1話:ダンジョンに入ったら幼女化したのじゃが
ついに我が家にもダンジョンができた!
世はまさにダンジョンブーム。世界各地で「ダンジョン」なるRPG的なものが出現した。
その中にはモンスターやお宝がある、まさにダンジョン! 冒険! それに心躍らない男子なんていない!
しかし政府はダンジョンへの立ち入りを禁止した。当然である。
だが私有地にできたダンジョンはお上の目でもわかりゃあしねえ。ダンジョンに入るのは個人の権利だと主張し、人々はダンジョンへ突入した。
そんなわけで、うちの高校でも家の中にダンジョンができた者が話題の中心となった。
やれ鈴木くんのダンジョンにはおっぱいの大きい美女モンスターが出るだの、やれ加藤さんのダンジョンでは痩せ薬が出るだの、話題の中心となるのは家にダンジョンを持つ者。そして校内にはスクールカーストならぬダンジョンカーストが生まれたのであった。
そんな中で底辺にいたのは俺。
友人にダンジョン持ちがいるわけでもなく、ダンジョンで力を発揮するほど肉体も精神も強いわけでもなく、そんな男は仲間に誘われることはない。
クソっ、なんで俺は運動部に入っていなかったんだと、遅かれながら筋トレを始めてもただ悔やむばかり。
「なあなあ聞いたか? 隣のクラスのデブ男。一昨日ダンジョンが納屋にできて、うちのクラスの里山さんとくっついたらしいぞ」
「へー、ふーん。それで?」
同じクラスのオタ友の西川ことニッシーにそんなダンジョン話題を話しかけられるも、俺は冷たく聞き流した。
「なんだよ東。最近のお前冷めてんなぁ。前はダンジョンに興味津々だったのに」
「だからだよ。あーあ。お前んちにダンジョンねえの? 作れよ。できろ」
「ねえしできねえよ。アパートだぞ。庭付き一戸建てで可能性の高いお前が羨ましいわ」
俺とニッシーはため息を吐きながら憂鬱な高校生活を過ごしていた。
そう。昨日までは!
朝起きてすぐに異変に気づいた。
俺の漫画が。ゲームのグッズが。あれやこれやが本棚ごと消滅していた。
そしてそこへ、テレビやスマホで何度も観た、待ち望んでいた黒い楕円形の靄の門が出現していたのだ。
俺は、俺のお宝たちの消失と、ダンジョンができた喜びで、感情が複雑に頭の中をかき混ざった。危うく朝一から大声で叫びそうになった。
「ふおっ……ほふほほふほほほほっ……!」
感情をこらえたら、わけのわからない声が出た。自分の顔がものすごく気持ち悪い顔をしているだろうことを自覚している。泣きそうな顔になりながら口角がつり上がっている。
「ど、どうしよ。カーチャンに……いやダメだ。ニッシーに自慢を……いやあいつは口が軽い……」
ひとまず俺はパジャマを脱ぎ去りトランクス姿になった。そして素早くジャージに着替える。
歯ブラシも朝飯も後だ。もう我慢できねえ!
