3話:ダンジョンの難易度がおかしい
「それでは妹よ。行って参る」
「息災でのう。兄よ」
俺はトランクス一枚の姿でダンジョンゲートの前に立つ。
ダンジョンゲートは情報サイトの通り、寝て起きて一日経ったら復活していた。俺はひとまず安堵した。
俺は左手に妹のワンピースを抱え、右手に傘を手にしている。
そう、俺が選んだ得物は傘だ。
「ほんとにそんなんでいいの? もっと包丁とかさあ」
「子供が包丁を振り回したら危ないだろ」
「しらんけど」
そして俺は妹の「グッラック!」の声を背中に受け、ダンジョンゲートに飛び込んだ。
すたっ。ずるっ。
幼女になった身体から男物のトランクスがずり落ちる。慌てて掴み、つるつるな鼠径部が露出するのをかろうじで回避した。
まずは周囲の確認をする。どうやら以前入った小部屋と違う場所のようだ。通路が二箇所繋がっている。
モンスターがいないことを確認して、俺は妹のワンピースを頭から被った。
サイズは少しでかかったが、肩紐と腰紐を調整して縛れば動くのには問題なさそうだ。
だが、トランクスが邪魔であった。
「ぐぬぬ……。しかしこれを脱ぎ去ると防御力が不安じゃのう……」
動きづらいのでノートランクスになってみたものの、これはこれで下半身がスースーして気になってなんだか動きづらい。
なんだこの高まる羞恥心は! うおお! そんなこと気にしてる場合じゃねえ!
俺はメモ帳を取り出し、スタート地点の四角い部屋と、通路の線を書き加えた。
そして傘を構えながら、通路の先へ進む。
「おお、おるのう。憎きコウモリじゃ」
通路に現れたのは前回やられるきっかけとなった巨大コウモリだ。
今回は不意打ちではなく、正面から対峙することとなった。
巨大コウモリが「キィ」と鳴いて牙を向いて滑空してきた。
「食らうのじゃ!」
俺は巨大コウモリに傘を突くと同時に、下ハジキを押しメカニカル機構で傘が開いた。
この明るい空間でも、巨大コウモリは視力が悪いようだ。超音波で異変を感じた巨大コウモリは慌てて速度を落とし、そこへ俺は開いた傘の石突きを突き立てた。
巨大コウモリは「ギュイ!」と鳴いて地面に落ちた。
「はっはー! わちの勝ちじゃ! 死ね! 死ぬのじゃ!」
俺は巨大コウモリの頭に向かって何度も何度も傘で突き刺した。
やがて巨大コウモリはぐったりと動かなくなり、その死体はまるでゲームのように光となって消え去った。
「勝利じゃあ!」
そして散りゆく光の後には、またまたゲームのようにドロップアイテムがちょこんと床に落ちていた。
そのアイテムは、またまたまたまたゲームのような、青く微かに発光する液体が入った小瓶であった。
「おお! ポーションじゃ! のっけから当たりじゃのう! がははっ!」
ゲームのアイテムでお馴染みの回復ポーション。いつぞやのコンビニで売られていたそれっぽいものとは違う、本当に傷が治る魔法の力が込められたポーションである。
そんなすごいもの超高額品なんじゃないかと思われるだろうが、このような低階層で出る回復ポーションは、擦り傷を治せるくらいの力しか持っていない。
それじゃあ外れかというと、はたまたそんなわけでもない。こいつが美容液として注目を浴びている。妹が求めていたのもまさにこれだ。傷薬としては大したことなくても、このような最低ランクのポーションでもお肌がつるつるになるのだ。
まあ、わしのような完璧美少女には不要なものじゃがのう!
「幸先いいのじゃ! よし!」
俺はポーションを拾い上げたところで、頭に衝撃を受けて死んだ。
「ぐえええっ!」
「うわ! もう帰ってきたし! なんで全裸!? なんで!?」
俺は妹のワンピースの上でのたうち回った。
どうやらはしゃぎすぎたせいで棍棒野郎を呼んでしまったようだ。そして後ろからガツンとやられた。失態にもほどがある。
「ぽ、ポーション! ポーションは!?」
「なぬ!? ポーションだと!? 手に入れたのかお兄!」
手にしていたはずのポーションが見当たらない!
「落ち着け全裸。まずは服を着な」
「ああ」
俺は妹のワンピースを拾い上げた。くそっ。服が小さくて身体に入らねえ。
「それはダメだぞ。ダメな光景だ馬鹿兄!」
「見るな! こんな俺を見るんじゃあない!」
俺はワンピースを妹に放り投げ、タンスからトランクスを取り出し装着した。
「危ないところだった……」
「あたしの目からは完全にアウトだったぞお兄。それよりもポーションはどこだ! どこにある! 吐け!」
「……ない」
「ないだとう! あれよ馬鹿!」
「無くしちまったんだ……心も身体もよぉ……」
床に項垂れる俺の脇を妹は通り過ぎ、部屋から出ていった。
一分後。妹はコップを二つ手にして戻ってきた。そしてそれを俺に差し出す。
「おごりだ。飲めよ」
「酒か?」
「ああ。全て忘れちまいな」
ただの水道水だ。
沈黙が流れる。
妙なテンションに陥った二人は、水を飲み干しようやく冷静に戻った。
「ねえお兄。傘はどうしたん?」
「そういや見当たらんなぁ。こいつぁもしやロストってやつか?」
「おいおいマジかよ。ハードすぎるだろお兄のダンジョン。オニジョン」
「ああ。こいつは骨が折れるぜ」
真面目に返したあとに、「お兄+ダンジョン」と難易度が鬼畜的な意味で「鬼+ダンジョン」をかけたダジャレと気づいたが、後の祭りであった。
遅れて気づいてしまったため、より妙な空気が流れてしまう。
「まあなんだ。早くあたしの役に立ってくれたまえよ」
「ちくしょー!」
入った場所も変化していて、手にしていたアイテムは紛失した。
これはローグライクか!? ローグライクダンジョンなのか!?
なんてこった! それならあの、特徴的な小部屋の作りと直角の曲がり角で続く通路の作りにも納得がいく!
「妹よ」
「どうした兄よ」
「スマホ貸して」
「なんぞ?」
「ダンジョン、ローグライクで調べて」
「オゥケイググール」
妹がスマホのAIちゃんを呼び出し、俺に向けた。俺は「ダンジョン、ローグライクで検索」と答える。
「ローグライクってなに?」
「RPGの一種なんだが……。くそ、ゲームしか出てこねえ」
ローグライクとは太古から存在するコンピューターRPGの一種で、日本ではニュンソフトの不可思議なダンジョンシリーズが有名だろう。ローグというゲームが始祖なので、ローグのようなゲームという意味でローグライクだ。
ではローグライクとはなんぞ? というと、少し難しい。説明というより、ローグライクには亜種が豊富で「こういった特徴がローグライクだ!」と言う定義が難しいのだ。
俺は先ほど死んだことでアイテムを失って「ローグライク」と感じたが、アイテムを失わないローグライクもある。
ランダム生成されるマップが特徴的だが、ランダム生成されないローグライクもあるし、ランダム生成されるのにローグライクと言われないゲームもある。
んなこと妹に言っても伝わらないし、妹は途中から俺の話しを聞き流している。
「わかったわかった。つまりシランの不可思議なダンジョンなんでしょ。それなら少しわかる」
「むしろ良くそれを知ってるな」
「TOUYUBERがやってたの観た」
「なるほ」
そんなこんなで俺の日曜日のダンジョン挑戦も失敗で終わった。
あー! 明日から休校にならねえかなぁ!