4.大嫌いなハズの人。
予告のサブタイトル若干変更しました。
あれから丸一日経って、私は一人電車に揺られ学校に向かっていた。
昨日の夜はお祭りの時の出来事が、頭の中をいっぱいに支配して殆ど眠れなかった。
今猛烈な睡魔に襲われて、もう家に帰りたくなっている。
(こんな頻繁に学校行かなきゃいけないのってプログラム制作係だけじゃない?)
全くどうにも納得がいかない。
確かに出演者の都合に合わせてプログラムに載せるインタビューの記事を、コツコツと時間をかけて集めていかなきゃいけないのは、まぁ分かる。
(でもそれって小川くんだけでよくない??)
私はちゃんとイラストを描くって仕事があるんだし……
正直家でもできる作業なだけに、余計に学校に行かなければいけないダルさを感じてしまう。
どうも市倉委員長には私と小川くんとニコイチ扱いされてる気がするんだよなぁ。
私は挿絵係ってしっかり区別してくれればいいのに。
考えれば考えるほど自分の必要性を疑ってしまう。
窓の外を見るとちょうど電車は風の唸りを上げながら、祭り会場だった川辺を通過した。
(夕方……遅くなったら嫌だな……)
祭りの日の出来事は、キラキラした思い出ばかりじゃない。
あの時は狐のお面の彼が側にいてくれたけど、今は私一人。
冷静になって思い出せば、ガクガクと足が震え出す。
あの時の犯人は捕まったんだろうか……
(とにかく一生懸命やって早く帰んなきゃ……!)
マイナス思考を振り払う様に私は自分の頬を叩いた。
校門をくぐり、約束の時間10分前に待ち合わせ場所である、2年B組の教室の前に辿り着く。
(はぁ……今日も暑い……)
淀んだため息を吐き出してドアをノックする。
「あはは! もう小川くん可愛いっ!!」
女の子の声……?
ゆっくりとドアを開けて覗き込む。
視界に入ってきたのは、小川くんの両腕に巻きついた二人のテニス部員の女子たちだ。
早速女の子連れ込んでるってワケ?!
少し開いたドアに手をねじ込み、怒りを込めて勢いよく開けっ放した。
「ちょっと!! イチャイチャすんのは他でやってくれるっ?」
いきなり飛び込んできたこのデレデレの光景は不快以外の何者でもない。
驚いた三人の目線が、私向かって一挙に集まった。
そんな私の苛立ちを察知したのか小川くんがスッと立ち上がる。
「二人とも、今日はありがとな! 面白い話が聞けていいコメントが書けそうだよ」
誰にでも大安売りの爽やかスマイルを無駄に撒き散らして、不穏な空気を放つ彼女たちのご機嫌取り?
「また何かあったらいつでも呼んで! 小川くんの頼みなら何でも聞いちゃうから」
その一言でキャンキャン犬の様に小川くんに戯れまくっているチョロい女の子たち。
あーあー、もうこの教室はピンクのハートでいっぱいだわ。
「もう、私先始めるから! どっかの誰かさん達みたいに、暇じゃないんで」
私は3人と離れた場所を選び、鞄の中からわざと大きな音を立てて画材を取り出した。
「さ、俺もこれから仕事あるからまたね」
女の子達に優しく退室を促し、気まずそうに私の方に歩いて来る。
「なんでそんな端っこでやってるの? もっと真ん中で相談しながらやろうぜ?」
彼女達が居なくなって、小川くんはゆっくりと私に近づき、わざとらしく表情を伺って来た。
「……あのさ、女の子と楽しくイチャイチャしたいならいくらだってしてもらっても構わないけど、私がいる時にやるのやめてくれるかな」
どこからきているのか自分でもわからないイライラが止められない。
「イチャイチャなんてしてないよ。せっかく色々話聞かせてくれたのに邪険にするのも悪いだろ?」
ノートをバサッと開きながら、そう言って私の前に座った。
「もしかして、怒ってる?」
逃げる様に逸らす私の目線を強引に追いかけて来る。
「……別に怒ってなんかないよ。ただ、昨日は『任された仕事ちゃんとやれ!』なんて私に言ったくせに、いきなり不真面目すぎてちょっとガッカリしただけ!」
一瞬掴まれかけた視線を振り解く様に横を向いた。
「ホラ、これ見て」
突然目の前にかざされたノートには、よく見ると沢山の部活動の紹介コメントやインタビュー、レアな話から部員一人一人の一言など詳細にメモされている。
