17話:妹の肉体が硬すぎた
北神くんのダンジョンには、10分ほどで到達できる場所に、宝箱が約一週間ごとに再発生するという、超絶すげー場所があるらしい。俺たちはそこへたどり着くルートを通り、ダンジョンで初宝箱をゲットした。
「なにかななにかなー? あ、ちょっと開けるの待って! いいポジションでビデオ撮るから! じゃあティルちゃんお願いしまー! オープン!」
「おーぷんじゃ!」
きらーん。
ポーション。
「ポーションじゃあ!」
「ポーションだぁ!」
「ティルちーえらい!」
喜ぶ俺たち。
だが、北神エルフは微妙な表情で俺たちの事を見つめていた。
「どうしたのじゃ?」
「ええとですね。大変言いにくいのですが、ポーションは外れですね」
「はずれなん!?」
「ポーションなのに!? 今は1本15万円するのに!? どういうことだ北神ぃ!」
俺はその時気づいた。今まで手に入ったポーション、使わないで売れば俺スマホ買えたじゃん。
妹が許さなそうだけど。
ちなみにポーションの価格は高騰を続けている。ダンジョンが出来始めた一年前では100万円。そして大量に流通し始めた半年前は1000円近くに市場価値は下がった。その後、ポーションが美容に効果があると噂が流れ始めると、価格は急上昇した。最近ではダンジョンからの産出からの供給を需要が越え、一回使い切りの消耗品の癖に10万を超え始めた。
「ええ。ポーションよりもっと良いものが出ます。このフロアの宝箱での最高額はなんでしたっけ? 柴原さん」
眼鏡の柴原さんはささっとタブレットを操作した。
「三ヶ月前に出た不眠のネックレスですね。レアリティは低めですが、こちらは時価200万円でした」
「に」
「ひゃ」
「万円じゃとぉ!?」
確かに、200万円と比べると15万円の消耗品ははずれに見えてくるのじゃ……。
不眠のネックレスの効果は眠気がちょっとだけ飛び、少し頑張れるらしい。エナジードリンクかよ。
「ポーションは使うからお金にならないしねー」
「うんうん」
あ、やっぱり使うんだ。使う気満々だけど、ダンジョンから出た物の権利は基本的にダンジョンの持ち主だからね?
「四人で入ろうー」
「おー」
勝手に盛り上がる妹と星野さんを、苦い顔で見つめる北神エルフ。
ところで余談だが、この会話も妹はアップロードした動画でカットをしていなかったため、四人のポーション風呂動画をコメント欄で熱烈に要望された。アカウント削除されるわ。
さてその後、俺たちは北神家の四人が余裕で入れる広い浴槽でポーション風呂に入り、ダンジョン疲れを癒やした。
初の通常ダンジョンで想像以上に疲れた。普通のダンジョンでの死は、本当の死であるので、往復30分程度の冒険だとしても、緊張とストレスで精神的に半端ない。肉体的にも足場の悪い地面や、中々死なないコボルトで、俺の身体はボロボロだ。
「ふぃ~」
しかしそれにしても美少女に囲まれて入るお風呂は格別である。恥ずかしさは、うん。流石に慣れてきた。
「ティルちー。背中塗るよぉぐへへへ……」
まずそもそも一人は妹だし。
「ふへへへへーティルちゃーすべすべー」
一人は関わり始めてから本性が漏れ始めてる星野さんだし。
「ふぅ。なぜわたくしがティルミリシアと同じ湯に入らねばならぬのでしょう」
一人は嫁にしたい男#1北神エルフとはいえスレンダーぺたんこだし。
贅沢な環境に慣れすぎた感じがする。
……ところで、本当に北神エルフは演技? なんかもう素になってない?
こっそり聞いてみたら、隠すようにちょいちょいと一方向を指差した。
あ、スマホ。
「いも……こほん。ヒメお姉ちゃんよ。まさか隠し撮りしておるのかのう?」
「いやまさか!」
「隠してなんかないよねぇ!」
こいつら! 開き直りやがった!
