41話:お兄の情緒不安定さがやばい、ついに壊れたか……。
結局北神エルフだけ元に戻った。
俺は動画を撮るためそのままのじゃロリである。
「……なぜ寝顔を撮るのじゃ」
翌日。よだれを垂らし妹のベッドで大の字になってるわちの姿が盗撮された。もちろんこれもアップロードされるらしい。
「プライバシーが何もないのじゃ……」
幼女がトーストをもぐもぐしたり、歯磨き動画とかどこに需要があるのじゃ?
妹が言うにはあるらしい。
そして登校したら教室に入る前にニッシーが寄ってきた。
ニッシーが女子除けになって俺が囲まれるのを防いだ。役に立つなぁニッシー。
ちやほやされるのは良いが、朝から女子高生のハイテンションに呑まれるのは辛いのだ。
「よぉーっす! 聞いてくれよ! 昨日ダンジョンでさー!」
ニッシーの従兄弟のダンジョン話が始まる。どうやらそのダンジョンは小型らしい。犬のようなモンスターはどうやら北神ダンジョンにいるのと同じコボルトのようだ。
ところでダンジョンにコボルトはいてもコバルトはないようだ。そもそもコボルトが犬獣人のモンスターというのも大元からかけ離れてるしな。きっとオークが居たら豚獣人なんだろう。豚関係ないはずなのに。
「やっぱゲームの影響なのかのう」
やはりどう考えてもダンジョンを創った者、それが地球の意思なのか神なのか宇宙人なのか知らないが、上位存在はゲームが大好きのようだ。
俺の独り言にニッシーは反応した。
「アズマもそう思うか? だよなー! でもステータスとか無いんだよな。レベルアップとかさー。敵斃したらお手軽に強くなるとかそういう要素欲しいよなー!」
「レベルアップ……ないのか?」
「ないぞ。いくらモンスター斃しても劇的に強くなったりとかしないしな」
そうだ。そういえば普通はレベルアップなんてない。
だけど俺のダンジョンでは、モンスターを斃すとたまに身体が光り輝く現象が起こる。そしてそれぞれの能力が強くなる。いわゆるレベルアップだ。
え? なんだこれ?
まあ、ダンジョンから出たら元に戻るらしいんだけど。らしいというのは、ティルミリシアの使役能力のレベルアップの恩恵がわからなすぎて自覚できないからだ。
「なあなあ。アズマも北神のダンジョンへ行ったんだろ? どうだった?」
「そうじゃのう。コボルトがいるところは同じじゃよ。というか、動画があるから知っとるじゃろ」
「どうが?」
は!? もしかしてやぶ蛇!? ニッシーはのじゃロリ吸血鬼チャンネルをまだ知らない……?!
「動画……ダンユーバー……?」
ニッシーの無駄な勘の良さによって、ティルミリシアが目の前で検索される!
「な……なに勝手にダンユーバーデビューしてるんだ!? ずるいぞ!?」
「ずるいと言われてものう……」
自主的にやってるわけじゃないのじゃ……。
「登録者1万人ちけえし! え? ウルファング中原さんから紹介されてんじゃん! 一緒に写真映ってる!? どうなってんの!? リアルで来たん!? どうして教えてくれな――」
「おーい席につけぇ。ホームルーム始めるぞ」
先生が教室に入ってきて助かった。
ニッシーが凄い食いついてきて怖いのじゃ……。女子の群れに逃げ込もう……。
その後、女子の群れに逃げ込んだら、今度は雪山スク水ダンスに付いて質問責めにあった。んああ……。
スカートをめくられ「スク水じゃない……」とがっかりされた。スク水なわけあるか!
