33話:TSの法則性
「風花もお兄様に付いていきます!」
さてはて。夕方は俺のダンジョンに行こうとした。そしたら北神妹が付いてきた。これどうすんの。
「別にいいんじゃない?」
と言いながら、妹は風花ちゃんに抱きつこうとした。しかし避けられてしまった。
そして風花ちゃんは南さんの手を取った。
「師匠も一緒に行くのです!」
「え、ええ……?」
南さんも流れで俺の部屋までやってきた。だけど元の姿に戻る踏ん切りが付かないようだ。
ちなみに魔導書は北神家に保管した。危ないもんね。価値的にね!
「でもさー。今ならうっかり帰還しちゃったとしても、明日、町で寝れば戻れるじゃん」
「あ、なるほど。妹賢い」
今の環境は一日置きに自由に姿を変えられるのだ。
今までの最大のネックだった、いつ元の姿に戻れるかわからない問題は解決したのだ。
南さんも「そういうことなら……」と納得してくれた。無理にというわけではない。なんだかんだで一緒にダンジョンに潜るのが楽しいようだ。
おっとその前に一つ確認がある。
「風花よ。好きなキャラクターは何じゃ?」
「え? 電磁郎」
不滅の刀ァ!
流行ってるもんね……。うん……。大丈夫? ねえ、そのレベルのそっくりさんになって大丈夫?
妹はそっと目を逸らした。
「そのキャラになったらどう思うかの?」
「なりたくないけど」
そうだよね! なりたくはないよね!
俺はヘルプを求める。北神ぃ!
「このダンジョンは変身型ダンジョンと言ってね。成りたい姿に変身してしまうんだよ」
「え? お兄様はその姿に成りたくて成ったのです?」
北神エルフが「うっ」と戸惑いを見せる。
以前北神にその姿に付いて聞いてみたことがある。ダンジョンに入った時に何を考えていたかを。北神はその時「妹に帰りが遅くなる連絡をするのを忘れていたなぁ、と考えていたかな?」と答えた。そしてそこからの推測。妹の事を考えていたので、妹と観たアニメのキャラの姿になったのではないかと。連想ゲーム的に。
「僕は風花の事を考えていたから、風花と一緒に観ていたアニメの事を思い浮かんでいたんだ」
「お兄様ったらぁ。きゃっ」
なんか兄妹でイチャイチャし始めた。
マイ妹がちらちら俺の事を見てくる。お前の事なんか考えねえよ。
「風花は成ってみたい男の人はいるかい?」
「はいっ。風花はお兄様になりたいです!」
うーん。あー。北神くんが二人に……?
おい妹と星野さん。二人で分け合えるとか頭おかしいこと相談し始めるんじゃあない。
「わちのダンジョンに入ると、わちや北神エルフや南さんみたいに姿が変わるのじゃ。じゃから、ダンジョンに入ったら最後は死ぬ必要があるのじゃ」
「は? 死ぬ?」
風花ちゃんが「何言ってんだこいつ?」という顔で俺を見てきた。そりゃそうだよね!
それに南さんもビクンと身体を震わせた。そういえば南さんは死んだことがなかったか。
「大丈夫大丈夫。怖いのは最初だけだから!」
「一回経験すれば慣れるから!」
なんだか妹と星野さんの言い方がえっちぃのじゃ。
「死ぬ覚悟があるものだけが入れるのじゃ。それでも来るかのう?」
「……」
「あとそれと今更じゃが、わちもこんな形でも年上なので、わちだけタメ口されるの辛いのじゃが」
「え? まじ?」
まじまじのまじじゃ。
説得と準備が終わったところで、TSローグライクダンジョンへようこそ!
しゅたっ。
「あえ? チュートリアルダンジョンに戻ってるのだが?」
入ったら民宿ではなく、最初の頃の人工壁のダンジョンであった。
「風花っちがクリアしてないからじゃない? それより姿が凄いんだけど……」
「お、おお……。うわぁ……」
卵のような巨大なキグルミがそこにいた。
え? これが風花ちゃん?
「…………ッ!」
「何か手足をバタバタして訴えてるけど、もしかして喋れない?」
「(バタバタぴょんぴょん)」
「ねえこれ、フォールンガイズだよね?」
60人のアスレチックで他人を蹴落とし優勝を目指す、その卵型のキャラクターであった。
「でもあのゲームにしてはでかくね?」
「お兄知らないの? フォールンガイズは183cmの大男だぞ」
「まじか」
この卵型のキグルミ、ちゃんとTSしてんのかよ!
「…………!」
「あー喋れないのもそっか。あのゲーム、意思疎通する手段がないもんね」
「チャット機能すらないしな……」
「(ぴょんぴょん)」
こりゃあとんでもねえパターンが来ちまったぜ……。
さて。とりあえずネズボウが居たのでキグルミ風花に戦わせてみることにした。
どうなるか楽しみである。だって、フォールンガイズって掴むくらいしか攻撃方法ないから。
「(ぴょんぴょん)」
うむ。やる気は十分のようだ。
卵のキグルミ巨体がネズボウにぶつかる!
