36話:突発生放送はご計画的に
「何を話せばいいのじゃ……」
おろおろ。おろろろろ。
三脚に立てたスマホの向こうから、妹の指示が飛ぶ。カンペですらない。
「今日の雪山ダンジョンのこととかさー」
「わ、わかったのじゃ。今日は雪山ダンジョンに行ったのじゃ」
「動画は後でアップロードするよー」
「とのことなのじゃ。頭にカメラを付けて歩いたのじゃ」
スキー板を履いてよちよち歩いたことを話す。
「コメント来てるよー。『雪山?』『この前と違うとこ?』『コボルトは?』だって」
「違うとこなのじゃ。凄いのじゃぞー。開放型ダンジョンじゃ。コボルトはいないのじゃ」
「もっと面白い返しして」
「無茶を言うでない……」
ぷるぷるぷる。話すことなんてわからない。
わちはぽっちらぽっちら雪山での出来事を語っていく。
「お、視聴者が20人超えたよ!」
「そんにゃにか!?」
「女子グループに教えたしねぇ」
人数にビビったが、多くはクラスの女子ということを知り安心する。
つまりこれは、身内放送というやつじゃ。
南さんと風花ちゃんは20人という数字に不満気だ。「やはりTOUYUBE LIVEは導線が……gamingを潰したから……やはりTMITCH.tvじゃないと……」とかぶつぶつ語り合っている。一体何の話しじゃ。
「それではこの後、登録者1000人記念で生ダンスをお送りします!」
「1000人!? そんにゃにか!?」
横から風花ちゃんが「まだ700人ですよね?」とツッコミを入れた。随分と下駄を履かせたのう?
「それではみなさん。お手を拝借」
「なんじゃなんじゃ……?」
急に手拍子が始まった。
「きょ、曲は……?」
「曲流したら怒られるのでなしで」
「おおう。世知辛いのじゃ」
わちは手拍子に合わせて身体を動かす。クラスの女子から学んだようにステップを踏みターンをする。うにうに。くねくね。
「ちょっ。もういいじゃろう……?」
「おつかれー! みんな拍手ー!」
ぱちぱちぱちぱち。
これじゃあDTではなく、DTじゃ……。
「おー。同時接続50人いったよ50人!」
「ひふぅー。はふぅー。人、いっぱい……観てるのかのぉ……」
わちはぺたりと床につぶれている。おぱんつだけはガードしないと危ない。
「ほとんど学校の奴だけどなー」
「まあ、そんな、もん、じゃろうて」
ほとんどクラスと美術部のメンバーといったところか。
わちはみんなにお別れの挨拶をして終了した。
「おつかれー」
「ふあー、緊張でしにゅぅ……」
心臓どきどきが止まらない。ダンスのせいでもある。
「こんなもんでよかったのかの?」
「うんうん。配信は動画として残るし、リアルタイム視聴者少なくても平気やて」
「よくないです!」
びくんっ。
プロデューサー妹に反抗したのは風花ちゃんだった。
「無計画にもほどがあるです。台本まではいかなくても、話す内容はメモして事前に準備しておくべきです! そもそも50人はめちゃくちゃ多いです! そんな中でぐだぐだした配信をするなんて罪です!」
おおう。風花ちゃんが本気の目だ。
「まあうちら素人だしー」
「そんな心構えがダメなんです!」
ふすーっと風花ちゃんの鼻息が荒い。
俺は北神エルフに忍び寄る。
「なあ北神よ。妹ちゃんは随分と詳しいようじゃが?」
「うん。風花はゲーム実況してますからね。段取りが悪くて口を出したくなったのでしょう」
マイ妹が押される光景は珍しい。にやにや。
妹は行き当りばったりだけでなく、しっかり勉強しておくんじゃな!
