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28.小川くんと踊る事は出来ないよ。

「ママぁ!!」

「かなえ!!」

 学校の中を一通り探し回った頃、慌てた様子の女性に声をかけたら案の定かなえちゃんのお母さんだった。

 私たちと行き違いになっていたようで、見つけるまでにだいぶ時間がかかってしまった。


「ずっとね、ウサギさんがいっしょにママのことさがしてくれてたんだよ!」

「ご迷惑おかけしてしまって……本当にありがとうございました」

 汗びっしょりになって安心した表情を浮かべながら私に向かってかなえちゃんのお母さんが頭を下げた。


「いえいえ、また来年もぜひ遊びにきてくださいね。待ってるよ、かなえちゃん」

 私はポンポンとかなえちゃんの頭を撫でて手を振る。

 二人が仲良く手を繋いで校舎の影に消えていくところを見送ってハッと我に返った。


「急がなきゃ!」

 ウサギの着ぐるみを今すぐにも脱ぎたかったが、まだちらほら残っている生徒たちの視線が気になって、その格好のまま足がもつれながらも走りだした。


(そうだ、浴衣もスマホも教室に置きっ放しだったっけ……)

 控室に向かっていた足を止めて教室へと引き返す。


 遠くから聞こえて来るのは……蛭崎音頭だ。

(もう始まってるの……?)


 がらんとした校舎の中の暗い廊下を真っ直ぐ進む。

 誰もいないのは、きっともうみんな校庭に集まっているからだろう。


(どうしよう、今一体何時なの……?)

 着ぐるみの中からは時間すらまともに確認出来なかったが、誰もいないのを確認して顔だけをパカっと外し大きく息を吸った。

 すぐ目に入った時計を見て力が抜ける。


(もう……間に合わない……)

 このまま……時の流れに身を任せることしか出来ないんだろうか?

 たとえ間に合っていたとしても、私に拓人の事を忘れることなんて出来ないのは分かってる。


 結局こうなってしまう自分に失望し、トボトボと階段を上がった。

(疲れた……)

 そう思って片足を階段の面に乗せたつもりでいたが……

 着ぐるみで上がる感覚がまだ身体に定着していなくて、一気に足を滑らせ階段から転げ落ちた。


「痛ーっ!!」

 思いっきり足首を捻ってしまった。

(はぁ、ボロボロだな、自分)

 こんな私じゃ小川くんの相手だって似合わない。

(行けないちゃんとした言い訳ができて、丁度よかったじゃない)

 情けなくて泣けて来る。


(連絡くらいはちゃんとしなくっちゃ……)

 小川くんだけじゃなくて市倉先輩や先生方にも迷惑をかけてしまっているのは間違いない。

 なんとか立ち上がって痛みを堪え、一段一段ゆっくりと上る。

「……うっ」

 一歩踏み出すたびに激痛が走った。

 ようやく二階に上り切った時には全身汗びっしょりになっていた。


「はぁ……」

 こんな汗びっしょりじゃ臭うし恥ずかしいし。

 行けなくてよかったのよ。

 何度も何度も自分に言い聞かせては、じわりと目頭が熱くなる。


 歪んだ教室に入るとボヤッとした視界の中で校庭が見渡せた。

 数組が校庭に組まれた電飾に彩られた舞台の上で踊っているのが見える。


「小川くんも誰かとあの中で踊ってるのかな……」


 着ぐるみを脱いで鞄の中を探す。

 制服もナース服もない。

 そういえば会議室に置いて来ちゃったんだっけ……


 仕方ない、下着姿で居るわけにもいかないし、とりあえず浴衣着とくか……

 誰に見られるわけでもないし、ザックリ羽織って軽く紐で締めた。


 とにかく小川くんに謝らなきゃと、スマホを手に取る。

「既に誰かと踊ってたら出られないか」

 そう思いながら画面を見ると、ついさっきまで十件以上の着信が来ていた。

「小川くん……」

 LINEにもメッセージが残っていた。

『今どこだ?』

「………」

 そのメッセージを目にしても返信する言葉が浮かんで来ない。

 足首がじんじんと痛んだ。


『ごめんね、今更だけど今日蛭崎音頭一緒に踊れなくなっちゃった』

 何も考えずに事実だけをポチポチと打ち込んでいく。


 すぐに返信が返ってきた。

『だから何処にいんだよ? すぐに行くから!』


 きっと神様は拓人を待ってろって言いたいんだよね?

 今小川くんに逢ったら……きっと気持ちが揺らいじゃう。


『大丈夫だから私の事は気にしないで』と文字を打ち込んでいるところに、返信を待たず電話がかかって来た。

 突然のバイブ音に驚いて反射的に通話ボタンを押してしまう。


『おい! 今どこだ?』

 物凄い剣幕で叫んでいる小川くんの声が聞こえて来た。


「もしもし……? ごめんね、行けなくて」

『いいから、何処にいるんだよ?』

「今来てもらっても、小川くんとは踊れないよ」

 暫く静かな時間が流れた。


『……どうして?』

 急に声のトーンが下がる。


「ずっと忘れられない好きだった人がいて……」

『………うん』

「ほら、もし彼に再会出来たとして、他の男の子と手を合わせて踊ってるなんて知られたら……もう二度と逢ってくれなくなっちゃう気がしてさ。……だから……ごめんね」

 そんな事を口にしながらも、小川くんの声を聞いているだけで、夏休みから今日まで二人で過ごした想い出の日々がキラキラと蘇って来てしまう未練がましい自分。


『頼む、今どこだ? 直接話したいんだ!』

「……ごめん」

 これ以上話していたら私ダメになっちゃう……

『通話終了』のボタンを静かに押した。


 その後も何度も小川くんからの着信が鳴り止まない。

 私はサイレントにしてスマホを鞄にしまった。


(拓人……。お願い、逢いに来てよ……)

 私はあれから肌身離さず身につけているネックレスのチャームをギュッと握りしめた……。



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