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9.こうしてチャンスはやって来た!!………が。

 彼女にすっかり嫌われたのは自覚していた。


 しかしこのままでは、次はもう彼女と会話する事は二度と出来ないかもしれない、そんな危機感に襲われ、吉田さん事件があった翌日俺は誤解を解こうと芽衣に声をかけた。


「おはよう。話したい事があるんだけど……」

「……ごめん、もう話しかけないで」


 ニコリと愛想笑いもしてくれなくなった。

 ……辛かった。

 『好きになって欲しい』それ一心で今日まで来たのに。

 結果は真逆になってしまうなんて……


 予想通り過ぎる展開に厳しい現実を噛み締める。

 こうして俺は、彼女に近づく術を完全に見失ってしまった。


 芽衣に声をかけられない日々が何日も続いた。

 今まで以上に離れていってしまう彼女の心を引き留めようと焦っていたけど……あんな俺に対して嫌悪感を剥き出しにした顔を見せられたら、どうしても勇気がでなかった。


「おい、小川。どうした最近。流石の俺も見てらんない顔してんなよ」

 ある日、市倉先輩が心配して俺を訪ねて来た。


 ちょうど去年、文化祭が終わった頃だったと思う。

 たまたま実行委員だった俺と先輩はよく顔を合わせていた。

 企画も段取りも尽く上手くいかずに大コケして、実行委員全体が沈んでいた中、恋愛の神様にまで見放されどん底に落ちていた俺にとっては、大失敗の文化祭が丁度いい隠れ蓑になってくれてると思っていたんだが……


 どうやら先輩に誤魔化しは通用しないらしい。

 市倉先輩には悪い話を面白い話に変えてくれる力がある。

 こんな無様な姿、笑い話にでもしなきゃ当分立ち上がれないだろう。

 行く宛もなく溜め込まれていた自分の本音が、先輩を前にしてドロドロと口から流れ出て行く。


 先輩がまた面白そうな顔をして俺の話を聞いてる姿を見て、そんな悲観することじゃ無かったような錯覚を起こし、ほんの少しだけ救われた気持ちになった。

 強がって自分の気持ちを隠す事に必死だったけど、本当は最初から誰かに聞いてもらいたかったんだと、吐き出して初めて気がついた。


「よし、わかった。俺が一肌脱いでやる」

 事情を聞いた市倉先輩がザッと立ち上がった。


「時間はかかるかも知れんが……。いい方法思い付いたんだ」

「いい方法……?」


(……助けて欲しい)

 藁をもすがる思いで先輩を見上げた。


「俺は、まぁ……小川と三年ちょっとの付き合いだけど、それなりに評価はしてるんだぜ。真面目だし、謙虚だし。ちゃんと相手の気持ちを考えられる、思い遣りのある奴だって言うのは分かってるつもりだよ」

 むさくるしく角ばった様な厳つい顔も、笑ってる時は持ち前の優しさが滲み出る。

「先輩……」

 そんな風に俺を見ていてくれている事がすごく嬉しかった。


「だからそんな気遣いできるはずのお前が、上野さんにこんなに暴走するってことは……相当彼女の事が好きなんだなってのも理解できる」

『うん』と頷き、ポンと俺の肩を叩いた。


「よく聞けよ? とりあえず、辛いかも知れんが彼女に睨まれても声をかけ続けろ! いま距離を置いたらお前の嫌な印象しか彼女に残らないからな」

 先輩の言っていることはすぐに理解できた。

 かなり……状況的には苦しいが……。


「あとは時が来るまで待て。根回しは俺がしっかりやってやるから」

 ふふんと古臭く鼻の下を人差し指で擦って見せる。


「……期待しないで待ちます」


 しっかりとした根拠はないけど、先輩に打ち明けてよかったと思った。

 心も軽くなったし、何より希望を捨てずにいられたからかも知れない。


 しかしなんだろう……その根回しってヤツは……?


 一抹の不安を残しながらも進展も後退もせず、俺は相変わらず芽衣に声をかけ続けた。

 どんなに嫌な顔をされても、煙たがられても。

 次第に芽衣の周りの人間が俺に同情して励ましてくれたりしたが、それが逆に彼女にとって俺はよっぽど脈なしなんだと思い知らされ、鬱になりかけた時もあった。




 そうして時は無情に過ぎてまた2年生の夏休みがやって来る。

 先輩の『根回しは俺がしっかりしてやるから』の意味も分からぬまま……


 きっと俺を慰めるために言ってくれただけだろう。

 そんな言葉を投げかけてくれた記憶すら薄れかけていた時だった。


「今年の文化祭はきっと楽しくなるぞ?」

 市倉先輩がニヤつきながら俺の背中を力一杯叩く。


「そうなってくれなきゃ困りますよ。これだけ先輩に協力して準備先取りして進めてきたんですから」

 先輩には恩が沢山あるし、『文化祭の事で協力して欲しい』とだいぶ前に言われてから、俺は拒む事なく先輩に忠実に従ってきた。


「あぁ、仕上げの仕事、最高の相方付けてやるから全力で取り組みたまえ!」

 間違いなく面白がってる顔の先輩だが視線が真剣だ。


 偶然なんかじゃない。

 これは一年がかりで先輩が俺のために与えてくれたチャンスの舞台だった。

 確かに去年の文化祭の反省点が先輩と話しているうちにたくさん上がって、どうしたら良くなるって話で相当盛り上がったのは嘘じゃない。


 でもそれだけじゃなくて。

 去年から実行委員長にならないかと前任の役員や関わりのある先生から推薦されていた市倉先輩は、俺を副委員長にした上に、芽衣と二人きりで出来そうな係を聞いてあてがってくれた。


 二人だけの……お互い向き合う時間を作るために。


 それなのにっ……!!