放課後は文化祭の準備が進められた。
ダンジョンの内装は、ダンジョンの内装に詳しい運動系の部員が主に担当となる。文化部はそれぞれの部の方が忙しいからね。
そしてメイド役には文芸部員によるシナリオが配られた。と言っても紙ペラの原案だが。
・ダンジョンの中になぜか迷い込んだメイドさん
・メイドさんはお客に質問を投げかける
・その答えによって、「普通に助けられる」か「敵になって襲いかかる」かに変化
んー。めんどくさそうなのじゃ……。
ルート分岐あり派となし派で争い始めたので、俺はなし派に一票入れておく。
さて。夜はすっかり俺の部屋にみんなが集まるのが日常となった。ダンジョンに潜らない南さんもいる。
テスト期間後もついでにみんなで勉強していくようになったから、有意義な集まりではある。
今日のダンジョンは俺だけ人間である。といってもティルミリシアの使役能力はほとんど役に立っていないので、むしろ元の姿の方がマシまである。かなちぃ。
ダンジョンの中のNPCっぽい人間の町を眺め改めて思う。
なにここ。
「どうしたお兄。ぼーっとして」
「いやあ。すっかり慣れてしまったけど、ここ何なんだろうって」
「それってダンジョンの事? 町の事?」
「どっちも」
一年前。最初は一部屋しかないような超小型ばかりだったダンジョンは、次第に大きく複雑化したものが現れ、今のようになったらしい。
雪山みたいな開放型のダンジョンや、入った場所から帰還ができないようなダンジョンや、中に入ったら姿が変わる変身型ダンジョンなんていうものもできた。
それはつまり、ダンジョンは今なお進化しているということだろう。その過程が、結果が、うちのこのTSローグライクダンジョンではないかと思っている。
多分ここもそのうち特別なものではなくなる。いやすでに同じようなダンジョンが世界中に出来始めているかもしれない。
なーんて。
「うちみたいなダンジョンって他にもあるのかねぇ」
「どうかな。調べてみればいいじゃん」
「スマホがないんだって」
「そうだった」
居間にパソコンはあるけどさ。
妹も、話しを聞いていた北神くんも星野さんも、このダンジョンみたいな情報は聞いたことがないと言う。
「じゃあやっぱり特別?」
なぜ俺が選ばれたのかは知らないけどちょっと嬉しい。だって凄くない? 宝くじ当選みたいなもんでしょ。がぼがぼお宝ゲットできるし。北神家に預けて現金になってないから実感薄いけど。北神くん曰く、魔導書一つ、指輪一つで億の価値があるとのこと。やばいね。こりゃやばい。改めて優越感。むふふふふっ。俗な人間だぞ俺。
やっぱ選ばれし者なんだよなぁ、俺ってば!
「でもさーお兄。あたしたちだってこのダンジョンの情報を表に出してないじゃん。他の人も、毎回中身が変わるダンジョンなんてあったらさー、秘密にしてるかもしれないよ?」
「はっ!」
俺、オンリーワンじゃなかったかもしれん……。
いやでもそれでも選ばれし存在であることは違いないよな!
「俺、みんなに感謝してる。妹のマッチョが無かったら何もできなかった。星野さんがいなかったら安全に攻略することができなかった。北神くんがいなかったらアイテムの価値がわからなかった……」
「どうしたお兄!? 気持ち悪いぞ!?」
「もちろん今はもうここにはいない南さんにも感謝してる」
「まるで南さんが死んだみたいに言うなお兄!」
俺は感動で涙する。
俺の幸運に。境遇に。ダンジョンに。それを創った上位存在に感謝を。
今ならのじゃロリも受け入れられそうだ。
「なんでのじゃロリなんだよクソが!」
「おおう。お兄の情緒不安定さがやばい、ついに壊れたか……。笑いながら泣き出したと思ったら突然切れだした……」
「大丈夫? おにぎり食べる?」
「星野さん。失礼ですけど、星野さんの手にしたおにぎり、毛だらけですよ」
星野さんは限りなく猫に近い獣人のため、手もふさふさでぷにぷに肉球付きである。北神エルフの指摘通り、その手で掴んだおにぎりはもさもさがべたべたであった。
「ごめん星野さん。毛だらけのおにぎりは無理です」
「なんか振られたみたいで傷ついたんだけど私」
そんな事はない。見え隠れする変態性と、毛だらけのおにぎりはお断りしたいだけである。
星野さんの優秀な感知能力と、普段のおっぱい能力は大歓迎だ。
「あの、そろそろ行きませんか?」
「そうだな行こう! お宝を探しに!」
「ワンビーズ!」
いや、ワンビーズではないが。
変なテンションで始まった今日の探索だが、一階二階は敵が弱いのでモグラさえ気をつければ楽勝である。あと二階はぬかるんでいるので足を滑らせないように注意だ。
そのぬかるみの中にキラリと見知らぬ水晶玉のようなものが煌めいていた。
「なんか凄いお宝っぽい! これは大当たりだろう北神エルフ!」
「そうですね」
拾い上げて鑑定した北神エルフはその珠を、『一度だけ何でも質問に答える』効果の【叡智の宝玉】だと言った。




