32話:北神くんがわちのことを良くない目で見ておるのじゃが……。
dokidoki! 子どもたちだけのダンジョン探検!
ダンジョン系TOUYUBER、通称DT。彼らは生配信をすることはまずない。単純明快な理由である。ダンジョン内は通信が切れる。ダンジョン内とダンジョン外で無線が繋がらないから連絡を取る手段が一切ない。無論有線も無理だ。
つまり、ダンジョン内は危険が危ないデンジャラス。
「僕から離れないようにね」
「はぁい! お兄様っ!」
ノース姿なのに北神が兄してる……。すごい違和感……。
「ノースっち。それだと動画撮影に風花っちが映っちゃうんだけどさー」
マイ妹がスマホを向けると、風花ちゃんは北神エルフの後ろにさっと隠れた。
「え? だめでしょうか?」
「風花っちかわいいからあたしはいいけどさー。『お兄様』って呼んだら視聴者混乱するし」
ぶるっ。マイ妹の「お兄様」発言で思わず寒気がした。うわー。
「風花。私が女性エルフの時は、姉と呼びましょう」
「やだ! お兄様はお兄様だもん! あんた達がお兄様を女にしたんですよね! 許さないです!」
風花ちゃんの視線にそっと目を逸らし、俺の方を向く妹、星野さん、南さん。
「あなたのせいなのね!?」
「のー! 冤罪のーじゃ!」
風花ちゃんに詰め寄られてドキドキしちゃう。あ、まつ毛長い。
「ちんまいあなた何? 変な口調でバカにしてるのです?」
「してないのじゃ!」
北神エルフが風花ちゃんを俺から引き剥がす。
「こらこら。今度風花にも使える魔導書をプレゼントするから、怒らないの」
「本当ですのお兄様!」
おいこら北神。妹に甘いぞ。今うちのダンジョン産のお宝を勝手に上げると言うたな?
「それにはお姉さん方に協力しなさい。いいね?」
「むぅ……はぁーい」
風花ちゃんは北神エルフをいやいやながら「お姉様」と呼ぶようになった。
そして妹や星野さんも「お姉様」呼びをせがみ始める。風花ちゃんは眉間にシワを寄せながら「ヒメお姉様」「しのお姉様」と呼び、妹は「うんうん! 魔導書見つけたら風花ちゃんに上げるね~」とデレデレになってしまった。
い、いもうとよ……!?
「しっ、静かにお兄。これは作戦よ。あたしが北神と結婚して玉の輿になったら風花っちは私の義妹になる。未来のあたしの家族に先行投資するべきでしょ」
「妹の目がマジなのじゃ……」
こ、こいつ本気で北神を狙って……!?
コソコソ話しに星野さんも参加してくる。
「ヒメちゃー。私達親友でしょ? 抜け駆けは良くないと思うなぁ?」
「未来の旦那のためなら親友関係も消し飛ぶ。恨むなら一夫一妻制を恨みな」
お、女の戦いじゃあ! これから一緒にダンジョンへ潜ろうとしているのに内紛が起こっておる! 助けれ北神ぃ!
「お兄様は渡さないんだから!」
風花ちゃんまで北神の取り合いに参戦。
わち完全に蚊帳の外。
南さんが肩をつんつんしてきた。おっと南さんもいた。南さんと手を繋ぐ。えへへ。
「と、ともだち……」
「うむ。友達じゃ」
にこー。にぱー。
「え? 僕が一番興味ある人? うーん。アズマくん、かな?」
俺と南さんが友情を確かめ合っていたら、北神くんのとんでも発言で俺に女子たちの視線が突き刺さる。
「や、やっぱり二人はそういう……!?」
「待てよ、お兄と北神ならそれはそれであたしに甘い汁が……」
「だ、だめですお兄様!?」
いや、あの、北神よ。冗談じゃろ? ニッシーみたいな笑えぬ冗談じゃな。ははっ。めちゃくちゃ綺麗な北神エルフの顔の目が怖いのじゃが。笑って。笑え。
「なんて冗談だよ」
と言って北神エルフは笑ったが、目が笑っていない。
あ、あいつ本気でわちのことを……? ぷるぷる……。
「でも、アズマくんが一番面白い人だと僕が思ってるのは、本当だよ」
「お、おう。そういうことじゃったか。ははっ。びっくりしたのじゃ。びっくりしたのう! ははっ」
なにこの「ふぅん」って雰囲気。
南さんも俺から離れちゃったし。
どうすんのこれ。この空気で撮影するの?
した。
「ふぎゃあ! コボルト再戦って! 無理じゃって! このっ! ぐえーっ!」
「頑張れティルちー!」
「ティルちゃん負けるなー!」
「が、がんば……」
わちはティルミリシアじゃと意識を切り替え、みんなのアイドルティルちゃんに成りきった。それがわちの心を軽くした。
「ほら! 足止めないで! リズム大事よ!」
「たんったんったんっはいっ!」
踊って戦えるアイドル吸血鬼! 無理っ! 無理じゃあ!
