40話:男ならなっちまえよ女の子によぉ!
「ふぉぉぉおお!!」
妹が朝から何やら騒がしい。
「チャンネル登録がすげえ増えてる!」
「なんじゃと?」
妹のスマホを覗き込む。「のじゃロリ吸血鬼ティルミリシア」のチャンネル登録数が5000人を超えていた。
「なんか一桁多くないかの?」
「あー! ウルファングの宣伝ツイートがきっかけかー! ありがとファング!」
ありがとファングってなんだよ。
妹が凄い速度でスマホを指先で擦り、ありがとファングさんにありがとファングしてた。
「あれ? メッセージがいくつか来てる……。あ、これまずくね」
「なぜ隠したのじゃ?」
妹はスマホを背中にまわし、ひゅーひゅーと口笛を吹いた。
「怒らないから言うてみい」
「『美少女になれるダンジョン教えて下さい!』ってきてた」
「ふむ?」
なんじゃらほい?
「だからー。ケモミミ女子になったウルファングさんが、銀髪吸血鬼のティルちーのチャンネルを紹介。その動画には美エルフのノースっちも出てきて……。うん。人外美少女に変身できるダンジョンがあると思われてるっぽい」
うーん? それの何が困るのじゃ?
「つまり、美女になりたい女子がうちに押し寄せる」
「最悪じゃな!?」
わちは想像した。マッチョ化して「話が違う!」とブチ切れるオス化女子の群れを。
この世の終わりだ。
「この身体はフィクションです。と書いとこうか」
「何も効果なさそうじゃが」
フィクションのようだが実際なってるのでフィクションではない。
そして今日はフィクションのような映像を撮ることになった。
「いいよーティルちーかわいいよー!」
「ほらもっと腰を振って! かわいさアピールして! 腋見せて!」
星野さんの気持ち悪さがレベルアップしてるのじゃ……。
わちは今、スクール水着姿で北神家の雪山ダンジョンで踊っている。
耐冷の指輪のテストも兼ねているが、多分こいつら、わちを脱がせいだけじゃ。
「わちは吸血鬼じゃからな! この程度の雪山では寒くないのじゃ! がははは!」
前回の動画で凍えてぷるぷるしていたはずだが、今日の俺はスク水で、得意気にそんなことを言わされている。
そして耐冷の指輪とは別に、もう一つのテストも行う。
「風花っち! いま!」
「はいです!」
わちが踊り終わって両手を広げて決めポーズ。
その瞬間、背後でどかぁんと爆発が起こった。
わちは爆音に驚き跳び上がり、雪の中へずべちと倒れた。
「ふぉぉ! ナイス爆発!」
「気持ちいーです!」
こっちは良くねえのじゃ。爆破位置をちゃんと考えろ! 爆発はな、耳を塞いで目を閉じて大声で叫ぶんだ!
そう、テストとは風花ちゃんにプレゼントした爆発の魔導書のことだ。
気軽に爆発できるところとなると、雪山ダンジョンくらいしかない。
魔法が使えるようになると言っても、正直使い勝手がクソ悪すぎる魔法である。
そういうことで爆発演出に使われた。
「さ、寒くない……? へいき?」
一旦ダンス撮影は終わり、南さんがおろおろとしながら側にきた。やはり南さんは癒やし……。
「後でお風呂で温まろうねティルちゃん。今日は上級ポーションだよぬふふふふ……」
「うへへへへ……これであたしも美人の仲間入り……」
星野さんと妹の女子二人は卑しい。
「平気じゃ。この指輪凄いのう。冬でも寒々しい格好をする女子高生が欲しがりそうじゃ」
妹と星野さんがハッとした。じゃがすでに北神家に奉納することに決まっておる。そもそもお宝過ぎて預けないと我が家のセキュリティでは怖すぎる。
「それじゃあ今日の探索に行くとするかのう」
アイドル活動(?)だけでなく、ダンユーバー(ダンジョンTOUYUBERの略称)目指して、ちゃんと探索も撮影するのじゃ。
そんなスク水のじゃロリ吸血鬼の俺は、雪山をスキー板でよちよちと歩き、氷の柱の宝箱を見つけた。
出てきたのは黄色いポーション!
うん? 黄ポ?
「これは栄養ドリンクですね」
「え、栄養ドリンクじゃと……?」
え? ダンジョンからオロビタンGが出るの?
そういえば栄養ドリンクって黄色い気がするが。え? ほんとに?
うろたえるわちを見て、北神エルフはふふっと笑った。からかわれたのじゃ!?
