20話:女子になりたい男子
さて、動画が撮れたのか確認である。
北神エルフはバキバキに壊れたスマホからSDカードをなんとか取り出した。そして別のスマホに装着する。読み取れたようでデータは無事のようだ。
俺が死んだシーンが再生される。
「二匹目は使役できなかったみたいですね。そしてティルミリシアが亡くなった時に、使役されていたモンスターも敵意を表しました。主人がいなくなるとモンスターに戻るようです」
北神エルフはノースの口調で語ってくる。「本当にそれ演技なん?」と問い詰めたところ、彼曰く、「ノースをペルソナとして切り替えした方が自意識が楽です」とのことだ。ペルソナ?
「と、いうと思ったより万能な力じゃないな。俺は最後まで死なないようにしないといけないのか」
「ますます守護対象になるな。姫プかよお兄」
「うぐぐ……」
何も言い返せない。
「それで、二匹目のネズミが使役できなかった原因についてですけど――」
「ちょっと待て、ねずみだったのかあの棍棒野郎」
言われてみれば二足歩行のデブネズミモンスターってRPGにいるわ。
妹マッチョは腕組みをして上腕二頭筋を見せつけながら頷いて言った。
「マッキーミウスと名付けよう」
「ギリギリアウトだ馬鹿野郎!」
「じゃあねず棍棒。略してねずこ」
「ライン超えだ馬鹿野郎!」
北神エルフは、まあまあでは「ネズボウで」と解決案をだした。そして話を続けた。
条件予想
1.使役匹数制限説
2.一種につき一匹説
3.レベルや階層で上限が変わる説
「そもそも、コウモリとネズミ以外のモンスターの使役ができるかが、現状だとわからないですね」
「え?」
「吸血鬼の使役といえば、コウモリあるいはおまけでネズミといったところですから。関連性が強い事が使役できた理由かもしれません」
「ええ……」
雑魚モンスターだけしかできないとしたら、そんなのへっぽこじゃん……。
「色々試すしかありませんね」
「あーお兄。それとさ、スライムとか無理じゃん。溺死するじゃん」
「ああ……」
結局噛みつけるかでモンスターの種類の制限があるのか。ゴーレムとか歯が折れそうだし。
あれ? 使役能力弱くね?
俺は今まで出会ったモンスターを考えていると、妹が手のひらを差し出した。
「ねーねーところでさー北神ぃ。動画データちょうだいよ。ティルちゃん動画新作として上げるからさ」
「え? ダメですよ?」
「なんだとこの野郎!」
おいおいその肉体で掴みかかるな。エルフの細い体が折れるぞ。
「このダンジョンは秘密なんでしょう? でしたら動画を上げることは得策ではありません」
「秘密じゃなくなっちゃうもんな」
「うぐぐぐ……」
SFちっくな構造のダンジョンはかなり珍しく、ダンジョンマニアが検討を始めると面倒な事になりかねないとか。
ダンジョン調査員に通報されてしまうかもしれん……。ぷるぷる。
そんなこんなで、今日は三人での探索だった。明日は四人でいけるかなと思ったら、どうやら五人になりそうだ。
次の日。学校のお昼休みの美術部に、いつもの俺たち四人のダンジョンメンバーが集合した。そこへ星野さんが追加メンバーとして一人連れてきたのだ。
「うちのクラスの南さんよ」
「よ……よろしく……です」
「おうよろしくな!」
妹はムキッと答えた。
南さん。ちょっとあまり関わりのない人だ。というより、クラスの全員あまり関わりがない。ぼっちの民の人。
身長は男にしては普通で、顔は……個性的な顔をしているが、それが原因でいじめられているとかそういうわけではない。
彼女は身体が男で中身が女の、いわゆるトランスジェンダー。いや、性同一性障害と言うのだったか。だが校内の男女分けでは男として扱われている。
それがぼっちの原因であるのは事実なんだが、それはクラスの差別的な意識からではない。クラスメイトと関わり合いが薄いのは、単純に南さんの性格が暗いからだ。だから特殊な事情の彼女に触れづらい。彼女自身も他人と関わろうとしない。
まあ俺も詳しくない一人なのだが。
「つまりだぁ。女になりてえってわけだーなぁ?」
細かいことは気にしねえの性格な妹マッチョはズバッと言い放った。
話によると南さんは、最近の俺ののじゃロリ化、北神くんのエルフ化、そして妹マッチョ化を見て、自分も身体が女性になれるのではと、星野さんに昨日の放課後に相談をしたとか。
「力になってあげてほしいの」
「い、一緒に……。今週末……誘ってほしい……」
「……うーん」
俺が答えに渋ったことで、南さんが泣きそうな顔になる。
いや、ダメということはない。
問題は一から説明しないといけないことだ。その上で来てもらわないと困る。
「今日からでもいいか?」
「え、はい。あれ? でも……」
南さんは北神エルフをちらっと見た。そう、北神くんのダンジョンのトラップでTSが起きているという話になっているので、週末と言ったのだろう。
