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5.意外な君を見つけられた日。

 あれから私たちはLINEを交換して、毎日朝と夜に簡単な業務連絡みたいなものを取り合った。


 他愛もない『おはよう』や『おやすみ』という言葉のせいで、いつのまにか頭の中に彼がいない日がない位、身近な存在に思えている今がある。


 あんなに大っ嫌いだった小川くんへの感情が次第に柔らかくなり、嫌悪感を抱くことも少なくなって行った。



 夏休みも残りわずか。

 億劫で仕方がなかった夏休みの登校も終わりが近づくと妙に寂しい。

 プログラムもほぼ完成に近づき、最後に学校の色々な場所の背景を文字のバックに入れて仕上げにしようと言う話になった。


 あとはほぼ私の仕事だから、学校の写真を撮って家で書いて新学期に持っていくからって話をしたんだけど……


「ねぇ、本当に今日は一人で大丈夫だったのに。明後日から学校だし、今からでもゆっくり夏休み堪能したら?」

 熱心なのは偉いけど、小川くんだって少しくらい遊びたいだろうに。


「俺は来たくて来てんだから気にしないで」

 空を見上げながらハハっと笑う。


「写真早く撮って帰ろうね。今日は午前中からだし、私も午後から勇吾と澪と映画行く約束してるし」

「……そうなの?」


 勇吾は将来実家の病院の跡継ぎ息子だから、医者になるために毎日相当量勉強しているらしい。

 そんな勇吾から2日前突然電話がかかって来て『映画に行こう』と珍しく誘われた。


 ちょうど大好きなアイドルが出ている映画だったし、勇吾も一緒に行ける日なんて滅多にないから勢いで『いいよ』って返事をしたものの……


 私も結局プログラム作りで忙しいし、どうやって小川くんに早く帰りたいって話を切り出せばいいか、悩みどころだったけど……


「うん、写真撮って帰るだけだし、今日なら早く終わるでしょ?」

「……あぁ、まぁ」


 曇った表情で小川くんが納得行かなそうに頭をポリポリ掻いている。


「あれ? まだやる事あった?」

 もう大体目処はついてる様に思うけど……


「いや、大丈夫! サクッと終わらせるから楽しんで来て」

 もう一度見た表情はいつもの爽やかな笑顔だった。


「じゃ、早く終わらせちゃおう!」

 そう言って最初の撮影場所である校庭へと私たちは向かった。




「野球部と、サッカー部こんな暑いのに練習大変そうだね」

 大きな声を出してボールを追いかける姿を見ていると清々しい気持ちになる。

 思わずスマホのシャッターを切る枚数が増えてしまう。


「あれ? 小川?? 久しぶりだな」

 サッカー部員の一人がこちらに駆け寄り、小川君に声をかけた。


「おう、練習頑張ってんな!」

「この前の練習試合以来だな。ちょっと蹴ってくか?」

「今日急いでんだよ、ごめん、またな!」

 軽く右手を振って断っていた。


「え? 部活やってたの?」

 練習してる姿なんて見た事ないけど。

「ヘルプで試合の人数足りない時とかだけ呼ばれるんだよ。おれ、中学の時ずっとサッカーやってて何気に得意なんだぜ」

 意外だった。

 女の子といるところばっかりでスポーツやる小川君なんて想像もできない。


「ちょっとくらい大丈夫だよ? まだまだ時間余裕あるし。私、小川君がサッカーやるとこ見てみたいな」

 興味本位でそう言ってみた。

「見たい? ……じや、ちょっとだけやってこようかな……」

 柄にもなく恥ずかしそうに顔を赤くしてるから笑っちゃう。

「うん。ここで見てるから」


 おもむろにワイシャツを脱いだら『硬派!』と書かれた黒Tシャツが顔を出す。

 見た目とギャップの激しい言葉にクスッと笑ってしまう。

 風のようにグラウンドへ走りだした彼を目で追った。


 颯爽とチームメイトからスマートにパスをもらう。

 それをキープしながら、数人の敵をくるりと交わしてあっという間にバスンとゴールにシュートを決めた。


「わぁっ!! 凄い!!」

 周りで見てた他の部の女子たちも黄色い歓声を上げた。


 小川君は私に向かって大きく手を振ってガッツポーズをしてる。


(カッコイイ……)


 不覚にもドキッとしてしまった。

 他の女の子には見向きもせずに私の方へ走り寄ってくる。


「どうだった? 結構俺、やるでしょ?」

 満足そうに笑って私だけを見てる。

 顎を伝って落ちる汗は太陽に反射して眩しく光った。


「……うん」

 さっき脱ぎ捨てたワイシャツをおもむろに着た後『あちぃ…』と襟元を掴んでバサバサと熱を逃している。


「あ、これ……今日まだ使ってないから」

 私は汗でびっしょりになっている彼に、そっとハンドタオルを差し出した。


「お、サンキュ!」

 私の手から、小川くんの手に渡ろうとしたその時だった。


「あれ? ……ケガ?」

 手に大きな絆創膏……?


