8.彼女に嫌われてしまった事の真相。
「おい、遊びで芽衣に近づくな!」
ギロリと睨みつけてきたのは当時1年生の菅原勇吾だ。
ーーアイツは、俺が芽衣の事を好きだと知っている。
◇◆◇◆
あれから市倉先輩は一足先に志望校であった蛭崎高校に入学し、俺もその後を追う様に合格した。
入学式初日から俺は芽衣の姿を目を皿の様にして必死に探した。
クラス分けの表を目で辿ると、……いた!
『1年B組 上野芽衣』
間違いない……彼女だ!!
嬉しくて、本当に嬉しくて……
その夜なかなか寝付けなかったのを今でも覚えてる。
残念ながらクラスは違ってしまったけど、俺は大満足だった。
これから3年間、ゆっくり時間をかけて彼女に好きになって貰えばいい、そう呑気に思っていた。
次の日B組を覗きに行って、3年ぶりに彼女の顔を見た。
まだ子供っぽくてあどけなかった表情は、可愛らしく、大人びた女性へと変わっていた。
白い肌は相変わらず透ける様な透明感があり、艶っぽい唇に目を奪われた。
決して派手ではないのに……彼女の周りは常に明るい光が差し込んでいる。
すっかり伸びた髪は、コロコロと笑うたびにサラサラ軽やかに揺れた。
俺は呼吸する事を忘れてしまうくらい、芽衣からひと時も目が離せなくなった。
どうにか自分の存在を認知して欲しくて、すれ違うたびに声をかけた。
不審そうに彼女は俺を見ていたが、今までずっと堪え続けて来た反動が予想以上に大きくて……
恥ずかしくも俺は完全にコントロール不能な恋の暴走モードに突入していた。
変にじっと見つめてしまったり、思わず髪に触れてしまったり……
今冷静に考えれば変態以外の何者でもなかったな。
恋は盲目なんて、よく言ったものだ。
なんとか芽衣と距離を縮めたい。
自分が佐藤拓人だって事、ちゃんと彼女に説明して芽衣の中の俺に対する怪しさを払拭したいと、何度も思った。
でも昔の根暗だった俺を思い出して嫌われたらどうする……?
そんな気持ちが邪魔をして、どうしても自分が『佐藤拓人』だと言い出す勇気が出なかった。
結局今現在も打ち明けられずにいるのだが。
とにかく俺という人間を、芽衣の心の中のどこか片隅でもいいから置いて欲しい。
少しでも好印象を持ってもらうために近寄ってきた人間には、ツンケンせずに片っ端から優しく接する様に心がけたし、彼女との時間を共にするチャンスを増やしたくて部活も入らなかった。
今もそうだが……寝ても覚めても芽衣の事ばかりが頭に浮かぶ。
冷静を保つ努力をしてみたものの、ずっと過去の記憶の中でしか逢えなかった彼女が今は手の届く場所にいるという事実は、俺の理性を我慢できる限界をとっくに突破させていた。
そんな風にたがが外れていた俺だが、心の奥底には自分でも信じられないくらいに中1の頃の俺と今の俺は、彼女も気がつかない程に大変身を遂げた。
それ故に絶対好きになってもらえるはずだと、変な過信もあったというのは事実だった。
今思えばきっとそんな俺の中途半端な余裕がアイツの気に触れたのかも知れない。
以前から芽衣とやけに親しそうに、しかも毎日彼女をつけまわしている奴だとマークしていた菅原勇吾に、突然放課後呼び出される。
実はアイツが芽衣の事をどう思ってるのか探りたいと、前々から気になっていたので、まぁ丁度よかったとその時は思っていた。
待ち合わせ場所の中庭に着くと突然菅原に胸ぐらを掴まれた。
「おい! 遊びで芽衣に近づくな! 彼女じゃなくったってちょっかい出す相手はいくらでもいんだろ?」
一度も接触した事のない人間に、突然悪意をもった刺々しい言葉を吐くとは、なんて無礼なヤツだろう。
その時から菅原勇吾に対する不快感は俺の中で何倍にも増幅していく事になる。
「遊びなんかじゃねぇよ」
苛々した。
ずっと芽衣の事だけを考えて来たのに『遊び』?
いい加減にしろ!!
大声で叫んでやりたかった。
「芽衣はお前みたいな女好きは大嫌いだぞ?」
菅原勇吾はフンと鼻で笑いやがった。
確かコイツは一学期の期末で学年一位を取ってたやつだったよな……
「俺は芽衣が好きだ! 小川、お前がどんなに追っかけたって無駄だぞ? 芽衣との付き合いは俺の方が長いんだからな」
だからなんだ?
付き合いが長いってのはそんなに有利なのか?
言っとくが先に出逢ったのは間違いなく俺の方が先だぞ?
堪えて、堪えて、毛穴から何かが吹き出しそうな位我慢した。
ーーでも結局言い返せなかった情けない俺。
芽衣とはわずか一ヶ月という短い付き合いなのは事実……。
しかも俺の一方的な片想い。
悲しくも常に芽衣と一緒にいるアイツに自分が何を言っても負けそうな気がしてしまった。
「俺だって芽衣が好きだ。その気持ちだけはお前に絶対負けない!!」
ギッと睨んだ。
悔しい……!!
