22話:俺のダンジョンがこんなに簡単なはずがない
落ち着いて考えろ。思考を高速で回せ。今夜はカレー。
雑魚モンスターの種類は9。一番危険なモンスターは魔導師。あと足の速い犬。近寄られたら危険なのが目玉。
「魔導師にナイフ! 犬にイカヅチ! 目玉に爆発杖じゃ!」
「はい!」
他にも動きの遅いゴーレムやクワガタも危険だ。
こんなことなら危険を冒してでも四階で魔導師や犬を使役しておくべきじゃった。
わちのコウモリとネズボウだけでは、パワー系モンスターたち相手ではなんとも頼りない。
「ネズボウとコウモリよ! 前へ出て撹乱させるのじゃ!」
おそらく瞬殺されるだろうが、コンマ一秒でも時間を稼ぎたい。脳みその回転のためにも。
のじゃロリ脳みそフル回転。
「妹と北神くんも囮じゃ! わちらはフロアを横に周ってボスを狙う!」
「なんで囮ぃ!?」
「いざとなったら巻物を使うからじゃ! 死なないように逃げまくるのじゃぞ!」
「無茶言うなよ!」
妹と北神は左へ、わちと猫とシャチは右へぐるりとフロアを大きく周る。
「スライムじゃ! イカヅチを!」
「いかづちぃ!」
目の前に立ちはだかる巨大スライムを電解、粉砕。
余裕じゃのうがはは!
しかしそこで南さんはへなへなと座り込んでしまった。
「も、もうだめ……」
「なんじゃと! ここまで来て……ぐぬぬ……」
「私が運ぶよ!」
だが、それでは……!
いまある攻撃方法は、星野猫人の爪攻撃と、南シャチのイカヅチ魔法と爆発の杖のみだ。
このアタッカーが二人しかない状態で、ボスのミノタウロスを斃さなければならない。
無理か。無理じゃな。 潮時かのう……。
わちは巻物を開く。なんだかわからない言葉が口から走る。
「ふにゃふにゃもにゃ」
すると、フロア一面が白い煙で覆われた。
くそっ。帰還の巻物ではなかったか!
「何が起こっておる!?」
「モンスターが寝てるぞー!」
白い煙の向こうから、妹の声が返ってきた。
「なんと!? みんなボスを狙うのじゃ!」
「了解!」
白い煙が晴れてくると、モンスターたちはぐっすりと眠りこけていた。
さらにボスのミノタウロスまで寝ている。
「チャンスじゃあ!」
まず南さんの爆発の杖が炸裂する。そして星野猫人が爪攻撃でミノタウロスの身体を刻んだ。
遅れて妹はミノタウロスを棍棒で殴り、北神くんは開幕に使われた投げナイフを拾い、突き立てた。
そしてわちもぺちぺち叩く! ぺちぺち!
「ま、まだ死なぬかぁ!」
こ、攻撃力が足りない! 爆発の杖は空のようじゃし、そもそも南さんは空腹で倒れておる。
最初に煙を浴びた雑魚モンスターたちがピクピクと動き始めている!
そしてミノタウロスも。
もうだめじゃあ!
「んんんんっ!」
かぷっ!
わちは勢いでミノタウロスに噛み付いた。
『ブモォォオオオ!!』
そして起きたミノタウロスの一撃で死んだ。
死んだ。
し……あれ?
なかなか死なないなと思って目を開けたら、ミノタウロスの動きが止まっておる。
え、これって。
「ティルちー! 敵きてる!」
「ぬ……ぬ? やってしまえ! ミノタウロス!」
『モォォオオオ!!』
ボス。使役できちゃった。
わちらの攻撃で傷だらけになってるとはいえ、そこらの雑魚モンスターにわちらのミノさんが負けるわけがなかろう! 勝ったな! ガハハハハッ!
「こりゃすげぇや! さすがティルちー! よっ主人公! チートだチート!」
「ははははっ! ちょっと解せぬ……」
妹は喜び抱きついてきたが、わちの内心は複雑じゃ。
でもローグライクゲームのボス戦ってわりとこういうとこある。正面から戦うには強すぎて、たいてい絡め手であっさり片が付く。まさにこんな状況。ある。
「バクスイじゃなくてモンハウの巻物だったら、もっとあっさり終わったのになー」
「知っとるのか妹よ」
「ああ。コタツマウンテンRTAでな」
ここはコタツマウンテンではないがな。
ミノタウロスはあっさり雑魚モンスターを斃し終わり、すんと佇んでいる。
さて、困ったことがある。
何も起きない様子からすると、どうやらミノタウロスの死がクリアフラグになっているようだ。
自死って命令できるのか?