ダンジョンは内部の再発生のインターバルが必要なので、攻略目的ということでなければ通常は一週間に一度くらいのペースで入るものだからだ。
だけど俺のTSローグライクダンジョンは毎日変化するので、すぐの方が都合がいい。
「詳しい話は後で星野さんに聞いて。あと、これだけは言っておく。すぐには性転換したままになる条件を満たせないだろうし、どんな姿になるかもわからない。それだけは覚悟しておいて」
「わ、わかりまし……た……!」
後で「話が違う」と言われても困るからね。
今のところは四人が四人とも性別が変わっているけれど、そもそもそれが絶対とは言えないし。星野さんみたいに変化しても猫獣人だなんてパターンもあるし。
女の子になれたけど姿がオークじゃん! みたいなこと言われても困るし。あ、今の南さんがオークと言ってるわけじゃないよ。ほんとだよ。連想してないよ。
しかしここに来て新メンバーかぁ。しかもTSが目的だから、一度帰還して達成したらもう参加してくれないだろう。
攻略目的の俺は、正直なところ彼女を連れて行く事はあまり乗り気じゃなかった。
「それじゃあ、行くよ?」
放課後、俺の部屋に5人が集合。
どんな姿になるかわからないから、とりあえず南さんにはジャージに着替えさせた。
おどおどとした様子で南さんが頷いて、みんなの後に付いてゲートへ飛び込んだ。
しゅた。
さて、無事に南さんは女の子になった。やはり例外なくTSするのか……。
そしてその姿は水色髪のおかっぱのギザ歯の中学生くらいの女の子であった。うーん、髪色が奇抜で歯が特徴的すぎるけど、一応日常生活できそうな姿か。
「どうじゃ? 南さんよ」
「……!」
南さんはコンパクトミラーで自分の姿を確認すると、うんうんと頷いた。納得できたようだ。
「じゃが生きて帰らないとその姿で戻れないからの?」
「(うんうんうんうん)」
あ、わりとかわいいかも。根暗から無口美少女キャラに変化した。これ、アニメだったら人気出るヒロインだ。
「ちなみに、その姿の元ネタとかあるのかのう?」
「あっ……」
「言いたくないなら別にいいんじゃが」
「いえっ……!」
南さんはポケットからスマホを取り出そうとした。だけどスマホは置いてきた事を思い出して、うなだれた。
まあ、とにかく何かあるらしい。
「ただの興味本位じゃから――」
「はい! あとでぜったい見せる……!」
食い気味で言われた。
あ、これオタク特有の、自分の趣味に興味持ってくれた人の好感度が爆上がりする面倒なやつだ! これを食らうと朝まで動画を見せつけて早口になるぞ! うちの妹みたいにな!
「では、コウモリとネズボウの使役から始めようかのう」
まずはコウモリを仲間にし、それをネズボウにけしかけ、気を散らしたところへ星野猫がちょろちょろと囮になる。そしてわちは隙を見て、後ろからがぶりと噛み付いた。
モンスターペット二匹ゲットじゃぜ!
「おお……、まじでティルちゃんが役に立っとる……」
「むふー」
両手を腰に当てて胸を張った。胸はない。
「次は、南さんの能力が気になるなぁ」
みんなの視線が南さんに集まり、南さんはあわあわと顔を手で隠した。
あらかわいい。まるで女の子みたいじゃのう。女の子だった。
ややこしいのじゃ。
「お、本じゃ。北神くん。鑑定を頼むのじゃ」
「今はエルフじゃないからできないよ」
そうだった……。今の北神くんはただのイケメンだった。
北神くんがひょいと本を受け取り、何気なしに南さんに渡した。
すると、南さんはじっとその本の表紙を見つめた。
「見ての通り何も書いてないのじゃよその本」
「え? いえ。あの、その……?」
あ、これ何か見えてる反応だ。
北神くんもすぐにそれに気が付き、「何か書いてあるの?」と顔を近づけて聞いた。
おいだめだ北神くんよ。そのイケメンフェイスパワーは乙女にはダメージがでかい!
南さんは「はわわわわ」となりながら静かに答えた。
「え、と、雷の魔導書、と……」
「本当かい? それなら南さんも鑑定なのかな?」
え? まさかの能力被り……?
いや、今の状況だとありがたいか。
いっそ北神くんとペアにさせて生還させる時は交互にさせれば……いやダメじゃ。北神くんとのペアはわちがなるのじゃ! ぽっと出の小娘には渡さん!
次に魔法の杖を拾ったので、これも南さんに渡してみる。
「この杖……爆発の杖と……」
「鑑定の能力で確定だね」
むぅ。面白みがないのう。
妹も微妙な顔をしている。いつもの「つまんねー!」みたいないじり方はさすがの妹でも南さん相手にはできないようだ。最低限のデリカシーはある。
「ほい。じゃあ今度はこっちの青い草を頼む」
「……?」
南さんは青い草を手にして固まった。
「この草……なんですか?」
「え?」
ナンの草? ナンってなんだ? あのインドの主食だと思われがちのナン?




