23話:セックスしたいという気持ちは本当です
ダンジョンクリアのその日は、打ち上げなどせずそのまま解散となった。
のじゃロリにまた戻ってしまった俺は、妹に夜に再び抱き枕にされた。
「しのっち大丈夫かな……」
「大丈夫じゃろ。またダンジョンで帰還すれば戻るじゃろて」
「お兄は絶対彼女とかできないよね」
「こんな姿じゃしのう……」
ぷにぷに幼女だしのう。
「そうじゃなくて。もういいやめんどくさい。お兄と話すのは時間の無駄だし。今後のティルちゃんの活動を考えなくちゃ。ねえどんなのがいいかな」
「どっちもわちなのじゃが」
別人として扱わないで欲しい。こっちも混乱してくる。
次の日の朝。
親は俺たちのTSにすっかり慣れてしまった。「あらぁ。今日はそっちの姿なのねぇ」くらいの雰囲気である。
もきゅもきゅトーストを囓っていると、点けていたテレビからCMが流れる。
『ダンジョン税。もしかして払いすぎていませんか? まずはダン街弁護士会にご相談ください』
CMが終わり、昨日のダンジョン死亡者数が流れる。16人で一昨日より4人増えているらしい。『ダンジョンのモンスターは凶悪化している! 厳しく取り締まるべきだ!』と朝からやかましいおっさんが叫んでいる。知らんがな。
今度はダンジョンを創ったのは神だの地球の意思だの討論している。ふぅん。俺は宇宙人説を推すね。あれだよあれ。大抵のことはナノマシンで解決できる。そう、SFならね。
父ちゃんはリモコンを手にし、テレビを消した。そして俺をちらっと見て、目を逸らす。
感づいてる?
何か言いたそうにしているが大丈夫だ父ちゃん。俺たちはもう何度も死んでる。いや死なない。そして生還した。だめだ、やっぱあのダンジョンとこの状況は説明できねえやこれ。黙っとこ。
にこにこしてれば俺のかわいさできっとごまかせる。
にこー。
にぱー。
さて、朝一に登校していつものように職員室へ向かう。
「頭おかしくなりそうだ……」
担任は頭を抱えた。一方、隣のクラスの担任は妹マッチョが元に戻って安堵している。
「もしかして、お前らは馬鹿なのか?」
「馬鹿じゃないのじゃ。しいていうなら、ちょっとノリと勢いだったのじゃ」
「ノリと勢いで行動するやつを世間じゃ馬鹿っていうんだぞ。そんで、新しい犠牲者は南か」
南さんはおどおどしてるのであまり責めないで欲しい。
「お、おれがたのんだ、です。せんせい」
水色髪美少女になってもまだ自身をおれと呼んでいるようだ。
その見た目でおれっ子は尖りすぎなので変えたほうがいいと思う。先生も困惑し続けてるし。
さて、北神くんの出番だ。
「性転換トラップの条件を調べておりまして、性同一性障害で悩んでいた南さんを誘ったのです。そして条件を満たしたので南さんはこの姿になりました。南さんは元の男性の姿に戻るつもりはないそうです」
「……その髪は地毛か?」
「は、はい……」
先生は「むぅ」と唸る。
「南に関しては自発的というのはわかった。アズマは馬鹿だとわかった。星野はどうしたお前は」
「えっと、ノリと勢いで……」
「お前もか……」
軽くお説教を受け、俺たちは教室へ向かう。
モテモテマッチョだった妹は元の姿に戻ってもモテモテだった。
昨日と同じように女子にポージングして見せてもぷにぷにじゃぞ、妹よ。
「さて、覚悟は良いかのう?」
「(こくこく)」
緊張の面持ちの南さんを、後ろから星野猫が抱きしめる。
星野さんはもふもふオスケモ猫獣人になったとはいえ、元々注目されていた美貌を持っていた。
それにひきかえ、南さんは陰キャ。スクールカースト底部。女子に囲まれてもみくちゃにされて「にゅわああ……」となるに違いない。
なった。
「きゃあああ! かわいぃいい!」
「ティルちゃんおかえりぃい!!」
「え? 猫耳くんは星野さんなの? 毛深っ!」
「毛深いって言うなー!」
俺と南さんはセットにされ写真を撮られまくった。そして星野猫人はもふもふされた。
南さんは恥ずかしがっていたが、言われるがままにポーズを取り始め、そしてそのうち興が乗ってきたようだ。案外注目を浴びてこういう囲まれることに憧れを持っていたのかもしれぬ。
男なら女子にちやほやされたいもんね。いや違った南さんは女の子だった。ややこしいな。
そこへやってきたのはいつものニッシー。
「あれ? 星野さんまだ来てない?」
「星野さんならそこにいるよー」
女子がオスケモ猫人を指差した。
ニッシーの手には綺麗に包装された紙包みとラブレターが……。こ、こいつ……! ポーションプレゼント告白作戦を決行する気か……!