「これはスタミナポーションです。効果は滋養強壮、栄養補給、疲労回復、眠気覚ましなど」
「栄養ドリンクじゃな」
青ポーションとは違い、美容効果が見込まれない黄ポーションは、およそ1200円くらいらしい。
うん。ちょっと高い栄養ドリンクじゃな。
「よし帰るかー」
帰り際にケサランパサランの群れがいた。
妹はそれに向かって指示を出す。
「風花っちよ! 爆発だ!」
「らじゃーです」
妹が不穏な指示を風花ちゃんに出して、風花ちゃんもノリノリで胸に入れた魔導書に左手を当て、右手を前に差し出した。
「過激な奴じゃな!? 子供か!」
中学一年生は子供か。高校一年生の妹はわんぱくはもう許されない歳だ。
「でもモンスターは斃すものですよ?」
「ふっ、甘いのう風花ちゃん。ゲームなら敵対してないモンスターは斃すとペナルティが付くのじゃよ」
「確かに、そういうのあると聞いたことあるです」
よしよし良い子じゃ。
ドコォン。風花ちゃんの魔法で雪原の一部が爆発した。
「えぷちっ」
その衝撃でわちは後ろにひっくり返った。
ちなみにさすがに雪の中にスク水姿で埋もれると冷たい。
「だいじょぶです。黒いやつは敵です」
びっくりした。風花ちゃんはわかってても爆殺するサイコテロリストなのかとかと思ってしもうた。
今回は白いケサランパサランの中に、黒いやつが混じっていた。どうやらそいつは襲いかかってくるそうだ。
白ケサはぽふんぽふんと逃げ惑い、黒ケサがもさもさと爆発した雪の下から現れた。
「いっぱいおるぞ!?」
「うげ! 気持ちわる!」
虫嫌いな妹は、その群体に震え上がった。石をひっくり返した裏みたいだもんな。
「どうやって斃すのじゃ!?」
「ストックで突き刺すです!」
ぴょいんぴょいんと跳ねながら近づいてくる黒ケサに、風花ちゃんはスキーのストックを突き刺した。ちょっとビジュアルが酷い。
妹が「やれっやれっ」と指示してくる。自分がやりたくないのもあるし、撮れ高のためだろう。
わちもストックでツンツンする。
「わわわわうぷぁー」
わちは黒ケサの大群に飲み込まれ、雪の上で大の字になった。
今回の動画のコメントは、『幾千の時を生きる吸血鬼様、ついに毛玉に完全敗北する』と書かれていた。
雪山ダンジョンが終わり、いつものようにお風呂タイム。
今回は昨日出た上級ポーションもねっとりと使う。通常のポーションとの違いは、振った時の青白い光り方と粘度だ。上級ポーションはねっとりとしている。
ちなみに下級ポーションと上級ポーションの具体的な境目はない。どっちとも言えない場合は中級と言われる。
下級ポーションは軽い血止めくらいな効果と、肌をつるつるにする効果くらいだが上級は違う。傷なら深い切り傷もピタリとくっつく。すごい。妹マッチョがダンジョンで胸元を斬られた時に治した薬草くらいの効果がある。あれ? 薬草くらいというと凄さが薄れるな……。むしろ薬草が凄い……? ポーションって薬草……?
それはともかく、美容効果としては軽い火傷痕くらいなら消えてしまうくらいだ。ほくろも取れちゃう。しわも取れる。虫歯も治る。軽い骨格の歪みも治る。
つまり、肌が綺麗になるどころではなく、根本から美形になる。
世の中の奥様方では「整形ポーション」などとも呼ばれている。
さすが時価100万円の効果だ……。
「すごい! すごいよこれ! ねちょねちょだよ!」
「しのっち! 早く塗ろう!」
女子二人が抱き合い、スライムのようなねちょねちょをお互いの身体に塗り込み合う。
わちと南さんと北神エルフはお風呂の端っこで壁を向いた。
一瓶の上級ポーションを限りなく有効活用するため、目を向けてはいけない光景となってしまっていた。
幸いなことに、わちはそこへ巻き込まれなかった。「変身組は元々美形だからいらないでしょ!」とのことだ。助かった……。
残念には思ってないぞ!
ちょっとだけしか。
ああでも、風花ちゃんは巻き込まれていた。ちょっと聞いてはいけない声も混じってきて耳も塞ぐこととなった。
そして午後はいつものように、うちのダンジョンへ。
明日は月曜日。学校への登校へ向けて、俺と北神は元に戻ろうと考えていたが、風花ちゃんが付いてきた。
あれ? ということは今日もチュートリアルダンジョンで、クリアしないと元に戻れない?
「てかさー。今バズりかけてて大事な時なのに、お兄に戻るとかないでしょ」
「なんじゃと」
え? しばらくのじゃロリのままでいるのわち?
「わたくしは戻っても構いませんよね?」
あ! 北神エルフが抜け駆けしようとしてる!
「北神もわかってないなぁ。今は文化祭の準備中じゃん。女装メイドになるか、エルフメイドになるかの二択よ? どっちが喜ばれると思う?」
「エルフメイド……」
「甘え。甘えよ北神ぃ! 世の女子は女装メイドを求めてるんだよぉ!」
そこへわちは挙手して口を挟んだ。
「待つのじゃ。男子も求めておる」
「そういうことだ!」
「???」
北神エルフは混乱している。
「北神は女装メイドという色物に落ち着くのかぁ!? 人に求められたまま自分を歪め、一生残る汚点を残すのか!? 違うだろ! 男ならなっちまえよ女の子によぉ! それが男ってもんだろぉ!」
妹が興奮して唾を飛ばしながらわけのわかない事を言い出した。
それに対し星野さんは目を閉じ静かに拍手をした。
その拍手は南さんへ伝わり、そして俺も加わる。妹は猿の玩具のように手を叩いた。
「わかりました。なります。女の子に!」
北神エルフは混乱している。
「なんかおかしくないです?」
風花ちゃんは騙せなかった。




