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7.暴走した小川くんの言い訳②

 そうして元々引っ越す前に住んでいた母さんの実家に戻った俺は、闇の小学校時代の知り合いがたくさんいる公立の中学校を断固として拒み、将来の為にだとか適当な理由を付けて『私立に行きたい』そう父さんを必死で説得する作戦に出た。

 幸い成績で困った事は一度もなかったし、父さんがたまたまその私立中学の校長と幼馴染だったと言うこともあり、幸運にも上手く話がついて特別に転入させてもらえる事になった。


 (変わりたい……)


 もらったチャンスを生かして、今度こそ自分の力で新しいスタートを切ろうと決意したものの……

 一体、何をどうしたら変われるのか、全く見当がつかない。


 明るく?

 何を?

 どうやって??


 そもそも進学校と言うのもあって、みんな休み時間も勉強している。

 前の中学校とは雰囲気が全然違うし、残念ながら過去の自分で十分適応出来てしまう。


 芽衣と出会う前の俺だったら、こんな環境は最高だったかも知れない。

 

 ……でも、今は違う。

 こういうんじゃない。


 なかなか思うように行動に移せず、地団駄を踏んでいる時だった。

「君、すっごい足早かったけどスポーツとかやってんの?」

 廊下を歩いていたら、ごっつい体つきの男に後ろから突然肩を捕まれて、満面の営業スマイルで話しかけられた。

 これが市倉先輩との出会いだった。


「俺サッカー部なんだけど、一緒にやんない? モテるよ?」


 最後に無理くり付け加えられたような言葉が少し引っかかりはしたが、何かしら強引にでも環境を変えていかないと、このままじゃ何も変われないで時間だけが過ぎていってしまう……

 そう危機感を持っていたところだった。

 それにしてもサッカーなんて体育の授業くらいでしかやった事なかったけど……


 とは言えその『モテるよ?』と言う胡散臭いパワーワードは、結果的に俺の揺らいでいた決心を後に強く固めることになる。


 いや、別にモテたかった訳じゃない。

 いつも人に埋もれて消えそうな俺の存在も、もしそんな風に変われたら芽衣に再会した時、彼女の目に留まりやすくなるかも知れない、そう思ったんだ。


 市倉先輩はトイレまで俺の後をつけてきた。

 隣でひっきりなしにサッカー部への勧誘してくる先輩の存在を気にしつつ、手洗い場の鏡に映った自分の顔をふと見上げた。

 相変わらず根暗で、不幸を背負ったような面持ちの自分が鏡の向こうに佇んでいる。


「なぁ、君。背も高いしスタイルいいんだし前髪切ったらどうだ? 入部してくれた暁には俺が女子に人気のモテ髪教えてやっから! な? 入部しよ?」

 語尾にハートマークを付けて、俺の背後から鏡に映り込み、再び決めの営業スマイル!

 馴れ馴れしく、でも力強く肩を組んできた。


「……俺、本当に変われますか?」


 ダメ元でもいい。

 こんな先輩でも信じてみるか……?


 俺は変わりたい……

 変わりたいんだ!!


「あぁ、俺様に任せとけぃ!」

 なんの根拠があってそんなに自信満々なのか……

 市倉先輩はゴリラのように胸を叩いた。


 市倉先輩の熱烈コールに後押しされ、自分のために俺はサッカー部に入部した。

 まず先輩のアドバイス通り、流行りのファッション紙を片手に美容院に行ってバッサリと前髪を切った。

 美容院から外に一歩出た時、風に乗ってサラサラと軽やかに揺れる髪が擽ったくて、窓ガラスに映った自分は自分じゃないみただった。

 視界が急に明るなって、いつもより見ている景色が大きく、広がって見えた。


「おい、髪型変えるだけで変わるなぁ、お前!」

 翌日、市倉先輩は驚いた顔で俺の肩を叩いた。


「あとはちゃんと部活に参加してれば、自動的に身体は鍛えられるし、頑張れば女の子にもキャーキャー言われるようになるぞ」

 なんて適当なアドバイス……

 そうも思ったけど、ずっと机の前で読書に没頭する隠キャな自分から、もう少しアクティブになれないものかと考えていたところだった。


 (自分にできる事はとにかく可能な限りやってみよう)

 そう思って練習は毎日毎日欠かさず参加した。

 幸運にもサッカーとの相性が良かったのか、チームメイトと一つのボールを追いかける事が楽しくて、メキメキと上達して行った。

 次第に周りから注目を浴びるようになり、女の子達が入れ替わり立ち代わり俺を見にくるようになり……


「なんだよ、急にモテ出したな? やっぱり俺の言った通りだろ。正直ここまでお前が女の子に人気出るってとこまでは予想出来なかったけどなぁ」

 市倉先輩が『コノコノ』と冷やかし肘で突いてくる。


「でもな。お前、いっくら外見が変わったって溜め込みやすい性格してるんだから、なんかあったら俺には気にせず言えよ」


 あの時は急に柄にもなく真面目な顔した先輩の言葉を気持ち半分で聞いていた。

 言葉で表すなら『充実』その一言の毎日だったからだ。


 ところがそんな風に順風満帆な毎日も長くは続かず、家に帰ると両親が頻繁に揉める姿をよくみるようになった。

 ……元々夫婦仲は決していい方ではないと思ってはいたが、まさか離婚までするとは。


 そうして間も無く父親は家を出ていった。


 中学校は父さんが全面的に援助してくれたおかげで、それまでと変わらない毎日を送ることができたが、母さんに引き取られた俺は先々自分を取り巻く環境が大きく変わっても、……本当に芽衣に逢うことは叶うんだろうか?

