15話:ショッピングモールはダンジョンである
土曜日。デートすることになった。
「ティルちゃんのかわいい服を買わねば!」
「ノースちゃんのかわいい服を買わなくちゃね!」
女性陣二人に気圧される俺と北神エルフ。
しかし北神エルフは買う必要ないんじゃないかというくらい、イケてる外人風ファッションをしていた。
家で普通にTSカミングアウトして、北神姉に色々着せ替えられて今に至る。
「ちがうちがう。配信用の服が必要でしょ!」
「エルフだから森ガールだよねー」
森ガールは違うんじゃないかな……。似合いそうではあるけど。
興奮している二人を放っといて、俺は北神エルフを手招きした。
「気合を入れていくのじゃ北神エルフ。この戦いは長丁場になりそうじゃぞ」
「そのようですね。わたくしも経験ありますよ。姉と出かけるといつもそうなのです」
北神エルフは配信のキャラ付けのためにですます口調を強制された。それをオフでも律儀に守っているところがかわいい。
「ティルミリシアがしっかり演じておりますからね。わたくしも負けられませんから」
「真面目すぎるのじゃ……」
しかも俺たちがライバルという設定を加味した台詞を選んでくる。なんてやつだ。演劇部に入ったら?
わちののじゃロリ口調は演技ではないのじゃが。そう、あの時ニッシーに適当に言った、呪いという言葉が最適じゃ。わちは呪われておる。
おっと、俺は呪われている。くそ、気を抜くと思考がのじゃロリに侵される。
「ティルちゃーん。迷子にならないようにねー」
「わちを子供扱いするでない!」
ぷんすこ。
さて。ここはショッピングモールというダンジョンである。
なんとわちの世話役たちは迷子になりおった。きっとノースのやつに騙されたに違いないのう。
こういう時は高い所から探すのじゃ。わちはこの動く階段に乗り、上階へ向かう。
「あ、見つけた!」
「ぬっ」
そして途中で奴らとすれ違った。
ふむやはりな。これに乗れば見つかると思ったのじゃ。わちの勘がそう言っておった。
わちは上階で三人が上に戻ってくるのを仁王立ちで待つ。
「わちから目を離すとは何事じゃ!」
ぷんすこ。
わちは挟まれて、両側から手を繋がれた。
さて、各所に周り、わちはいろんな装束へ着せ替えられた。
様々な華美な刺繍がこしらえており、今世の文化も悪くないのう。
「はて。今日の目的は衣装を買うことではなかったのかの?」
「じゃーん! こちらはスタジオナリス! かわいい写真を撮ってもらえるお店です!」
「ほほう。そこへわちを連れ込んでどうするつもりじゃ?」
「もちろん! かわいい写真を撮るためでございます!」
ふむ。この星野という女の目付きは疑わしいが、一つ興に乗ってやろうではないか。
「はぁーい。もう少しリラックスしてぇ。いいねぇ。かわいいよぉ。逸材だねぇ!」
カシャカシャカシャカシャカシャ。
ぐったりんこ。
もう最初の一時間くらいから記憶がほとんど飛んでいる。
なんか、流されるままにされていたことしか覚えていない。
「北神エルフよ……よく生き残ったのじゃ……」
「ダンジョンよりきつかったです……」
「いや違うのう。あそここそがダンジョンなのじゃ……」
「なるほど確かにそうですね。悔しいですがティルミリシアの言う通りです……」
この後にダンジョン探索が残っているんだが?
さて。
この時の俺は、まだ重大な事に気づいていなかったのであった……。
そしてそれがこのような悲劇を起こすとは……いや、今考えると全ては必然であった。
昨晩、妹は言っていた。「ティルミリシアはぽんこつ幼女」だと。
そう、まさに。俺はダンジョンに入り、俺の姿に戻ってからその事に気がついたのだ!