「ミノさん。死んで?」
『グモォオオ!』
ミノさんは屠殺される牛の表情をして、自らの手にした斧で、自分の首を斬り落とした。
「ミノさぁあん! くそっ! いったい誰がこんな酷いことを!?」
「し、仕方なかったのじゃ……」
「おにぃ! あくまぁ!」
「吸血鬼じゃ」
さて、妹のじゃれ合いはいいとして、ミノさんの死で背後の壁がズズズズと音を立てて崩れて穴が開いた。
「この先を行けばダンジョンクリアかのう」
「え? クリアなの?」
星野さんは困惑した。かくいう俺もちょっとまだ実感が薄い。
そもそも、妹がコタツマウンテンとか言うからそれっぽい雰囲気でクリアだと思いこんだけど、実際どうなんだろう。でもクリアな気がする。5階しかないってローグライクにしては短すぎじゃない? とちょっと思うけど……。
消えたミノさんの後にドロップ品としてミノタウロスの斧が残った。めちゃくちゃ重いんじゃが。そしてこれ持ち帰ってもどうすんのって。妹マッチョは使えるか。
南さんを除くみんなでうんしょと穴の前に運んだ。
「さて、と。では死ぬとするかのう」
確実ではないが、この先はクリアして帰還する可能性が高い。で、あるならば、身体が入れ替わってしまう俺と星野さんは死ななければならない。南さんは入れ替わるのが希望だからそのまま生還だ。
「ねえ待って。私、死にたくない」
「じゃが。その猫の姿で戻ることになるのじゃぞ?」
「それは嫌だけど」
嫌なのかよ。まあ嫌だよな。好きなキャラを見るのと、好きなキャラになりたいとは違うもんな。
それに毛深い猫の獣人だと、北神エルフ以上に奇異の視線に晒されることになるだろう。
「でも、せっかくだから。みんな生き残ったんだから、みんなでクリアしたくない?」
「ん……うむ……クリア……したいのじゃ! エンディング見たいのじゃ!」
そうだよ……そうだよなあ! クリアゲート(仮)の目の前で自殺とかないよなぁ!
「しょうがないのう。みんなで帰るとするかのう!」
「やったー! またティルちゃんと学校いけるー!」
「やったー! またティルちーと暮らせるー!」
いえいとハイタッチする妹と星野さん。お、おまえら……。
ミノタウロスの斧と南さんを引きずり、壁の穴を進むと、奥にはいつもの黒もやゲートがあった。
まさかここまできてクリアじゃないとかないよね?
クリアだよね?
6階いかないよね?
んんんんっ!
俺の部屋じゃー!
「クリアじゃあああ!!」
「おおおおお!!!」
どさりと俺の部屋に巨大な斧が倒れる。こわっ。
そしてみんな、本当に本当に生還した!
クリア! した! のじゃ!
「祝杯じゃあ!」
妹が駆け出し、コーラとポテチとコップを抱えてきた。
「かんぱぁい!」
みんなで円を組み、そして戦利品を並べていく。
まずは部屋に鎮座するでっけえミノタウロスの斧。邪魔だなこれ。
ポーションは在庫と合わせて2個。あとでシャチちゃん化した南さんも一緒に入ろうと約束した。
そしてイカヅチの魔導書はシャチちゃんのものへ。
投げナイフは何かに使えるのか?
爆発の杖は置いてきた。
あと妹が振り回してた棍棒。いらんなこれは。
「クリアできたのは南さんのおかげだねぇ!」
「や、役立てて、よかった、です!」
「どうだったー? ねえどんな気持ちー? ねえねえどんな気持ちー?」
テンション高すぎてうざいぞ妹よ。
「た、たのしかった、です」
「だよねー! また行こうねぇ!」
みんなで「え?」という顔で妹を見た。
いやいや、南さんは性転換が目的だったからもう来ないよね。
「週末の北神ダンジョンなら行けるでしょ?」
「えっ……いいんです、か?」
「いいぜー。だってあたしら友達じゃん!」
「と、ともだち……は、はいっ」
彼のダンジョンなのに彼の承諾を何も得ずに妹は話を進めている。北神くんは苦笑だ。
そして、北神くんは真面目な顔に戻り、一度みんなを静ませた。
「あのちょっといい? 凄く言いにくいんだけど」
「なんだ北神ぃ」
「クリア式のダンジョンってボスを斃すと消える事が多いんだよね……大丈夫だと思うけど」
「え?」
わちと星野さんは顔を見合わせた。そして北神くんを見た。
「え?」
「もしかして知らなかった?」
「おおおい北神ぃ! しのっち泣いちゃったじゃねえか先に言え北神ぃ!」
南さんがおろおろしながら「だ、大丈夫だよ、きっと元に戻れるよ」と星野猫人に声をかける。
「そうじゃな。わちは消えないと思うのじゃ。だってローグライクじゃからのう」
「そうだ北神ぃ! 千回遊べるダンジョンだ! しのっちに謝れ!」
「あの、水を指してごめんね? ほら、一応、ね?」
なんやかんやで星野さんは元気を取り戻した。
その犠牲になったのはわしじゃ。膝の上でぎゅうと抱きしめられておる。苦しいのじゃ……。
わしはちょっと思ったことがある。
5階とかいう妙な短さ。これ、ただのチュートリアルだったりしないかのう?
いやまさか。
わちはゲートのあった本棚を見つめるも、ただ穴の空いた本棚がそこにあるだけじゃった。