だが、星野さんは男になっていた。しかも猫獣人だ。さらに言うと最近はハイペースで俺たちはポーションを自力入手している。星野さんはそんなにポーションを求めていないだろう。
美容目的のポーションは一ヶ月に一回のペースでも十分だし、一週間に一回では見違えるように綺麗になると言う。身近すぎて気が付かなかったが、マッチョから戻ったセーラー服の妹を改めて今日見たら、「あれ? 妹綺麗になってない?」と不覚にも思ってしまった。なってなかったら俺のポーションが無駄なだけだけど。「妹みたいなやつでも効果あるんだなー」と言ったら頭ぐりぐりされた。
話が逸れた。
「に、二十万円したのに……」
ニッシーは星野さんの姿にショックを受け膝を突く。そんなニッシーを慰める女子はいない。しょうがないにゃあ。
「ニッシー。元気を出すのじゃ。わちが貰っておいてやるのじゃ」
「あ、アズマ……」
ニッシーのポーションをせしめた。
「あ、あの……ティルさん、それはちょっと……あの……大丈夫、です?」
そんなニッシーに救いの手を差し伸べたのは南さん。
そしてニッシーは水色髪の小柄の美少女に生まれ変わった南さんにラブロマンスを感じてしまった。
ニッシーは南さんの手に手を重ねた。
「セックスを前提に俺と付き合ってください」
「最低じゃこいつ!」
人はパニックを起こすと口を滑らせる。酷い滑らせ方じゃニッシーよ。取り返しがつかん。
星野猫人は南さんを抱き抱えて、ニッシーから引き剥がした。
「その……返すのじゃ……」
わちはそっと紙包みをニッシーの前に置いた。
その後。わちはニッシーの愚痴に捕まった。
「あいつが南春男ってこと知らなかったんだよぉ!」
今やクラス中の女の敵となったニッシーは、そんな事を俺に愚痴る。もし南さんが相手じゃなかったら、ギリギリ下品ジョークで済んだかもしれない。だがうちのクラスでは南さんに対して性の話題は超絶センシティブ取り扱い注意であった。
まあどうにせよ、最低すぎる男である。
「わちもニッシーの相手をしたくないのじゃが」
今は俺の代わりに南さんが女子の囲いの犠牲になっている。
ニッシーが嫌悪の象徴となって、女子が近づいてこないのであった。ニッシーといる状況が俺にとって快適でもあるのがなんとも言えない。
「なんにせよ、泣かれなかっただけ良かったのう」
あの状況で南さんが泣きだしたら、ニッシーは転校するレベルでぼっちになったかもしれん。まだクラスにギリギリ踏みとどまっている。崖から足がはみ出てるかもしれんが。
「元はと言えば北神が悪いんだろぉ!」
逆ギレ始めた。まじか。
「アズマもなんでまた女になってんだよぉ! わけわかんねえよ! そんなダンジョントラップあってたまるか!」
こいつ、言ってはならぬことを……。口を封じねば。
うーん。取りたくない手段じゃが。
「ニッシーよ。ちょいと首を見せるのじゃ」
「あん?」
わちはニッシーの顔に顔を近づけて……「あ、俺、ファーストキスしちゃう? 教室で? ははっまいったなぁ。俺は中身が男の幼女なんて興味ないんだけどなあ!」と勘違い顔しているニッシーは無視して、首元にかぷりと噛み付いた。
うげ。不味い。ドブの臭いがする。
そしてそっと離れる。
わちはニッシーの前で手を振った。うむ。反応がない。まるで生きていないようだ。
「わちの言葉に自然に答えること」
「はい……ん……あ……お、おう」
「性転換は北神のダンジョンで起こっている事と疑わないこと」
「ああ」
「北神に敵意を持たないこと」
「うう」
「それと、南さんに今から誠心誠意で謝罪すること。そしたらわちの使役から離れ、元に戻ること」
「うぃーっす」
ニッシーはふらふらと女子に囲まれている南さんへ近づいた。
女子は女子垣を作り、南さんをガードする。
近づけないニッシーはその場で土下座を始め、謝罪の言葉を口にした。若干「セックスしたいという気持ちは本当です」とか本音が混じってて気持ちが悪いが、わちのせいじゃない。誠心誠意ってそういうことじゃないじゃろうて。
そんなキモニッシーに、南さんは「そんなことしなくていいから」とニッシーを立ち上がらせて、仲直りという既成事実はできた。使役されていた当の本人のニッシーがそのことを覚えているかは知らない。とりあえずクラス内の不和が消えればそれで良い。
ニッシーよ、よくやった。お前のおかげで南さんが自然とクラスに溶け込めたぞ。
尊い犠牲だった。頑張って生きろよ、ニッシー。
うむうむと得意げな顔をしていたら北神くんにぽんと肩を叩かれた。
わちは北神くんに「人前で使役の力使っちゃだめ」と叱られたのじゃ。ふえぇ……。北神くんの好感度が下がってしもうた……。
おのれニッシーのせいじゃ……。絶対にダンジョンには呼んでやらぬ! ぷんすこ。