お風呂上がりに北神家で豪勢な昼食を取り、食休みでだらーっと過ごす。
北神家の召使いが色々と世話してくれる。
わち、ここに住む。
「ほらほら。帰るよー」
車に詰め込まれて、皆で我が家へやってきた。
もちろん、うちのダンジョンアタックのためだ。
「そういえば、結局武器を持ち込む話はどうなったの?」
「それなんじゃが。どうもわちのゲーマー心が、『ローグライクにアイテム持ち込みは甘え』って言ってくるのじゃ」
「難儀な性格よのぉ」
「メモ帳はいいのかと話になるが、これを抜くとわちのやることが無くなるので、そこまで厳密に縛らなくても良いとは思っておるのじゃが……」
呆れた様子の妹は「いやそもそもそこまでゲーマーでもねえだろ」と言ってきた。確かにそうだ!
そんなぐだぐだは良いとして、最近はウエストポーチを付けている。ちょっとした拾ったアイテムが入るから便利だ。
さて出発だ!
「順調だ……」
「順調だね」
俺と北神くんが後ろで杖を構えながら、妹マッチョと星野獣人がゴーレムと戦うところを眺めている。
手に入れた杖はそれぞれランダムな位置にワープする「転移」の効果と、「金縛り」の効果だ。
そのおかげで難所である二階をスムーズに越えられた。
そして三階。混乱させてくる目玉と、単純なパワーモンスターの岩のゴーレムが出てくる階だ。
ただ今ゴーレムを金縛りさせてタコ殴り中。
そして妹マッチョの拳がゴーレムの頭をもぎ取った。
「我! 討ち取ったりぃ!」
ゴーレムが死んで消滅し、妹マッチョは床に落下した。痛そう。
そして俺たちの身体が光輝く。レベルアップだ。
っていうか、この現象ってレベルアップで合ってるのかな?
「僕たちは今は人間の姿だからわからないね」
「特に身体が強くなった感じはないんだけどなぁ」
ぐっぱー。ぐっぱー。
そもそもこのダンジョンのモンスターの攻撃力が異常である。
敵の攻撃の一発でこっちは即死する。まあ人間ってやつは軽く頭を打っただけでも死ぬものだが。
「妹と星野さんはどうなんだ?」
「わからんけど、筋肉が脈動してるのを感じる!」
ただのマッチョの台詞じゃねえか。
「私はそうねぇ……。あ、敵の居場所を感じやすくなったかも?」
「え、すごい」
星野さんは二つ曲がり角の先の小部屋から、目玉モンスターの臭いがすると教えてくれた。
「レベルアップは僕たちの能力をアップするのかもしれないね」
「人間の俺たちは?」
「ざこ」
そう言ってきた妹マッチョも種族的には人間じゃね? いや、スーパーヒーローなのか?
