18話:これ、俺の彼女
「お兄よ。セーラー服を貸すから学ラン貸してくれ」
「ああ、わかった」
俺はいつものようにセーラー服を着ようとするが、いつもぶかぶかだったはずなのに今日はサイズが小さく感じる。
「なんか小さいなぁ」
「妹もか。なんだか変だな」
俺はスカートのチャックを上げきってから気がついた。
俺、男に戻ってるんだった。
そして、妹は男になってるんだった。
「俺の学ラン返せよぉ!」
「じゃああたしはどうやって学校行けというんだお兄!」
兄妹喧嘩はどちらが勝つかなんて目に見えている。マッチョ男の妹である。
俺の放ったパンチは妹の胸筋に阻まれて、俺は右手首を痛めた。
「せっかくだからそのまま登校しようぜ、お兄」
「なんでや! 男に戻った一発目でセーラー服女装で行かなあかんのや! 頭おかしくなった思われるで!」
「大丈夫だ、お兄よ。タイツを貸してやろう」
「気にしてるとこそこじゃねえよ! すね毛じゃねえよ!」
俺はセーラー服を脱ぎ、床に叩きつけた。
さて。俺は返してもらった学ランを着た。マッチョ妹の服は、昨日のうちに北神家がガタイのいい護衛の方の服を色々と持ってきてくれた。その中の一つのスーツを着た。
「なにその姿。SPじゃん」
「グラサン買ってくるか」
カーチャンはもうこのTS異変に慣れたのか、「まったくうちの子たちったらもう」といった感じであった。トーチャンは妹の変わり果てた姿に「昔はあんなに可愛かったのにどうして……」と狼狽えていた。
さて、学校へ行き、いつもの担任への報告をする。
妹は別クラスだからいつもと違う担任だが、俺たちの美少女化のことは知っていたようだ。知らないわけないが。
「アズマァ! お前もかぁ! 良い身体してんなぁおい!」
「先生。それ女子に対して普通にセクハラですよ。クビになりますよ」
「お前、その姿でまだ女子と言い張るつもりか?」
妹はサイドチェストポーズを取った。ゲーム、超絶兄貴のアダン・サミソンでよく見るポーズである。
やめろ。貰ったスーツが初日ではち切れそうだ。
「それで、こっちは北神なのか……?」
「はい。北神です」
職員室に射し込む朝日でキラキラ輝く金髪ロングを見て、うちの担任は頭を抱えた。
「どうしてアズマが戻って、北神はこうなった!? もうダンジョンに潜るなよもう!」
「先生落ち着いて」
「ほら、隣のクラスのうちの妹よりマシだから」
中性イケメンがセーラー服の金髪エルフになっても特に違和感はないだろう?
女子がスーツ姿のマッチョハリウッド俳優風になるよりはさ!
さて、教室に向かうも、妹の注目度が半端ない。にこやかな笑顔で歯を射し込む朝日に輝かせて手を振って答える妹。この芸能人気取りが。
もちろん北神エルフも注目の的だ。その隣にいる凡人の俺。
やばい。ちょっとこれに挟まれると心が辛くなってきて、思わずのじゃロリに戻りたくなるのじゃが。
「んじゃ、また後でなー!」
「おう。おとなしく過ごせよ妹よ」
「そいつぁー無理な話だぜ。女どもがあたしを離してくれないからな! HAHAHAHA!」
群がる女子の肩に手を回し、笑いながら教室へ入っていった。
大丈夫かなあいつ。色んな意味で。
「うぃーっす」
そして俺と北神エルフが教室に入ると、時が止まった。
まあ止まるか。エルフだもん。
今までうちの学校の最上位美少女は星野さんであったが、「あ、星野さんって意外と普通だったんだな」ってみんなの頭をよぎった。
まあそりゃね。校内一の美女って言っても、日本中で学校がどれだけあるのさって話しさ。都道府県でトップだとしてもトップ47だぜ。AKP47だってピンキリだぜ。
そんなのを一気に飛び越えて世界トップクラスの本物の美少女金髪エルフさ。そりゃ声も出なくなるよな。美少女の概念が崩れて再構築されちまう。
俺?