「どうしたの? これ……」
「一足先にプログラムに載せる情報集め始めててさ。俺、去年も市倉先輩と文化祭実行委員だったんだけど、段取り最悪で。他校から見に来てくれる生徒も少なくて大失敗って言ってもいい状況だったんだよ。だからあの後すぐに反省点とか先輩と相談しあって、次は少しでもいい文化祭にするためにできる事は先取りしてやろうぜって意気投合してさ。2年になってすぐの頃から、こっそり動いてたんだ。だから、今年は全体的に、なかなか上手くいってると思うぜ? プログラムとかももっと凝ったものにして、他校の生徒ややうちを志望高にしてる受験生たちにもたくさん来てもらいたいなって」
適当に楽しめればいい、去年も文化祭なんてこんなもんかなって、私なんかはそう思っていたけど。
こうして色々真剣に考えてくれる人がいるから、沢山の生徒たちが毎年笑顔で賑わいのある文化祭を迎えられるんだなぁと改めて実感。
小川くんはすぐにキラキラした目で作業に取りかかる。
真面目なんだか、チャラ男なんだか……
ホントよく分かんない人……
人が変わったように真剣な表情で文字と向き合い、私にどこにどんなイラストが欲しいのか、次々と指示を飛ばしてくれる。
いつの間にか自分も小川くんの温度感に近いところにいるって気づいた時には、余計なことを忘れるくらい夢中になって絵を描いていた。
「なんか見えてきたね」
彼の勢いに引っ張られるように段々と完成が楽しみなってくる。
「あぁ、いい仕事できたな、今日。ホント感謝してる」
気がつけば眩しいほどの西日が強烈に差し込んでいる。
私の側でとっても穏やかで、落ち着いた小川くんの声。
「うん。こちらこそ色々楽しかった」
逆光で彼の表情がよく見えなかったからかも知れない。
素直に自分の口から飛び出して行く言葉が、なんだか擽ったかった。
今日最初にここへ来た時とは真逆の、平穏で優しい空気。
軽く雑談をしながらゆっくりと後片付けをした。
みるみる沈んでいく夕日を横目で見ながら、今日の終わりを少し寂しく感じている自分がいる。
「暗くなってきたから送ってくよ」
鞄に荷物を詰め込みながら小川くんがチラッと私を見た。
「えっ? いいよ、別に!」
教室からでたら変に緊張して会話しずらくなりそうだし……
「いいから!! ほら、教室出るぞ!」
大きく私に手招きをする。
でも、本当は……ありがたい。
一人で帰るのが怖かったから。
「……うん……」
◆◇◆◇
校舎を出る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
空を見上げるとガラスを散りばめた様な星達がキラキラと輝き始めている。
「ごめん、すっかり遅くなっちゃったな」
一歩先を歩いていた小川くんが振り返ってすまなそうに言う。
「ううん。大丈夫」
声が少し似てるのかな、お面の男の子と。
安心……する。
学校から駅までは、昼間は爽やかな涼しい風と木漏れ日が眩しい緑の並木道だ。
でも夜になれば街灯も少なく真っ暗に豹変する。
冷たくなった風は不気味に身体に纏わりつく様で、帰りが遅くなった時はいつも早足で駆け抜ける道。
「本当に大丈夫か?」
……急に口数が減った事に気づかれちゃったかな。
ザワザワと木々が風に揺れる音にビクリとする。
小川くんはさりげなく隣に並んで私の手をとった。
「……?」
びっくりして顔を見上げる。
「急に手繋ぎたくなる事ってない?」
あははと笑っている。
「え、えぇと……」
答えには困ったが、震えが不思議なくらいおさまっていくのを密かに感じていた。
本当は暴漢を思い出して、……怖くて仕方なかったから。
「幼稚園の頃思い出すな。よく隣の子と手を繋いで遠足とか、定番だったろ?」
ニッコリ微笑みながらこちらを見ている。
「そだね」
急に恥ずかしくなって俯いた。
「明日も送っていい? この時間、俺結構楽しい」
幼稚園児の真似をして、急にふざけて『どんぐりころころ』なんて歌い出す。
「ふふっ、幼稚園ごっこ? ……別にいいよ」
なんかつられて返事しちゃった。
本当に不思議な人。
大嫌いなハズなのに。
今は心がポカポカあったかいんだ……