「ストップ! すとぉーっぷ! ノースっち、救済を!」
北神エルフが風魔法を使い、コボルトを吹き飛ばす。うわ、つよっ。
「ティルちー離れて! ハルちー、ビリビリを!」
「は、はいっ!」
今度はハルちーこと、南ハルオがイカヅチの魔導書を手に持ち電撃魔法をコボルトに発射する。
うぎゃあ! 目と耳がぁ!
クソザコのわちといい勝負するようなクソザココボルトは跡形もない。オーバーキルだ。
「相変わらずすっご……」
初めて見た風花ちゃんは目をしぱしぱさせてポカーンとしている。
そりゃそうだ。どこに手から電撃を発射する少女がこの世に存在する? ファンタジーの世界だけじゃ。
風花ちゃんは南さんに駆け寄った。
また魔導書を欲しがって奪い取るのかと思ったら、キラキラした目で見つめていた。
「ししょー!」
「し、師匠……?」
そして不思議な師弟関係が出来てしまった。
異世界物アニメを嗜む風花ちゃんはファンタジーに憧れていた。
南さんは風化ちゃんに距離を詰められ、本を片手にあわあわしている。
「ふっ。またあたしのおかげで人脈築き上げてしまったぜ」
「妹は何もしてないじゃろ」
ツンツンロリっ子の風花ちゃんは南さんの言うことを良く聞き、トラブルを起こすことなくダンジョン探索撮影は順調に進んだ。
そして宝箱ゲットじゃぜ。
「ビー玉?」
「なんでしょう。鑑定しますね」
北神エルフがひょいとわちの手からビー玉を手に取った。
「幸運の水晶玉とのことです。持っていると少し良い事が起こるとか」
「ほう? 良い事……」
風花ちゃんがじっとお宝を見ていたので、わちはそれをプレゼントした。元々北神家のものじゃしのう。
ダンジョン探索が終わったらポーション風呂である。しかもポーション3本も使った贅沢風呂だ。
「あの……おれも……?」
「慣れるのじゃハルよ。これはそういうものなのじゃ」
北神家のお風呂は大きいので、我が家の密着ぎゅうぎゅうよりゆとりがあってマシだ。
そして今回は何より別の囮がいる。
「ぐふふふ……綺麗な肌してますなぁ」
「うへへへ……怖くないよぉ風花ちゃん……」
「た、たすけ……お兄様……師匠……」
残念ながらわちらは助けられない。女は女同士で仲良くしてくれ。男は男同士で仲良くする。
「ん? あれ? ハルもあっちサイドじゃったか」
「お、おれはこっちでいいかなって……」
「それでいいならいいのじゃが」
わちは両手足を伸ばしてぷっかり浮いた。幼女姿もすっかり慣れたものだ。
つるぷにだから恥ずかしくないもん。
「ノースよ。巻き込んですまんかったのう」
「いえ、お気になさらず。この姿の能力は役立ちますから」
「む?」
鑑定の力か。
「今回手に入れた水晶玉のようなアイテムは、普通は効果がわかりませんからね。ダンジョン産の水晶玉という価値しか今まではありませんでした」
「ちょっとラッキーになるとか漠然としすぎじゃものな」
あれ? もしかして北神鑑定の能力も凄いんじゃね?
「のう。それってつまり、今まではわかりやすい効果のものしか分からなかったってことじゃろ?」
「その通りです。我が家の物置が宝物庫になりましたよ」
その一言で俺は北神エルフの価値を理解した。
ダンジョンはちょっと不思議なアイテムが手に入る場所だ。それ以上でもそれ以下でもない。そのちょっと不思議なアイテムを鑑定する手段は今まで存在していなかった。何でもお宝鑑定軍でもダンジョンの魔法アイテムを鑑定できるようなプロはいない。
鑑定と言ったら例えば、不眠のネックレスなど付けてみて「あ、ちょっと眠気飛ぶ……」くらいの感じで名付けられ、価値が付けられていたという。
「じゃからこんなポーション大盤振る舞いじゃったのか」
「このくらい安いものですからね。ふふふっ」
あ、北神エルフが、妹が北神エルフを見てるときと同じ目で俺を見てる。ぶるりっ。
俺に興味あるってそういう……。北神くんがわちのことを良くない目で見ておるのじゃが……。
わちはハルの手を繋いでそっと北神エルフから離れた……。し、信じられるのはもう南さんだけじゃ……。
ちなみに、今回の動画の反響はというと、わちの戦闘はコボルトに負ける吸血鬼と笑われておった。
北神エルフの風魔法はCGを駆使した演出と思われた。そりゃエルフが魔法使うと言われても「はいはい動画加工」って思うしな。俺だってそう思う。
そして見どころの南さんの雷魔法は、画面が真っ白になっていた。そりゃそうだ。「ホワイトアウトでゴブリン消滅とかC級映画かよ雑すぎ。音割れ酷すぎ。風魔法で加工力使い果たしすぎだろ」と煽られ、妹はめちゃくちゃ悔しがった。
……無加工だと思われなくて良かったんじゃないかのう?




