34話:料理動画はよぉ! お手軽で受けるんだよ!
「みんな勉強道具持ってきた?」
「うんもちろーん」
わちへの幼女いじりが済んだと思ったら、妹や星野さんは教科書やらノートを取り出し始めた。
うん? 新展開じゃの?
「なんじゃなんじゃ?」
「お兄、頭幼女かよ。月曜から中間テストでしょ」
「なん……じゃと……?」
ティルミリシアは設定上賢いはずだ。だがぽんこつだった。それは俺の意思ではどうにもできない宿命である。
よって授業中の俺の頭はぽわぽわしていた。今日のお弁当はなにかなーとか考えていた。
第一、高貴なる血族の吸血鬼のわちが、人間どもの勉強をしてどうする。わちは賢いのじゃぞ。がはははっ! とか思っていた。
今更気づいてももう遅い。俺は確かに学校で思考がのじゃロリ化していた。
どれもこれも女子たちが「かわいいかわいい!」と幼女扱いをしてくるから、ティルミリシアの中の俺の思考がどんどん隅に追いやられていくのじゃ。
わちは悪くないのじゃ。
「べんきょー、ぜんぜん、わからないのじゃ……」
「どうしよう北神。ティルちゃんには高1の教科書は難しすぎるみたい」
「授業を聞いてなかったのが悪いんじゃないでしょうか……」
幼女デバフを食らっている俺とは違い、北神エルフは賢そうだ。ずるいのじゃ。
「大丈夫! 私がなんとかするから!」
そういって星野さんが後ろから抱きかかえてくるので、頭にぽよぽよがぽよぽよする。集中できないのじゃがぁ!
わちは脳みそフル回転した。ハイスペック北神ノートからテストに出そうな要点を教えて貰い、全力で暗記していく。
幼女の頭はまるでスポンジだ。凄まじい勢いで知識を吸収していく。ティルミリシアは賢いからな。
だが、出力がへっぽこだった。覚えた公式をそのまま使えても、応用ができない。
「赤点は取らないと思いますが……」
「わち、明日元に戻りゅ……」
「なにぃ!?」
複数の女子の声が俺の意見に反対した。
妹と星野さんはいつもどおりだけど、なんで南さんも? 南さんもそっちの人なん? もう誰も信じられない。俺は人類に絶望した。
「それならお兄様も元に戻してください」
「そうですね。この姿では不正になるかもしれませんし」
「そうじゃそうじゃ!」
北神の正論にむぐぐと唸る女子三人。
こうして俺は勝利を勝ち取った。
だが、妹から条件を与えられた。それは動画の撮り溜めである。
「ということで夕食を作ります」
「もう何でも有りじゃな…」
何でもするのがTOUYUBER。
「料理動画はよぉ! お手軽で受けるんだよ! 失敗しても成功しても無難にできてもな!」
「本当かのう……」
作り物は風花ちゃんが食べたいもので決まった。ハンバーグである。というか、うちで食べていくの? 全員? 両親含めて8人分?
6人で休憩がてらにスーパーへ出かける。
しかしこの6人、めっちゃ目立つ。
まず北神エルフがぶっちぎりで目立つ。しかもダンジョンに潜る流れだったのでジャージ姿のままだ。というかみんなジャージだ。
次に南さんだ。水色髪のロリっ子は、二次元バーチャル世界と違って果てしなく目立つ。隠れてても目立つ。
この二人に比べると銀髪ぷにぷに幼女の俺は割りと目立たない、と思いたい。妹と星野さんに挟まれて手を繋がれてる。
その妹と星野さんも、星野さんは元々美少女だったし、妹もポーション効果で綺麗になってきた。
さらに北神エルフにくっついてる北神妹の風花ちゃんもかわいい。
なにこの美少女軍団。アイドル事務所の集団移動か何か?
その中にいる妹だけ容姿が微妙。ぷぷーっ。
「買い物の様子を撮影するよー」
その妹から羞恥プレイをされる。道中をスマホで撮られる。店内は撮影禁止よ!
レジで「お買い物できて偉いわねぇ」なんて言われるトラブルはあったものの、買い物終了。わちはそこまで小さくないのじゃ……。
おうちに帰ってハンバーグこねこね。キッチンに手が届かないから踏み台に乗ってひき肉を混ぜるのじゃ。むにむにむにむに。
焼いて並べて、記念撮影。みんなでハンバーグもぐもぐ美味しいのじゃ!
はっ。俺は一体何を……?
アップされた料理動画は「肉こねただけじゃん」とコメントされた。ぐぎぎ。でも高評価だった。わからん……。
幼女が肉こねるだけの動画の何にそんな需要が……?
妹に良いようにされた翌日。日曜日の今日もみんなで集まることになった。というか、北神様がいないと俺の赤点がやばい。
午前中は今日も北神家のダンジョンへ。しかも今日は妹のゴリ押しで開放型のダンジョンに入ることに!
