2話:俺は女児服を手に入れた
「ぐあああ!」
激しい頭痛に襲われて、俺はのたうち回った。
壁ドンと共に「お兄ちゃんうるさい!」と妹の声が聞こえてきた。
俺はダンジョンから自分の部屋に戻ってきたらしい。
死んだと思ったが生きてる! 俺は生きてるぞ!
「うおおおお!」
二度目の壁ドンをされたので、俺はしゅんとなり、鳴りを潜めた。
自分の身体を確認すると、いつもどおりの俺だ。良かった。永久に美少女になるのもそれはそれでありかもしれないが……、いやよくねえよ。
とにかく、俺がのじゃロリになるのはダンジョンの中だけのようだ。
「とりあえず生還できてよかった……」
死に戻りだったけど。死んだら現世に戻れるダンジョンで良かった。ダンジョンで死んだら終わりのタイプもあるらしいからな。
「あれ? おかしいな? スマホの画面がバキバキに割れてるし、電源も付かないのだが?」
冷静になってそれがモンスターの攻撃によるものだと気づき、俺はショックで三度目の叫び声を上げて、三度目の壁ドンを食らった。
「お兄、ばか、うるさい、しね」
居間で悲しみの朝食のトーストを囓っていたら、ピンク髪の妹の罵声が連続で飛んできた。
俺はそれに言い返すこともできない。
「……なに? 何があったんよ」
俺はボロボロになったスマホをそっとテーブルの上に出して見せた。
「ばーかばーか! 何やったんこれ! ママぁー聞いてー! お兄がスマホ壊したー!」
カーチャンが鬼の形相で問い詰めてきたが、寝ぼけて踏んづけたとすっとぼけた。ダンジョンに勇み足で持ち込んで壊したとか言えるもんか。そもそもダンジョンゲートの事は秘密にしなければ。知られたら立ち入り禁止されるに違いない。
「ごちそうさま……」
俺はとぼとぼと階段を上って部屋に引きこもり、気持ちを切り替えてダンジョン攻略の妄想をすることにした。
しかし本棚に現れたダンジョンゲートが消え去っている事に気がついた。
「あれ? あるぇ!?」
本棚にぽっかりと穴が空いている。だがそこには黒い靄は存在していなかった。
ダンジョンの情報を改めて集めようと思ってもスマホが壊れてわからない。一度切りのダンジョンなのか。死んだから消えたのか。
俺は一階の居間へ駆け戻る。
「妹よ。スマホ貸してくれ」
「は? いやだし。しねし。パソコン使えし」
妹は居間に置かれている共用のパソコンを指差した。
あんなとこでダンジョン情報なんか調べたら怪しすぎだ。絶対覗かれるし。
「スマホじゃないと見れないんだよ。すぐ終わる」
「んー。食べ終わるまでに返せよなぁ」
妹のスマホを受け取り、ブラウザを起動する。
そして「ダンジョン 消える条件」で検索する。
出てきたのはダンジョンまとめサイト。スマホじゃないと見れないというのはもちろん嘘だ。
それを開くとダンジョンが消える条件がリスト化されていた。
そしてそこには初心者向けに「よくある勘違い」として「入場制限」について書かれていた。
ダンジョンによっては、人数の制限、時間の制限、入場間隔の制限がされる。特に入場間隔については、連続で同一人物が入ることは基本的にできないらしい。
そう言えば、クラスで話しているダンジョン持ちも「入れるのは一日一回」と口にしていた気がした。なんだつまりそういうことか。そうだといいな。
「終わった返す」
「ん」
今日は土曜日だし明日に向けて準備しようかな。でも明日にダンジョンゲートが復活するとは限らない。そしたら準備が徒労になるか。いかんいかん、ネガティブに考えちゃダメだ。
必要な物はまず武器。
それとマッピングするためのメモ帳とペン。
そして女児服。
「女児服!?」
無理じゃね!?
いっそTシャツ一枚でもいいか? ワンピースみたいになりそうだしそれで問題はなさそうだが、違う意味で動きにくそうだ。下半身の防御的に。
武器も女児が扱える物を選ばなければならない。この身体のままなら金属バットが最適だろうが、ぷにぷに幼女が振り回せるものではない。第二候補は鉈だが、コウモリに当たるだろうか。頭上に向けて振り回すのに刃物は少し怖い。
「しっかし、なんで女体化なんてするんだよぉ……」
それさえ無ければお手軽にハッピーダンジョンライフが送れただろうに。人を誘うのにも気が引ける。「その姿はなんですか?」「はい! 俺の考えた最高の美少女なのじゃ!」なんてやり取りをしろと?
ひとまず女児服問題をなんとかしよう。
「妹よ」
「なんだ、兄よ」
部屋に戻る妹の前に立ち、声をかけた。
「子供の頃の服を持ってないか?」
「変態め。ころすぞ」
ひっ。その冷たい視線に俺は玉ヒュンした。
「いやあちょっと、小遣い稼ぎにカルメリマーケットに出そうかなって」
「妹の服を売ろうとするな。スマホないくせに」
「あうっ。うぐぐぐっ」
そうだった。無茶な言い訳で墓穴を掘った。
「はぁん? もしかしてそれダンジョン情報を検索してたのと関係ある?」
「んな!?」
ああああ!? スマホの検索履歴消して無かったぁ!
「ダンジョン……女児服……。ははぁん? さてはダンジョンに幼女を連れ込んでる……? もしもしポリスメン?」
「ノー! 冤罪ノー!」
もはやこのまま妹を放置するほうが危うい!
俺は自分の部屋に妹を連れ込んで、洗いざらい話した。
「本当に本棚に穴空いてるじゃん。まじで? まじもんで? お兄ダンジョン持ちになったん? すごくね? すごい!」
「カーチャンにも秘密だぞ」
「わかってる。わかってるて」
妹の言葉が「やべえ」「すげえ」だけになって語彙がやばい。でもその気持ちもわかる。俺も説明しながらめちゃくちゃ早口になっていた。なんだかんだで俺だって誰かに話したくてたまらなかったんだ。
「ただでさえすごいのに、姿が変わる系のダンジョンって激レアじゃん」
「そうなん? 詳しいな妹よ」
「おうよ兄よ。お兄が死んでも平気だったのはきっとそのおかげだし」
「なるほど?」
ダンジョンで死んだのはあくまで俺ののじゃロリキャラの「ティルミリシア=フィレンツォーネ」であって、俺じゃないという扱いか。ダンジョンで用意された身体に憑依しているといった感じだ。
「んじゃ、あたしの服貸したるからさー。美容系のアイテム手に入ったらくれよなー」
「なんだよ。一緒に潜る気はないのか?」
「興味はあるけど、戦うのも死ぬのもちょっとなー。幼女になったらお兄に何されるかわからないし」
「ダンジョン内では俺も幼女になるぞ」
「女の子同士がキャッキャするアニメ好きじゃんお兄」
「言われてみればそうである」
心みょんみょんしてくる。
「それでは健闘を祈るぞ兄者」
「ああ任せろ妹者」
戦利品との交換条件で俺は妹から小学生時代の服を受け取った。
俺は服の匂いを嗅ぐ。
「嗅ぐなばかやろー!」
妹のローキックで俺は悶絶した。
良い蹴りだ妹よ。それならダンジョンでも戦えるで。
そして俺は一日を次の日のダンジョン探索へ向けての準備と、格安スマホを調べてその日を終えた。
くっそ、早く潜りてえなぁ!