27話:パンティーと言ったら投げるものだろ?
ダンジョンゲートをくぐると、そこは民宿の一室であった。
「町からのスタートか。入った直後に警戒をしなくていいのは楽だな」
もう井戸は調べない。調べないぞ!
「今のところ、町で出来ることは何もないし、出発しようかね」
『いってらっしゃいましー』
驚くことに、町には人がいた。もちろん、俺たちのような現実の人間ではない。
ゲーム的に言えばNPCだ。あの緑の髪の男のような存在が、町中で生活をしていた。
「頭がおかしくなりそうだ」
「お兄。あれだよあれあれ。ゲームの世界に入っちゃったー系の創作VRゲームだと思えばいいんじゃね?」
「非現実感が強すぎて本当にそう感じてしまいそうで困る」
別の身体になる点とかアバター操作に近い感覚になる。いや、今の俺はダンジョン内が元の男の身体だが。
さて、俺たちが昨日入ってきた門とは違う場所から町を出た。北神曰く、洞窟方面への門は見えない壁に阻まれて通れなくなっていたらしい。透明オブジェクトで閉鎖すんな。やっぱりゲームかよってなるだろ。
町を出ると、ぐわりと視界が揺れた。移動ゲートによる空間転移だ。
一瞬のめまいが止むと、紅葉した森の世界が広がっていた。
どこだここ。これがダンジョンの一階?
「わぁ! 綺麗!」
「気をつけてヒメちゃ! 敵いるよ!」
星野さんの言葉で、妹マッチョが慌てて前へ出た。
そこにはポヨポヨした丸い生き物がぽよっと跳ねていた。
「うげ、スライムだ」
「いや、あれはプニだな」
「プニ?」
「スライムの弱いやつ」
「じゃあスライムでいいじゃん」
前のダンジョンの二階にいた巨大スライムはねとってしていたが、このプニはゼリー状でぷるっとしている。そのため、妹マッチョが踏みつけたら、ぷちんって弾けて死んだ。
「あーかわいそー……」
「やめてよ。あたしが悪者みたいじゃんか」
なんだか敵が弱いな。俺でも斃せそうだ。
のっしのっし戦闘を歩く妹へ、星野さんは突然「足元!」と叫んだ。
「んあ? うおっ!」
妹マッチョの足元に、突然ぼこんと穴が空いた。そこからモグラの頭と手がぽんと飛び出し、妹の右足を掴んだ。
「捕まっちまった」
「動けないのか?」
「いや、動ける」
妹は掴まれた右足を構わず持ち上げ、しがみついたモグラを踏みつけた。
ぐちゅっ。モグラは血を撒き散らして死んだ。
「かわいそ」
「グロいなー……すぐ消えるからいいけど」
死体も血もすぐに消える。ダンジョンだから。
だけど感触が足に残って気持ち悪いのか、妹は右足をぷらぷらと振った。
「しっかし今のモグラはなんだったんだぁ?」
「あれだろ。足止めして動けなくする系のモンスター」
「動けたが」
「筋肉には勝てなかったんだろ」
あれだ。トロネコに出てくるマッドアームみたいなギミックモンスター。それ自体に攻撃能力はないけど、他と連携してくるやつ。
ただ、動きを止めるにしても、妹の肉体を止めることはできなかった。
妹マッチョの特性なのか、それとも単純にゲーム的な仕様が現実で反映されなかっただけなのか。
とにかくモグラは筋肉に負けたのには違いない。
「ざーこざーこざこモンスー」
「メスガキマッチョすんな。一階は楽勝そうだな」
というより、妹マッチョがマッチョすぎるせいかもしれんが。
そもそも一階から難易度が高すぎたらゲームにならんしな。いや、ゲームじゃない。ゲームじゃないんだ。元の身体なこともあって頭おかしくなる。
「なあ、本当にゲームじゃないんだよな?」
「なんだよお兄。ステータス開きたくなったのか? ステータスオープンしてみなよほらほら」
「ステータスオープン……おおおっ!?」
「な!? 出たのか!?」
「何も出ねえ!」
「出ねえのかよ」
妹にべちんと叩かれる。やめろ、ツッコミの一撃が重すぎる! 1ダメージじゃすまねえぞ!
いや、1ダメージってなんだよ。HPとか表示されても現実では「なんだよそれ」って感じだしな。なんだっけか。元々は致命傷を避けられるかどうかの判定値だったけか。そんなものより妹マッチョの握力とか表示した方が現実的だな。
探索を続ける。
拾ったアイテムは「カタナ+1」「鏡の盾-1」「パンティー+3」「薬草」と、武具に偏った。
「カタナは北神エルフかな。妹と星野さんは素手でも攻撃力高いし」
「わかりました」
カタナエルフ爆誕!
「鏡の盾はマイナス数値だから呪われてそうなんだよなぁ」
「誰が装備する?」
「北神エルフが一番だろうけど、弓を手に入れた時に使えなくなるのは困るから保留で」
ゲームでは呪われた盾装備してても弓撃てるけどね。現実的には左手が使えないので矢は撃てない。
「パンティーは星野さんかな」
「えげつないセクハラを見た」
「うわー……サイテー……」
「アズマくん……」
3人から白い目で見られた。
いや違うの。聞いて!?