「ふぃー。やっと戻れた」
昼過ぎ。俺と北神はダンジョン内で一緒に布団で寝た。変な意味ではなく。
本棚の前で男二人が重なるように転がった。
「あー戻っちゃったぁ……」
「ティルちゃー……」
妹と星野さんが露骨にがっかりした。この二人ぶれなさすぎる。
「仕方ないじゃろ」
俺はいつものようにごろりと転がり星野さんの膝に頭を乗せた。
「お兄のセクハラがナチュラルすぎる」
「私これどうしたらいい?」
「とりあえず証拠写真撮るわ」
なんじゃなんじゃ……。星野さんと目が合う。うわあ!
「すまんのじゃあ!」
ティルミリシアの習性がすでに染み付いていた。
しかも、意識しないと語尾がのじゃるし。
「あ、アズマくん……」
後ずさる俺を、南さんが悲しい目で追った。
「ち、ちが……わちはそんなつもりじゃ……」
「どうしよう。お兄の見た目で言動がティルちーだ」
「やっぱ戻らない方が良かったのではないかなー?」
「そんなわけねーのじゃ!」
わちはびしっと北神を指差した。
「北神くんはどうよ。変な癖とか残ってないのか?」
「うーん。僕は別に。アズマくんみたいに変なことしてるわけじゃないから」
変なことってなんだよ!?
5人の残念な人を見る目が俺に突き刺さる!
「べ、勉強しよう……うん。どこからじゃったかのう」
癖になってるのじゃ。語尾にのじゃ付けるのが。
しばし勉強をして、休憩中にテレビを付けた。
するとアメリカでダンジョン探索賛成派と反対派がぶつかる映像が流れていた。
「うわー。まだやってる。ダンジョンで暴れろよぉ」
と率直な感想をオブラートに包まないで漏らすのはマイ妹。
「そもそもダンジョンの問題なんだから……」
妹はテレビを眺めながらつまらなそうにスマホを取り出した。
「はぁ~過激だねぇ。外国は」
「仕方ないよ。むこうでは麻薬の取引にもダンジョンが使われるからね」
「日本でもあるんでしょ? ダンジョン詐欺とかさ」
ダンジョンは日本でも犯罪の温床となった。主に流行ったのはダンジョン詐欺だ。「お宅の息子が闇ダンジョンで事故を起こした」などと騙し、年寄りに金を持ってこさせるやつだ。悪質なやつだとダンジョンの奥に連れ込んで放置する事件もあったそうだ。
野良ダンジョン怖い。ぷるぷる……。
「テレビのニュースつまんね。ネットの方が早くて正確」
妹よ。それは偏見すぎじゃぞ。
「中国製の粗悪ポーション拡散中」
「まだ騙されてる奴おるのか」
「見てよこれー。日本の狼男だって!」
「狼男って……今2020年だぞ?」
狼男の伝説なんて、あれは狂犬病が元だろうよ。現代日本で狂犬病なんてない。いや、今年あったか。訪日外国人だけど。
だが、妹が見せてきたスマホのニュースブログの画像は、まさに犬人間の姿であった。
「どうせCGだろー?」
「そんなことないって。お兄はもっとネットを信じろよ」
むしろ妹が信じ過ぎで不安だ。
文字動画観るような大人になるなよ。
「記事によると、この人はダンジョンに入って狼男になったんだってー」
「ふーん。……今なんて?」
「不可逆式の変身型ダンジョンの生き残りだってさ。かわいそー」
それを聞いた星野さんは「あっ思いついた!」と言った。
「もう一回ダンジョンに入ればいいんじゃない? そしたら戻るー」
「クリアしたらダンジョン消えたんだってさ」
そういえば北神くんが言ってたな。不可逆式のダンジョンをクリアして出ると、ダンジョンが即座に消滅することがあると。
「えー。じゃあずっと犬の姿ってこと?」
「しのっちもずっと猫の可能性もあったよねー」
「やめてよー。あれ結構大変だったんだから、思い出させないでー!」
いやはやうちのダンジョンが常識外で良かった。そんなテスト前日の夕方だった。