菅原勇吾は、『俺より芽衣との距離を縮められるもんならやってみろ!』そう捨て台詞を吐いたと思ったら、皮肉な笑みを浮かべて『お前よりも俺の方が芽衣に相応しい男だ』と言わんばかりに背を向けた。
◇◆◇◆
高校卒業するまでの3年間。
3年あれば今よりは彼女に近づけるハズ……
そう思っていたのは大間違いで。
最初の頃はライバルの出現なんて、男っ気のない芽衣には心配する必要はないだろうと鷹を括っていた。
でもアイツは芽衣にとって一味違う存在である事に気がつき始めたのは一年生の夏休み前だったろうか?
菅原勇吾は調べによれば中2の時から芽衣と同じクラスらしい。
今の俺の置かれている状況とは雲泥の差。
しょっちゅう二人でいる所を目撃するし、彼女がアイツに笑いかけてる姿を見るだけで頭の中がぐちゃぐちゃになった。
……とにかく芽衣の俺に対する好感度を上げなくてはいけない。
焦りは歪んだ角度を付けて暴走していく。
不安に押しつぶされそうになる気持ちを必死で誤魔化しながら冷静を装い、彼女を見かけると今まで以上に笑顔で声をかけた。
俺が彼女に声をかける事で他の女の子に嫌味を言われてると友達伝いに聞いた時は、悲しくなってどうすればいいのか必死に考えた。
そうして結果、芽衣に絡んだ分、他の女の子にもちゃんとした対応をしないと、不平等さに不満を持った女の子たちになんの罪もない芽衣が攻撃されてしまうという過酷な現実も学んだ。
今思えば、こんな中途半端な事をしないで、最初っから芽衣には全てを話して声をかければよかったんだ。
近づこうとすればするほど、笑っていても彼女の目の奥は不審な色をしていたし、俺は俺で久々に彼女と会話ができて嬉しさのあまり変なテンションになってしまい、いつも彼女の隣にいる久保さんには『どうしたの? 小川くん。なんかいつものキャラと違うね』と突っ込まれる始末……
留めを刺すが如く一番強烈な災難だったのは、芽衣の友達、吉田佳代に告白された時。
たまたま現場を通りかかった彼女に俺が吉田さんにブチ切れているところを目撃されてしまった事だ。
吉田さんに『好きです』とストレートに告白された後、市倉先輩のアドバイス通りハッキリと、もちろん丁寧に『好きな子がいるから気持ちを受け止める事は出来ない』と返事をした。
大体の女の子はここで分かってくれて、悲しい顔をされてしまうのは心が痛いけど平穏に事は済む。
ところがだ。
問題はここからで。
『その好きな子って芽衣でしょ? あの子はやめた方がいい』
吉田さんは唐突にそう言ってきた。
『何で?』
俺が芽衣の事を好きかどうかは置いておいて、吉田さんがどうして芽衣に対してそんなふうに思うのかが気になったから、当然理由を聞いた。
『あの子男の子を顔だけでしか選ばないんだから。芽衣の誘惑に乗っちゃダメよ』
芽衣に俺は誘惑されたことなんて当然無いし、もちろんアイドル好きなのは知っていたが他の男を誘っている所も一度だって見たことがない。むしろリアルの男なんか見向きもしてない様に俺の目には映っていたくらいだ。
『そんなことないだろ? 吉田さん、上野さんと仲良くしてるのに、そんな風に彼女の事見てたの?』
芽衣と仲良しであるはずの彼女の言葉にガッカリして、つい本音が出てしまった。
俺の言葉に一瞬ムッとした表情を見せたが彼女に悪びれる様子はない。
極め付けはコレだ。
『私、実はあの子の事大っ嫌いなの。小川くんにいっぱい声かけてもらってるのに、ツンケンして思い上がってるじゃない』
こんな酷い事を平気で言いながら俺を見て頬を染めている。
お前なんかが芽衣の友達を名乗るんじゃない、そう猛烈な怒りが湧いてきた。
『ねぇ、私とお試しで付き合ってみない? 確かに芽衣は可愛いけど顔だけじゃない。私は小川くんの事あんな風に素っ気なくしたりしないし、たくさん大好きになってあげる』
一体お前は何様なんだ?
ブチっと久々に血管が切れる音がした。
人に怒鳴ることなんてまず無かった俺でもどうしても許せなかった。
『お前なんかに興味ねぇよ!!』
心の叫びが思わず声になって、思いっきり叫んでしまう。
驚いてポカンと口を開けて見ている吉田さんの背後に、強烈な視線を感じた。
嫌な予感がしてその視線の主を見つけると……やっぱり芽衣だった。
俺はパニックになり吉田さんを置き去りにして、とにかくその場から走って逃げた。
最悪だ……
最悪すぎる……!!
翌日から芽衣の俺への睨みは一層キツくなった。
彼女の横には吉田さんが被害者面して、俺が来るとわざとらしく彼女の影に隠れたりした。
こうして俺は、前に進むどころが着々と……彼女に嫌われた。