 俺はまた菅原勇吾の動きにまんまと翻弄されてしまう。

 先輩が折角準備してくれた舞台の上で、ようやく彼女とほんの少し心が近づけた気がしていたのに。


 平静を保ち続けていた気持ちは、情けないくらい簡単に大波をたてられた。


(アイツと芽衣が映画に行く……?)

 想像しただけでいても立ってもられなくなった。


 彼女を取られてしまうかもしれない……

 そんな焦りが、また暴走モードに入った俺に変貌させる。


 心配なんだ。

 あの菅原勇吾って奴はいつも芽衣に告白するチャンスを伺っている。

 この前の祭りの時だってそうだった。

 芽衣があんな事にならなければ……

 もしかしたら、もうアイツの彼女になっていたかもしれない。


 (行くか……? 映画館……)

 でもキスなんてしちまったんだぞ?

 万が一彼女と鉢合わせなんかになったりしたら……

 想像するだけで血の気が引く。


 祭りの時はお面で上手くごまかせたけど、後をつけてるなんてバレたら、俺はもう一環の終わりだ。


 でも……

 でもっ……!!


 「おいっ!! 小川!!」

 市倉先輩の呼び止める声に反応することもなく、俺は衝動的に部室を飛び出していた。



 ◇◆◇◆


「芽衣? 芽衣!」

 勇吾が私の肩を叩いた。


「……ごめん、どうした?」

 映画に行くために駅で待ち合わせして二人で歩き始めてから何度となく繰り返されるこのやりとり。


「なぁ、今日も打ち合わせあったんだろ? ……もしかして、小川となんかあった?」

 勇吾の鋭いツッコミに、ビクッと肩が上がる。


「え? 何で? あ、あるわけないじゃん!」

 上手くごまかせてるかな……

 冷や汗が止まらない。


「じゃあ何? 具合でも悪いの?」

 不審そうな勇吾の視線が左頬にチクチクと突き刺さる。


「元気だよ! いつも通り。暑くてちょっとボーッとしてただけだって」

 はぁ……ごめん、見透かされそうで勇吾の顔まともに見れない……


「ふうん」

 勇吾はプイッとそっぽを向く。


「勇吾こそ、今日は大丈夫なの? 勉強忙しいのに突然映画だなんて」

 話を変えなきゃ……


「俺だってたまには息抜きしたいんだよ。それに……」

 照れ臭そうに下を向く。


「それに?」

 いつもの勇吾らしくないモジモジした態度。


「芽衣に……伝えたい事があって」

「私に?」


 勇吾が立ち止まりいきなり私の肩を掴む。


「ちょっと、どうしたの? 突然」

 私の瞳から一ミリも目を逸らさない勇吾。


「実は……」

 ゴクリと喉を鳴らした時だ。


「おーい! 二人とも、こっちこっち!!」

 すぐ側までたどり着いていた映画館の方から、澪が息を切らして駆け寄ってくる。

 別で用事があった彼女とは、現地で直接待ち合わせをしていた。


「勇吾?」

 澪の姿を見た途端、勇吾が慌てた様に掴んでいた私の肩を突き放した。


「いいや、……また今度」

 あんなに威勢が良かったのに、急に蚊の鳴く様な小さな声。

 心配して勇吾の顔を覗き込んだ。

「………??」

 耳たぶまで真っ赤にして、びっしょり汗をかいていた。


「大丈夫?! 風邪でも引いてるんじゃない??」

 辛そうな顔だったから、熱がないか心配しておでこに手を当てたんだけど……

「大丈夫だから、やめろって!」

 本気で拒絶されてしまった。

(何か悪いことでもしちゃったかな……)


「……どうしたの? 二人とも……」

 いつもとは明らかに違う私たちの空気に、澪が不穏な表情を見せた。


「よく分かんないの。勇吾が……」

 澪に一部始終説明しようとしたら勇吾が『いいから!』と声を荒げた。


 私も澪も一気に気まずい雰囲気になり、しばらく三人の間に異様な空気が流れる。


「……あ、そうだ! さっき映画館ので待ってた時小川くんがたまたま通りかかってさ。一緒に映画見ないって誘ったんだけど、いいよね」

 澪がとんでもない事を言い出した。


「えっ? 何で急に?! 困るよ!!」

 私はついさっき巻き起こったキス事件の整理もついていないのに、今度は映画?!

(どんな顔してればいいの?? もう、勘弁してよぅ……)


「小川くん、出てきなよ、そんな所に隠れてないで」

 ブティックの横の細露地に向かって手招きする。


 気まずそうにひょこりと小川くんが顔を出した。


 「うわぁ!!」

 私は驚き顔が急に熱くなって背を向ける。

 もしかしたら具合の悪い勇吾より、私の方が顔が赤くなっていたかも知れない。


 パニックになって全身が石ころのように固まった。

 でも横を見ると私以上に勇吾が凍りついた様に微動だにしない。


「勇吾?」

 乱れた心を悟られないよう平静を装って、心ここに在らずの彼の肩を叩いた。


「あ、あぁ。俺は……別にいいよ。問題ない」

 目の奥が怒ってる……?


 とにかく、ほんっと気が重い……





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