のじゃロリなティルミリシアはもちろん可愛かったけど、ほら、かわいさのベクトルが違うから。
その辺は自分でもわきまえている。
さて、最初に動いたのはニッシーだった。
ふらふらと近づいてきたので、俺は北神エルフの腰に手を回して言ってやった。
「これ、俺の彼女」
「はじめましてノースです」
色白な肌をほんのり赤く染めた頬に手を添えて答えるノースこと北神エルフ。
それにしてもこの北神エルフ。ノリノリである。
「あ……はぁ……」
金魚のように口をパクパクさせて尻もちをつくニッシー。
そんなニッシーは無視されて、今度は女子たちが集まってきた。
「頑張れよノースちゃん。ここからが大変だぜ」
「一緒にいてくださらないのですか?」
「ふっ。俺がいると写真撮影の邪魔になっちまうからな」
俺が腰に回していた手を離すと、北神エルフは逃さないように俺の手を掴んだ。
だが、俺はその手を振りほどく。
「悪いな。俺は興奮状態の女子を敵に回すほど馬鹿じゃあないんだ。じゃあな」
そして北神エルフは女子の「かわいい」攻勢と写真撮影の餌食になっていく……。
「おーいお前ら。席に戻れー。あー。もうみんな知っているだろうが、北神が女子になった。ダンジョンに入ると危険がいっぱいだ。勝手に入ることはしないように。あとついでにアズマは元に戻ったからな」
俺の扱いはついでであった。
さて。北神エルフは思ったよりも女子の囲みが少なかった。彼女らに言うには「美人すぎて引く」だとかなんとか。わかるけど。でも北神は元々美形だったからそんな変わらなくない?
みんなが北神エルフの事をすでに知っていたのは、妹の上げている動画のせいだ。
妹は俺が元に戻ったことによって、「これからが良いところだったのにクソがぁ!」と、たいそう憤慨なされた。ティルミリシアちゃんは異世界に帰ったという設定で突然の無期限休止となった。「諸事情で活動が続けられなくなった」と、引退ではないことを強く言っていたが、ネット民には実質引退と思われているようだ。
だが、まだ北神エルフがいるので、妹は今後そっちをプロデュースしていくようだ。
ムキムキマッチョが女子の体育に混じり、北神エルフがひらひら白のミニスカートでテニスをしているところをスマホで撮影している。全て許可済みというところが恐ろしい。
さてはて、俺が元に戻った影響は他にも出た。放課後のじゃロリ倶楽部である。
美術部のお姉さん方に、たいそう悔やまれた。すまぬのう……。
妹は必死に「またティルちゃんに戻しますから!」と言っていたが、そもそもマッチョのお前が誰だよ状態である。
知っているか? 美術部にマッチョを入れるとどうなるか。
答えは簡単だ。囲んでよだれを垂らしながら筋肉を描き出すんだ。
「あれ? そういえば星野さんは?」
「今日は用事があるんだって」
妹はむきっと背中を向けて答えた。
部員たちから「よ! 切れてるよぉ!」「背中に鬼飼ってんのかー!」と声が上がる。
そんなもはや手遅れな状態の美術部から抜け出し、俺はご無沙汰となっていた漫研に顔を出した。
「先輩。お久しぶりです」
「アズマぁ! お前なぁ! ティルミリシアちゃんはどうしたぁ!?」
「へ?」
俺ののじゃロリ姿は校内に広まっていたらしく、当然漫研の先輩の耳にも入っていた。
俺は生ののじゃロリ姿を漫研に見せなかった事を、激しく叱られてしまった。
解せぬのじゃ……。
あ、ついでに妹の部屋にあったんで、借りた漫画返しますね。じゃ。
「原稿はどうしたぁ?」
「順調です!」
俺は逃げ出した。
さて、校内を自由にブラブラできるようになった身に戻った俺だが、ふと北神エルフの様子を見に行こうと思った。
部外者がテニス部を覗いても平気だよな? 変態とか思われないよな? 見せパン狙いだと思われないよな?
そもそも部活動の練習はジャージでした。ですよねー。
でも、一人、スカートをひらひらさせているのがいたんです。金髪で耳が長いですね。そういや体育でもあの姿だったな。
俺がネット裏から北神エルフの事をじっと覗いた。北神エルフのミスが増えてきた気がする。邪魔したかな。
いやでも、そんな目の前で短いスカートをひらひらさせたら見ちゃうでしょ。男の子だもん。
ふと、俺は悪いことを思いついた。
「ノースちゃん。ちょっと抜けられない?」
「いいですよ。なんのようでしょうか?」
美少女エルフの真後ろで堂々と見つめていた上に、声をかけた部外者の男はなんだ!? という視線が刺さる。
大丈夫。慣れてるから。もうこのくらいの視線じゃ俺は死なない。
俺はふんわり汗の良い香りのする美少女エルフを連れて美術室へ向かった。
「筋肉の時代は終わりだぁ!」
「な! 兄者! 邪魔をしにきたと申すか!」
美少女エルフを見た美術部のお姉さん方の黄色い悲鳴が上がる。
くっくっく。わちと同じ苦しみを味わうのじゃ、ノースよ!
そしてこの不純な筋肉地獄となりつつある美術部を塗り変えてみせるのじゃ! がははは!
1000pt越えありがとうごじゃいますなのじゃ!