跳ねる! 弾く! 転ぶ! 殴られる! 掴む!
「なにこの……なに?」
「一応ダメージは与えてるみたいだぞお兄」
北神くんは妹の戦いをハラハラしながら見てるけど、なんかそういう絵面じゃない。こんなのギャグじゃん。
しかもキグルミ風花。殴られても全く怯まない。多分ダメージを受けてない。痛みを感じてない。
ぼいんぼいんとぶつかり続けると、ネズボウは消滅した。
「おお! 勝った!」
「なんていうか、すごいな」
「(ぴょいんぴょいん)」
ダメージを受けない最強壁役である。
続く2階でクワガタのはさみに挟まれるも、むにょっと凹んだだけで斬られることはなかった。
キグルミ風花はそのはさみを掴み、その隙に妹マッチョがクワガタの頭部を粉砕する。
「ナイスー風花っち!」
「(ぴょんぴょん!)」
「なんかだんだんこの光景に慣れてきた」
キグルミ風花の能力はダメージ無効といったところか。デメリットは喋れなくなること。
あれ? このままチュートリアルダンジョンクリアできちゃうんじゃね?
俺、新たな攻略法わかった。北神妹を連れ込む。これね。
「この先スライムいるよ!」
「(ぼいんぼいんぼいん)」
星野猫人の警告に対し、無敵のキグルミ風花が突撃する。
そしてその身体は巨大スライムに包み込まれた。
「あ、食われた」
「(…………!)」
「あ、死んだ」
さすが最大のライバル巨大スライムさん。物理無効では戦えなかったか。
まあこのままじゃ俺たちも死ぬけどね。
「逃げろぉー!」
通路に逃げ込んだその先にも、巨大スライムさんが! 巨大スライムサンドイッチ!
俺たちは死んだ。
ごろごろごろ。
「うわーっ! 楽しかったのです!」
「あ、楽しめたのかの?」
意外だった。
「ところでなんでフォールンガイズだったのじゃ?」
「なぜでしょう? アスレチックに憧れはあったかもです?」
憧れか……。
は!? 俺は気づいた。
「妹はマッチョに憧れてたのかの?」
「マッチョというか、ハリウッドスター? ほら? あたし女優に成れそうじゃん?」
「無理じゃな」
星野さんに抱きかかえられていた俺は、妹にほっぺをぎゅむっと引っ張られた。むにょーん。痛いのじゃが。
「星野さんは猫キャラの絵師に憧れてたのじゃな?」
「う、うん。あっ!」
俺が気づいたことにみんな気づいたようだ。
俺の代わりに妹が南さんに尋ねた。
「南さんは魔法少女だっけ」
「う、うん」
そして今度はみんなの視線が北神エルフに向く。
俺の代わりに妹が尋ねる。
「北神はパツキンねーちゃんに憧れてた、と」
「勝手に決めつけないでください。そうですね。強いて言えば、しがらみのない別世界への憧れでしょうか」
「なんだよ。恵まれた家なのに不満があるのか? あたしと結婚しろ」
「しませんが。僕はほら、長男だからね」
不滅の刀の電磁郎みたいなこと言い出した。
いや、そうか。北神くんはあのでかい家の家督を継ぐ立場なんだな。恵まれたパーフェクト人間に見えても悩みはあるのか。
「そしてお兄は幼女に憧れていたと。なるほどね」
なぜみんなそれで納得してるのじゃ!?
「よ、幼女に憧れていたわけじゃないのじゃ……」
「じゃあなにさ」
「は、恥ずかしいのじゃが……」
「幼女になるより恥ずかしいことあるかー!」
吐かない俺はくすぐられた。
しにゅう! しにゅのじゃあ!
「はひーぅ……はひゅぅ……笑うでないぞ」
「はははっ」
「早い、早いのじゃ」
笑う準備してるんじゃねえのじゃ。
「わちの憧れは……」
俺はダンジョンに憧れていた。
クラスの隅の席で、みんなのダンジョン話しに耳を潜めていた。
ダンジョンには6人しか入れない。運動能力が並より下の俺が誘われることはない。
クラスの仲が悪いわけではないが、友達は少なかった。よく話すニッシーもダンジョンの伝手はなかった。
週末明けにわいわいとダンジョン話しをするクラスメイトが羨ましかった。週末に向けて計画を練るクラスメイトが妬ましかった。
そうか俺の憧れはダンジョン自体ではなく。
俺の憧れは、一人でダンジョンに潜ることではなく――。
「の……」
「の?」
「のじゃロリじゃ……」
「やっぱりな!」