「ざーこざーこ♥ ざこお兄♥」
「マッチョ姿でメスガキムーブすな!」
俺は妹を殴った。俺のパンチは厚い胸筋に阻まれ、俺の手首にダメージを受けた。
妹はムキっと胸筋をアピールしながら腕を組み、通路の先を見つめた。
「急ごう。風が吹く前に」
「あ? ああ……良く知ってるな妹よ」
「動画で観た」
風来坊のシランでは同じ階で長くとどまっていると、強制的に次の階に行かされる。妹はそれを言っている。
この階ではアイテムを二つ拾ったところで、次の階へのゲートを見つけた。
妹マッチョがくいっと親指を向けた。
「行っちゃう?」
「行ってもいいと思うね」
ここまで拾ったアイテムは、
・一階:「投げナイフ」「転移の杖」「金縛りの杖」
・二階:「ポーション」
・三階:「赤い草」「巻物」
巻物はなんの効果だかわからない。
「いざとなったら巻物を使おう。帰還の巻物かもしれないし」
「うむ。そしたら我はマッチョとして生きることになるのだな」
「妹が覚悟決まりすぎている件」
星野さんみたいに少しは狼狽えてほしい。まあ星野さんは猫獣人だから妹以上にもっと特殊なことになってしまうからだけど。
「みんな、準備はいいか?」
「おうよ!」
「それじゃ、突撃ぃ!」
ぐわりと揺れた視界の先は、いつもの小部屋よりも何倍もの広い部屋。
あちこちにアイテムが散乱しており、さらに大量のモンスターがぎょろりと俺たちへ視線を向けた。
「モンスターハウスだぁ!」
「お兄! なんかすっげぇ敵がいっぱいいるんだけどぉ!?」
「どどどどうしよう!」
「みんな落ち着いて。とりあえずゲートを見つけて、駆け抜けよう!」
ローグライクRPGは通常、ターン制だから落ち着いて考えられる。
リアルだったら? 思考する余裕はない。その間に敵が近づいてくる。
「ゲート向こうにあるよ!」
「ナイス! 星野さん!」
星野さんの指差した方へ駆け出す。
突然、先頭にいたはずの星野さんが、光に包まれて姿を消した。その足元には魔法陣が描かれていた。
「転移のトラップだ! 気をつけろ!」
残念だが星野さんはもう救えない。遠くから「ぎゃー!」という声が聞こえてきた。
俺は駆けながらも、今後のために敵の姿を目に入れておく。
……種類が多いな。
一階、二階、三階のモンスターが全て揃っているのはモンスターハウスの影響か?
見かけたことが無いやつが四階の新モンスターであろう。
杖を手にしたローブ姿。こいつは魔導師系か。杖でランダムの効果を与えてきそうだ。
黒い犬。こっちは単純に移動力が速いモンスターのようだ。やばい、追いつかれる。
正面は妹が粉砕しているが、後ろの俺と北神くんが、犬モンスターに迫られている。とてもゲートまで届きそうにない。
「僕がここで足止めをするよ。アズマくんは先へ!」
「き、北神くん! お前!」
立ち止まっている余裕は俺にはない。俺は意を決して彼を見捨てる。
北神くんの死は無駄にはしない!
俺は、近づいてきた犬二匹のうち一匹を、手にした金縛りの杖で動きを止め、一匹に赤い草を投げつけ炎上させた。
妹の後を追う。
だが、妹はゴーレム二体に阻まれていた。
俺は転移の杖で一体をダンジョン内の別の場所へワープさせた。
妹はゴーレム一体の脇をすり抜けて行こうとしたところで、遠くから撃たれた魔導師の杖の光がマッチョの身体に命中し、そのとたん妹は急に動きが遅くなった。
「かぅらぁどぅわぁ んぐぁ おんもぅひぃい~~」
スロー再生のようになった妹は、ゴーレムに踏み潰された。
「あ、やべえ、もう無理だわ」
俺は奥の手の巻物を素早く開く。すると、俺の口は勝手に謎の言葉を早口で叫びだした。
「ฉันต้องการที่จะกลับจากคุกใต้ดิน」
例えるならこんな感じだ。
そして視界がぐわりと揺れる。
ま、まじか? 帰還か? 当たりか? オーイエス!
俺の身体が光り輝く――
しゅた。
「俺、帰還!」
いぃよぉっしゃああ! 元の姿に戻ったぞぉ! 俺は両手を上げてガッツポーズ。
「やったな! お兄よ!」
「ああ! 妹よ!」
ガシッと腕を組む。
おかしいな。背丈が合わない。なんて良い身体してやがるんだ……。
「帰ってきちまったぜ。あたしもよぉ!」
「ゴーレムに潰されて死んでなかったのぉ!?」
俺は元の姿に、星野さんは変わらず、北神エルフはエルフのままで、妹はハリウッド俳優マッチョになった。
明日は月曜日である。