「いやほら、飛び道具と言ったら星野さんだろ?」
「飛び道具? パンティーが?」
「パンティーと言ったら投げるものだろ?」
「頭狂ったかお兄!」
あれ? 俺がおかしいのか?
妹と会話が通じていない気がするんだが。
「いいから騙されたと思って、あそこのプニにパンティーを投げてみてくれ」
「あ、はい」
ひらひら~。ぱさっ。
「……」
「……」
三人から「(やっぱやべえやつだ……)」という目で見られる俺。
「ごめん」
「お兄よ。誤ちを認めるのは良い事だ。セクハラの事実は消せないがな」
なんとパンティーは投げても武器にならなかった。
よくよく考えたらパンティーが武器になるなら、妹や星野さんから脱がせたパンティーが使えるしな。バランス崩壊するからしょうがないね。
「それで、このパンティーはどうするのかね」
「+3ってことは効果は高いはずなんだがなぁ」
「それならお兄が頭に被ったら?」
俺は頭にパンティー+3を装備した。
「うむ。頭を守るのは大事だぞ。似合ってる」
「うわー……」
「アズマくん……」
おかしい。最善策なはずなのにドン引きされているんじゃが?
俺は心の平穏を保つために、思考をのじゃ化した。のじゃのじゃのじゃ……。
2階へ行く。次のエリアは一面紅葉は変わらなかったが、落ち葉が多く、地面がぬるっとしていた。
足下が悪くても、今回の俺たちはちゃんと靴を履いてきたので問題ない。
星野さんは素足の方が歩きやすいみたいだけど。猫だし。
「滑るよ! 気をつけて!」
「おうよ!」
と言った妹マッチョがいきなりずるりと足を滑らせた。転けずに筋肉で持ちこたえる。
そこへボロい刀を持った豆柴山賊が現れた。妹はすぐに反撃しようとするも「ぬぅ」と呻き足を止めた。モグラが足を掴んでいた。
先ほどのエリアではなんともなかった足掴みだが、今回は足場の悪いところで反撃の軸足をずらされてしまった。
妹は体勢を崩し、その隙に豆柴山賊の刀を胸に受けてしまう。
「んぐぅ!」
「妹ー!」
「ヒメちゃー!」
星野さんが豆柴山賊を爪で切り裂き、北神エルフがカタナでモグラを刺し殺す。
「大事ないか妹よ! 傷は浅いぞ!」
「いってえ。死ぬほどいてえぜ……」
あの強靭な妹の胸筋が、ざっくりと斬り裂かれて、どくどくと赤い血がシックスパックの腹筋に流れていた。
「なんとかしてくれぇ!」
「落ち着け薬草だ。薬草があるぞ」
「薬草! 薬草を使ってくれぇ!」
「でもどうするんだこれ。ゲームっぽく飲むのか? それとも傷に当てるのか?」
ポーションのような魔法のようなアイテムならば飲んでも効きそうだが、普通の薬草の使い方は傷に当てるものよな? 傷が深くてそれで血が止まるとも思えないけど。
「貸せ!」
「あっ」
妹はもっしゃもっしゃと草を口に入れて食んだ。
「ゲロまずぅ! 草だこれ!」
「そりゃまあ、草だろう」
妹は薬草を吐き出した。星野さんがそれをしゅたっとキャッチ。そしてべちゃっと傷に当てた。
「どう?」
「お……おお……? 血が止まった」
「ちゃんと効果あったな」
2階のモンスターは豆柴山賊、モグラ、狼だった。気をつけさえすれば、妹マッチョと星野猫人の戦力でなんともない。そして俺は頭にパンティーを被り、刀を手にした北神エルフに守られている。なにこの絵面。
狼は4匹セットで群れをなしてきたが、星野さんが感知できるので、先にイニシアチブが取れる。今更ながら星野さんの能力もバランスブレイカーだ。だって敵の位置がマップ表示されてるようなものだし。
「おるぁ!」
妹マッチョが蹴り飛ばし、星野猫人が華麗に切り裂き、北神エルフがカタナを振るい、俺は間でぷるぷるする。ぷるぷる。
さて、斃した狼から牙をドロップした。手のひらサイズくらいある勾玉みたいな牙だ。
「ファング? お兄なにこれ」
「わからん……」
俺にだってわからないことくらいある。元ネタがあるとすれば知らないゲームだ。四人ともそれが何に使うアイテムかわからなかった。
牙は北神エルフの鑑定でも、それが牙だということしかわからなかった。
パンティーも投げるものではなかったしな。いや投げるものではなかったのだが。
「素材アイテムとかでしょうか?」
「わからんなぁ。お守りみたいだけど」
俺は牙を手の中で弄び、目の前の人工物を見上げた。
「さて。次のエリアに行くとするか。なんかもう嫌な予感がバリバリするんだが」
「もうボスとかないよね? ないよなお兄?」
楓の森の通路の先の大広間。そこに古びた教会がぽつんとそびえ建っていた。




