして、いやそうそう、最初からエルフの姿だったとしたら、お兄はどうする」
「プロポーズするのう」
「だろー!」
やばい。このままでは妹に同種と思われてしまう。
「かといって、おぬしのように短絡的には動かんのじゃ」
「いやでもゴリ押せばいけるかなーって」
「そんなわけな……いや、結構いけそうな気がするのう……」
結構押しに弱い場面あるな北神くん。
「少なくとも友人ポジを維持して甘い汁を吸いたい」
「妹の恋愛が打算的すぎるのじゃ……」
「へっ。今の世の中、ダンジョンこそ男のステータスよ」
「大丈夫? 何かネットの悪い記事にでも影響されてないかの?」
『男に求める最低限の条件? そりゃあ巨大ダンジョンの一つは持ってないとね(笑)』
みたいなバブル期の生き残りのツイートでも見てそうなのじゃ!
「でもさー。ダンジョンっていつまであるんだろうね」
「うん? 妹はいつかダンジョンが無くなると思っておるのか?」
「数自体は減ってるみたいよ。無数にあった小さいやつの数が減って、大きいのが増えてるんだって」
「でも大きいのは寿命も長いじゃろ」
泡のようにぽこぽこ生まれたダンジョンは次々に消え去っていき、今は例えば膨らんだ風船のように大きいダンジョンが増えてきた。だけど風船も泡よりは長持ちするもののいつかは消える。
そしたら次は風船サイズのダンジョンは減って、巨大バルーンみたいになるのだろうか。
「ダンジョンの巨大化……」
北神家の雪山ダンジョンはそれこそ巨大だ。だけどいつかは一つの山のサイズすらも小さいと感じるほどのダンジョンが生まれるのだろうか。
「42……」
妹がボソッと例の数字を呟いた。
「ねえ。お兄はどう思う?」
「どう思うも、ただの古い映画ネタじゃろ」
「ちぇー。何かありそうなのになー」
「そうやって惑わせて楽しんでるだけじゃろ」
「誰が?」
「宇宙人」
わちがそう答えると、妹は腹を抱えて大笑いした。
「宇宙人! 宇宙人て! はーおなかいたい」
「笑いすぎじゃ」
「お兄は宇宙人説を信じてるのかー。へー」
「なんじゃ。それでは妹は何派じゃ?」
「あたしは天照大神派よ」
「渋い」
やはり何か悪いツイートでも食べたのではないか。
「え? 知らんの? あまてらすっち」
「神様じゃぞ。まるで同じJKみたいな気軽さで呼ぶのう」
「あまてらすっちは天岩戸っていうダンジョンに引きこもったんよ」
「ダンジョンでもないし引きこもりでもないからの?」
「そんでダンスしか勝たん言って覗き見る」
「神がJKみたいになっとるからの?」
「うちら女子高生にはあまてらすっち派がナウいんよ」
「ナウいって言い方がもう古いからの?」
妹の話しだとダンジョン引きこもりのJK女神あまてらすっちが、人類がダンジョンに潜ってるのを覗き見て楽しんでるみたいになるんじゃが。
そうなると、楽しんでる雰囲気出し続けたらそのうちあまてらすっちが出てくるってことじゃな。
なんだそれ。
「まあ宇宙人よりは面白いかもしれん……」
「だろー!」
あまてらすっちがぴえんしてるところを想像してしまって負けを感じた。