 彼が慌てて左手を後ろに隠す。


「あ、なんでもないんだ。お茶こぼしてちょっと火傷しただけ」

「火傷……?」

「あぁ。全然大したことないんだけど家にこのデカい絆創膏しかなかったからさ」

「……そう」


 全然気がつかなかった。

 そういえば小川くんて左手いつもズボンのポケットに入れてたっけ……


 なんだか胸がザワザワした。

(あの祭りの日の男の子も同じ場所を怪我したんだっけ……)

 そんな事を思い出してしまった。


「上野さん? どうかした?」

 心配そうに小川くんが私を覗き込む。


「あ、ううん、何でもないの。さ、次行こう!」

 小川くんが佐藤くんな訳がないのに。

 お面の彼が急に小川くんに重なって見えてしまって……

 複雑に絡まった気持ちをごまかすように彼から目を逸らした。


 ◆◇◆◇


「だいぶ撮れたし、そろそろ昼でも食うか?」

 校舎の写真を何枚か撮影して、後は屋上から見た、全体の風景のみになった。


「そうだね。ついでだから屋上で食べよっか」

「あぁ」


 外の暑さとは裏腹に、ひんやりとした廊下を抜けて3階まで階段を一気に登る。

 あんまり普段は出ることがなかった屋上。

 ドアを開けて外を一望した時、遠くの方まで広がる吸い込まれそうな深い緑の美しさに息を呑む。


「こんなに綺麗だったんだね、うちの学校もその周辺も」

「この近く植物園とか公園とか多いもんな」


 私たちはしばらく静かに眺めていた。

 毎日来ているのに、気づけない素晴らしい事ってたくさんあるんだな……

 いつになくセンチメンタルな気持ちになる。


 目線を落とすとさっき見学したサッカー部が、相変わらず元気にボールを追いかけていた。


「今日はさ、いろんな発見があってとっても楽しかった。いつも見てる場所なのに、まだまだ知らない事って本当にたくさんあるんだね」

「……そうだな」

 

(こんなに優しく微笑みかけられたら……私……)

 跳ね上がる心臓の高鳴りが彼に聞こえないかとヒヤヒヤした。


 私の知らない小川くんが今日はたくさんいる。


「さ、食べようぜ!」

 強い日差しから逃れるように奥の方の僅かな陰を求めて座り込む。


 私は少し大きめのお弁当箱を取り出した。

 いつもは朝ギリギリまで寝てるけど、ここ数日毎日遠回りをしても家まで送ってくれた小川くんに、なんらかの感謝の気持ちが伝わればいいなと、ちょっとだけ早起きをして好物だって言っていた唐揚げを作ってみた。


「ねぇ、唐揚げ食べる? この前好きだって言ってたからちょっと多目に作ったんだけど」

 びっくりした顔でこっちを見ている。

「あ、ごめんね。ちょっと馴れ馴れしすぎたね」

 あんなに嫌ってたくせに突然こんな事して、変な子に思われたかな……

 小川くんの返事を聞く前に私は勝手に会話を終わらせた。

 するとフォークを持った私の右手を掴み、顔が近づく。


 パクッ


「うん、旨い!!」

 私が食べようと刺していた唐揚げを、大きな口で一口に食べた。

 彼の柔らかい前髪がふわっと風に乗って頬をかすめる。


 ……あの時と同じ匂い……


 お面の男の子におぶってもらった時に感じた安心する匂い。

 胸がキュンと締め付けられた。



「よ、よかった」

 乱れた心を誤魔化すように、アハハと一生懸命笑った。

 緊張と嬉しさと懐かしさと……

 いろんな気持ちが一気に溢れて涙が出そうだった。

 悟られまいと、ただ必死に笑うことしかできない私。


 でもこうして一緒にいる時間が心地いいと思ってしまう自分の気持ちに、嘘はつけなかった。


「美味しかったね」

「何かあっという間だったな、今日」


 彼は今どんな気持ちで私といるんだろう……


「映画、……行くんだろ、これから」

「うん」


 目線が合わさり時が止まる。

 頬に小川くんの手が静かに触れた。


 突然の事に戸惑う間もなく彼の顔が近づいて……


 私たちは柔らかい風に包まれながら唇を重ねていた……

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