「いってきやぁーっす!」
俺はダンジョン前に立ち、スマホで満点の笑顔の自撮りして、できたてほやほやダンジョンに突入した。
エレベーターのぐわんとGが掛かったような揺れる感覚に襲われ、視界が暗転する。
それも一瞬。目の前には、煌々と淡く青白く線が光る近未来的人工壁の世界が広がっていた。
「やっべ。SFっぺえ。ちょーかっけー……」
ダンジョンの中は様々で、中にはジャングルのようなダンジョンもあると聞く。そこでは足場も悪く虫だらけに蛇だらけで劣悪な環境らしい。
ここはそういった心配のない、直線的な壁で構成されたダンジョン。しかも壁が灯りを放ち視界も良好だ。
俺は興奮を抑えきれず、初めての探索へ向けて、一歩足を踏み出した。
「ふべちっ!」
そしてすっ転けた。
興奮しすぎて足がもつれるとか恥ずかし。
落ち着いて立ち上がろうとするも、ジャージの裾が邪魔で上手く動けない。なんでこんなぶかぶかなんだこの……。
すぐに俺は気づいた。俺が小さくなっている。
ダンジョンではそういう不可思議な事が起こる。そういう事は聞いていた。
だが自身の身に起こっていたのはそれだけではなかった。
「なんじゃあ!?」
俺の声が高い。ソプラノな女の子の声だ。
そしてさらりと俺の肩口に流れる髪はつややかな銀髪であった。
「どういうことなのじゃ……」
しかもなぜか無意識に語尾に「のじゃ」が付く。
はっと気づき、俺はスマホを撮り出し、カメラを起動した。
そしてそこに映し出されたのは、さらさら銀髪ロングで、赤眼釣り眼で、ぷにぷにほっぺは朱色に色づき、小さくも高い鼻がちょこんと真ん中に付き、生意気そうな口からは八重歯が覗き、唇はぷるっぷるで艶やかな、均整の取れたお人形のような美少女だった。
ふむふむ。なるほどなのじゃ。
「のじゃロリ吸血鬼になってるのじゃあ!?」
そう。このテンプレで詰め込んだような美少女は、俺のオリキャラ。いわゆるうちの子。キャラシートや設定やイラストを作り、書きかけの自作漫画や小説に登場させていた、俺の大好きな俺のメインヒロイン、ティルミリシア=フィレンツォーネ。その理想の姿であった。
「そういえば自作のアレらは本棚にしまってあったの……。ダンジョンに呑み込まれて全て消え去ったか……」
原因はわからんが、俺はのじゃロリ美少女吸血鬼になってしまったようだ。
とりあえずかわいいから自撮りしておこう。パシャ。
「そんなことよりも、このままじゃいかんのう」
ダボダボのジャージにスリッパで動くこともままならない。全裸で裸足になれば動けるだろうが、流石にその度胸は俺にはない。
ひとまずダンジョンから出て部屋に戻ろうかと思ったが、入ってきたゲートが見当たらない。
「不可逆式ダンジョンか……やってくれおる!」
ダンジョンにも当たりダンジョンと外れダンジョンがある。普通に入った場所から戻れるもの。出口が別の場所にあるもの。条件を満たさないと出られないもの。
戻れないものは当然外れだ。
「とにかく先に進むしかなさそうじゃのう」
仕方なしに袖と裾をたくし上げ、スリッパはその場に脱ぎ捨てて、素足でぺたぺたと歩を進めた。床がひんやりとするが耐えられないほどではない。床はつるりと平らで柔らかな足裏に痛みもない。活動するには裸足の方がかえって滑らなくて良さそうだ。
スマホを片手に、地図を描きながら通路を進む。このダンジョンは人工的な見た目の通り、方眼紙のマス目に沿って描かれたかのような構造であった。そのおかげで地図も非常に描きやすい。3DダンジョンRPGみたいだ。
直線は見通しが良いとして、直角の曲がり角は耳を立てて注意する。
すると先から「ズズ……ズズ……」と引き摺る音が聞こえてきた。
そっと覗いてみると、でかい棍棒を手にした太ったゴブリンのようなモンスターが、背を向けて歩いていた。引き摺る音は、棍棒と地面が擦れる音だ。
「(チャンスだいけるか!? いやしかし……この身体では……)」
今の俺はだぼだぼのジャージを纏ったぷにぷに幼女吸血鬼だ。武器もなくスマホしか持ってきていない。今更ながら何も用意せずにダンジョンゲートに飛び込んだ自分の迂闊さに頭を抱える。
危険を冒す必要はない。今は出口を探すのが最優先だ。
俺は来た道を戻る事にした……。
振り返ると、いつの間にか背後にいた巨大なコウモリが俺を狙って飛びかかってきた。
「なんじゃ! この! 急に! 邪魔じゃおのれ!」
こちとら吸血鬼じゃぞ!?
なぜコウモリなんぞに襲われなきゃいかんのじゃ!
頭を噛みつこうとする巨大コウモリを手をばたつかせて追い払う。
モンスターとか余裕だろとか今まで思っててごめんなさい。怖い。超怖い。
よくよく考えたら、ただのコウモリが急に家の中に入ってきたくらいでもビビっちゃうもん。それなのにこのモンスターは両手を広げたサイズくらいあるじゃろ。それが襲ってくる。恐怖で漏らすわ。漏らした。
そんな大声を上げながら巨大コウモリと格闘していたら、後ろの曲がり角の先から引き摺る音が近づいてきて……。
「あっ……」
脳天に棍棒を打ち付けられて、俺は死んだ。