北神家のお迎えを待つ。
ピンポーン。
「うぃーっすアズマぁ」
ガチャン。俺は扉を閉めた。
うーん。今一瞬ニッシーが見えたような……。
「なんで閉めるんだよ」
なんかニッシーの声が聞こえるような……。
ちらり。
やはりどこからどう見てもニッシーだ。
「遊びに来たぜー」
「なぜ突然来たのじゃ……」
「だってお前スマホねえじゃん」
わちは頭を抱えた。どうにかして追い返す方法を。
「ニッシーよ。明日からテストじゃぞ?」
「だから来たんじゃねえか。従兄弟のダンジョンに行ってる場合かーって親に言われちまってよぉ。どうせ暇してるんだろ?」
「暇じゃないのじゃ……」
我が家の前にヒュオォオオンと音を立てて車が停まった。北神家の電気自動車である。
タイミングが悪すぎるぅ!
北神家の運転手のおっちゃんも「あれ?」という顔しとるやんけ。
「なんだなんだおい? あれ? 星野さん? 星野さんちの車?」
「むぅ……妹! 妹ぉー!」
俺は色々と諦めて妹にぶん投げることにした。
「なんじゃ騒がしいのうティルちーよ。あれ? ニッシーじゃん」
「妹ちゃんじゃん。どしたの、ジャージで」
「んあー。朝の運動?」
「それで星野さんも……よし! 俺も行くぜ!」
来るな。
「来るな」
「うっわ! 妹ちゃん冷てぇ! でもあれだろ? ツンデレってやつ?」
「来るな」
「わかったわかった。星野さぁーん! 俺も付いてっていいかなー?」
星野さんは八方美人なところがある。妹と違って「え、あ、うん」と返してしまった。
地獄の始まりである。
ところでご存知だろうか。地獄の釜の蓋が開くはよく誤用される。これは「蓋が開いたぜチャンスだ逃げろー!」という意味である。
逃げたい。
「どこ出かけるのー? なぁー。うわーすげー車! 星野さんちの車? こちらお父さん?」
「北神家の送迎の車でございます」
「北神……北神? ダンジョン?」
ニッシーはアホだが、意外と勘が良かった。北神。ジャージ。送迎。キーワードから答えを導き出してしまった。
「ダンジョン?」
ニッシーはもう一度尋ねながら、ちゃっかり後部座席の星野さんの隣に座りだす。
「(おいっ。どうするのじゃ!?)」
「(要請だ。北神へ。緊急事態発生スクランブル。直ちに目標を破壊せよ)」
妹のニッシーの排除方法が全力すぎる。そんなか。そんなにか。
ああそうか。ニッシーは動画撮影の邪魔になるのか。すると、ニッシーがいれば撮影は中止になる?
俺はにやりと笑った。
「(ニッシーが居てもいいんじゃないかのう?)」
「(撮影の邪魔だ。動画が撮れないなら約束通りお兄はティルちーのままで居てもらう)」
「(殺すか)」
もうニッシーには死んでもらうしかない。
さようならニッシー。君のことは忘れない。たまには墓に花を添えるからね。
「(それでどうやって排除するのじゃ? ダンジョンが絡んだ時のニッシーはヒルよりしつこいのじゃぞ)」
「(ヒルはタバコの火で剥がせる)」
「(よし。タバコじゃな?)」
わちは運転手のおっちゃんに近づき、タバコを吸う真似をした。
「おっちゃん。一本くれなのじゃ」
「……お嬢様。それは無理でございます」
とてててと妹の元へ戻る。
「(作戦失敗じゃ!)」
「(幼女がタバコを貰えるわけがなかろう!)」
「(ぐぬぬ……。かくなる上は、南さんの電撃で殺すかのう……)」
わちゃわちゃしてる俺たちに、ニッシーは「何してんの?」と聞いてきた。
「おぬしを消す方法を模索してるのじゃ」
「何してんの!?」
じゃが、殺るにしても公の場で殺るわけにはいかない。
しかし、ダンジョンの中なら?
実はダンジョンでの死傷者の多くは、モンスターによる被害ではないと聞く。つまり、人の手による犯罪だ。
お宝が出た時の仲間割れのパターンもあるが、単純に犯罪者が強盗や殺人を犯すために使われることも多い。
それゆえ、野外の無認可のダンジョンには近づいてはいけないのだ。
いつ悪漢にダンジョン内に引きずり込まれるかわからない。
ダンジョンで本当に恐ろしいのはモンスターでもトラップでもない。人なのだ。
「そうじゃ……。ダンジョンに連れ込んで後ろからガツンと……」
「俺をどうしようとしてんの?」
「ハンバーグに……」
「食われるの俺!?」
妹がスマホを見せてきた。北神からのLIMEの返信が返ってきたようだ。
そこにはこう書かれていた。「噛みつき許可」と。
「しょうがないのう……」
「え? どうしたの? キスしたくなっちゃった?」
気持ち悪いニッシーは無視して首筋をかぷり。不味い。硫黄の香りがする。
「車から降りて、まっすぐ家に帰って、うちに来たことを忘れるのじゃ。今日は一日勉強してろなのじゃ」
「うぅ……あぁ……」
まるでゾンビのようにふらふらとニッシーは歩き始めた。
ミッションコンプリート!
ニッシーのせいで話しが進まなかったのじゃ!