 芽衣に再会する事だけを支えに毎日を送って来たのに……


 無性に不安になった。


 だから先輩の何気ない言葉は、後の俺にとって密かに大きな心の支えになってくれていたのだ。


 市倉先輩の言葉に甘えて、俺が心に溜め込んでいた思いを吐き出すと、親身に聞きながらも面白おかしく明るい答えを返してくれた。

 自分は自信がない、不幸な人間だなんてマイナスの気持ちをいつも背負って生きてきたけど、市倉先輩との出会いでその不幸は、少しずつ過去の笑える思い出に変わっていく。


 そうして俺の苗字は『佐藤』から、母親の旧姓の『小川』に変わる事を、少しずつ受け入れられるようになった。


 日常を取り戻しつつあった俺は、根暗の性格を払拭すべく、男女問わず色々な人に積極的に話しかけるようにした。


 俺の外見が明るくなったからなのか、話せば意外とみんなも笑って答えてくれる。

 好きなものが本だけだったのが、サッカーはもちろん、友達とコミュニケーションを取ることでどんどん増えていき、新しい世界が段々と開ていく。

 愛想のいい根明にはなりきれなかったが、十分自分にとっては大きな変化だった。


「小川くーん、ここ分かんないんだけど教えてくれる?」

 休み時間はいつも女の子に囲まれた。

 ありがたい環境なのは分かっているけど、芽衣がそこにいないことに虚しさが常に拭えなかった。

 かといって勉強教えるだけなら、女子とのコミュニケーションの勉強にもなるし拒む理由もない。


「小川! お前今日部活準備の係だろ!」

 市倉先輩が放課後俺を呼びに来た。


「あ、すみません! 今すぐ行きます」

 女の子達をかき分けて俺は市倉先輩の元に走る。


「なぁ、そんなに女の子にチヤホヤされてんのになんでいつも浮かない顔してんだよ。もっと愛想良くした方がいいぞ? ま、俺は別にお前がモテなくったって困んねーけどな」

 『ふぅ』とため息を混ぜて羨ましそうに笑う。


「先輩。実は俺、好きな子いるんです。だからその子以外に好きになってもらう必要は全くないのに最近女の子に頻繁に告白されるから、どう断るか悩みの種で……。有難い事だってのはちゃんとわかってるんですけど」

 もちろん断ってはいるが、その度に見なきゃいけない相手の悲しそうな表情には、さすがに心が病む。


「おい、それを俺に聞くか? 嫌味にしか聞こえんぞ? うーん、分からないなりのアドバイスとしては……気持ちがないな潔くはっきり伝えてやれよ。思わせぶり態度は後々自分の首を絞めることになるからな」

『それが男ってもんだ! 仕方ない!』と俺の背中をバシッと叩く。

 相手を傷つけないように断るってのはやっぱり無理なことか……


「ところで誰なんだよ、その好きな子って」

 先の見えない長い廊下を俺は手探りで歩いているというのに、珍しい生き物を見つけたかのような先輩の熱い視線が、なんだか鬱陶しかった。


「前の中学校の時に知り合った子で……」

 俺は市倉先輩に芽衣との事、話せる事は全て話した。

 なんだかんだ言いながらも、俺は先輩に絶対の信頼を置いている。


「……だったらもう、蛭崎(ひるさき)高校行くしかないな。あそこは金のかからない公立高校だし、彼女言ってたんだろう? お父さんの母校と同じ学校に行くって。実は俺も志望校そこなんだ。みんなで行こうぜ。俺はいつでもお前の味方だ。もし彼女と再開できたらバッチリサポートするからさ」

 ワクワクを隠し切れていない市倉先輩は楽しそうに言った。


 自由な社会人になってから芽衣を探しても、もうその頃には別の相手が側にいるかも知れない。

 中学生の俺にできる事は、とにかく彼女と同じ高校へ行く事……

 蛭崎高校を受けるって言うのは、何気ない芽衣との会話の中でフワッと出てきた話で、決して確実ではない。


 だけど当時の会話、俺は鮮明に覚えてる。


『私ね、お父さんと同じ蛭崎高校に行きたいんだ。芸術系の授業多くて面白そうじゃない? お父さんの高校の時代の話聞いてたら、すごく楽しそうで。……拓人も一緒だったら楽しいのにな……』

 恥ずかしそうに下を向きながら話す彼女の顔が忘れられない。


『俺も絶対そこ受ける!』


 あの時そう言ったのを、彼女は覚えてくれているだろうか。








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