「北神くんがエルフじゃなくなってるぅぅううう!!」
「そりゃそうだよお兄」
「気づいていなかったの? アズマくん」
「そっかぁ。そうなるのかぁ。僕も気づいていなかったよ、ごめんねアズマくん」
そう。俺が幼女の姿でダンジョンに入ると元の男の姿に戻るように、北神くんもエルフの姿でダンジョンに入ると元のイケメンに戻ってしまうのであった。
「ということは、鑑定の能力は?」
「もちろんないだろうねぇ。ごめんね?」
やばい。北神くんにエルフの姿が重なって見えて、めちゃくちゃかわいく見える。
おちつけ。今の俺は幼女ではない。いや、幼女の姿なら問題ないというわけではないが。くそ。おちつけ。おちつけと言っておる!
「足手まといが二人ってことかー」
「おい! 言い方ぁ! 北神くんはベテランだぞぉ!」
「いやぁ。僕もこのダンジョンは難しいと思うよ。戦闘での立ち回りとかは経験あるけどさぁ」
「私が北神くんを守る感じでいいよね? あ、他意はないよ。単純にアズマ兄妹で組んだほうがいいかなって思っただけ」
本当か? ちょっと早口になってるのが怪しいぞ星野さん。
彼女は何かを隠している。
なんだ? 素直に読めば、「イケメンの北神くんとペアを組みたい私」であるが、星野さんはそんな単純な女ではない。
今までの情報から察すると……あ、やばい! これは深く考えてはいけないやつだ!
「どうしたお兄! 汗が半端ないぞ! しっかりしろ!」
「やばい。これが深淵を覗くものは深淵に覗かれているってやつか、妹よ」
「何を言っているお兄! なにかやばい茸でも食ったか!?」
「しっ。静かに……」
俺と妹はこそこそと少し離れた。そして耳打ちをする。
「星野さんが腐ってると言っていたが、生物はどうだ?」
「うむ。余裕でいけると思うぞ?」
「うぐぅ!」
おわかり頂けただろうか。彼女の真意が。
彼女の提案は何を隠しているのか。それを意識しすぎてどういう言動を取っているのかを。
「妹よ。もしや、星野さんは俺と北神くんをカップリングとして見てはいないだろうか?」
「ふ、気づいてはいけないことに気づいてしまったようだな、お兄よ」
ぐわぁ!
「いやだがお兄よ。うぬの言動が悪いのじゃぞ? よくよく考えてみぃ。うぬが北神になんて言っておったかを」
「北神くんを嫁にしたい」
「アウトじゃあ!」
のじゃマッチョになった妹にアウト判定された。
その日の冒険はいいとこなしで終わった。二階の巨大スライムで全滅した。
だめだこのパーティー。終わってる……。
無理だよ。もう無理だよ……。
反省会。
いや、真面目にどうすんだって話だ。
ダンジョン攻略、というか、俺と北神くんがダンジョンから生還して元の姿に戻る会議だ。
「とりあえずさー。北神は元の姿に戻るべきだよね。鑑定の能力すごいんだし」
「そうじゃのう」
妹の言う通り、北神エルフが必須である。
「それで、ティルちゃんはお兄でもどっちでもいいよね」
「うぐっ!」
戦力外通告!
「お兄はブレイン担当じゃん。ゲーム知識が役立ってるんだからさー。むしろダンジョンでお兄になった方が役立つでしょ」
「確かにそうなのじゃが」
妹よ。聞いておったか? そもそも今はわちが元に戻るための作戦をしておるのじゃが?
「だから明日は気合入れていかないとね! しのっちも明日来られる? 北神は強制だかんな!」
「うん楽しいからくるよー」
「わたくしもこのままではいけませんからね」
北神エルフは自分の金髪をさらりと撫で、ふわさとなびかせた。
こいつ、本当に演技? エルフ化してない?
「ところで提案なんですけど。明日は先にわたくしのダンジョンへ入ってみませんか?」
おお!? 北神ダンジョンへのお誘いだと!?




