26.どうしようもない想い。
私は大きなウサギの着ぐるみを着て会議室を出る。
(突然抜けちゃったけど、どうなっただろう?)
ミニスカートは小川くんのおかげで免れて助かったけど、やっぱりクラスのことも気にはなる。
(手伝いすら殆ど参加できてなかったしなぁ)
(この着ぐるみのおかげで中身は誰かも分からないし、ちょっとだけ様子を見に行ってこようかな)
後々仕事放棄だとみんなに責められるのも辛いし、私は小川くんと来た道を戻り教室に向かう。
手を引っ張られながら下りた階段に辿り着くいて記憶が蘇ると、急に恥ずかしくなって来た。
(なんであの時助けてくれたんだろう? そんなに嫌そうな顔して私立ってたのかな?)
わざわざ自分の衣装で私を隠してくれて……
ドキドキとまた心臓が躍りだす。
拓人もこともまだ宙ぶらりんなままなのに。
「はぁ……」
顔が見えなくてほんとによかった。
きっと今私本当に情けない顔してると思う。
拓人と小川くん。
知れば知るほど二人の妙な共通点が見つかって、しっかり自分の気持ちに決着をつけなければいけないのに、どんどん沼に嵌まり込む。
拓人が託してくれたネックレス……
あれ以来肌身離さず身につけている。
襟元からチャームを取り出してそっと握る。
(いつか……逢いにきてくれるの? ねぇ……教えてよ、拓人……)
「お!! ウサギがいるぞ!!」
いつも隣のクラスで騒いでいるやんちゃな男子数人が私の周りに集まってくる。
「なぁ、うさちゃん、ウチのクラスにもちょっとだけ来てもらえないかなぁ」
「えっ?!」
私の答えを聞く前に強引に手を引いてくる。
「お願いっ! すぐそこだからっ!!」
「すぐそこって……!!」
案の定2年B組の教室に引きずりこまれて行く。
「俺らさぁ、仕事小川に全部取られちまってやる事ねーんだよ。うさちゃんいれば女の子も喜ぶし、そこに座ってくれてるだけでいいから俺たちの側にいてもらっていいかな?」
どすんと私を椅子に座らせる。
「わぁ、うさちゃん可愛い! 一緒に写真撮ろ!」
早速女の子がわたしの横でシャッターを切っている。
「ウチのうさちゃん、可愛いでしょ? お嬢様、一緒にお茶でもどうです??」
「全く調子いいんだからぁ!」
(うん、ウサギがほんの少し役に立ってるみたいでよかったよかった)
楽しそうにテーブルに移って行った彼らを見て一安心しながら教室の中を見渡す。
クオリティーの高い内装の喫茶店。
それを引き立てるようになのか、彼がいるから内装がそう見えるのか……
小川くんが教室の真ん中のテーブルで女の子に囲まれている。
「小川くん、紅茶おかわりしたい〜!」
「ずるい! 私にも頂戴!!」
「……かしこまりました。お嬢様」
ホント絵になるなぁ……
こうやってじっくり見ることってあんまりないけど、やっぱりカッコいい。
やっぱり拓人な訳ないか。
拓人があんな接客する姿、想像もできないよ。
(もし拓人だったら……)
辿々しく女の子に話しかける姿が思い浮かんでふふふと笑ってしまう。
でも……そういうところも拓人らしくて好きだったなぁ。
小川くんの白い歯がキラリと光る。
端から見ていても女子たちは心を完全に小川くんに鷲掴みされている。
でも微笑んでるだけで意外とあんなに近くにいる女の子達に指一本触れる事はないようだ。
思ったより紳士なんだな。
もっと女の子の前じゃチャラいのかと思ってた。
サッカーやってる時もキラキラしてたもんなぁ。
女子にもきゃあきゃあ言われてたのに見向きもしてなくて。
ただイケメンなだけじゃなくて……
女子に人気な理由が少し分かった気がする。
そうだ……あの後、キスしたんだっけ……
思い出して顔が熱くなる。
なんか、夢の中の出来事だったみたいに現実味がない。
こんなに人気者の小川くんがなんで私なんかに……
やっぱり本当は揶揄われてるだけなのかな……?
でもそんな人に今は見えない……
「ちょっと、俺休憩!」
急に小川くんがそう言い放って自分の鞄を持ちこっちに向かってくる。
「隣いい?」
声を出したらバレてしまうと思って大きく頷く。
「お互い大変だな。君もこの暑いのに着ぐるみなんてついてないな。役員?」
おもむろに鞄からお茶を出して喉を鳴らしながら一気飲みをしている。
私はその様子に恥ずかしくも見惚れながら小川くんの問いにまた大きく頷いた。
「何? 声出しても大丈夫だぜ?」
柔らかく笑いながらこちらを見ている。
必死で首を横に振った。
「あぁ、そっか。キャラ守ってんのか。徹底してんなぁ。俺も見習わなきゃだな」
そう言いつつ『はぁ……』と疲れたようにため息をつく。
「俺こう見えても人と話すのあんまり得意じゃなくてさ。そっちのウサギ役のが向いてるかも」
『えっ?』そんな心境を両手を上げて驚いたジェスチャーで表した。
「あはは! ウサギさん面白いな」
「おい! 小川! 稼ぎ頭なんだから、もう休憩終わり!」
クラスメイトに手招きされてだるそうに立ち上がる。
「もうかよー。後5分位休ませてくれよー」
「お前ご指名の女の子がズラっと廊下に並んでんだぞ? そんな事言ってる場合じゃねーだろがっ」
「ったく分かったよ!」
そう言ってお茶を鞄に戻した。
「じゃあ、頑張ってな!」
私の肩をポンと叩いてテーブルに戻って行った。
私は足元に置かれた小川くんの鞄に何となく目をやる。
チラッと見えたのは小説らしきものだった。
(4、5冊はいってる……?)
本当に小川くんの鞄なんだろうか、これ……
夏休み一緒だった時間も本なんて一度も手に取った事無かったけど……
「あー、こんなとこに居たのか! ったく探したんだぞ! 今から中庭でイベントやるからちょっと来てもらえないか?」
B組の教室から顔を出した市倉先輩に呼び出されて、声を出さずに頷き歩き出す。
小川くんがじっとこっちを見ているのはもちろん分かっていた。
でも振り返らずに市倉先輩のもとにまっすぐ向かう。
「ウサギさん!」
小川くんに呼び止められた。
そっと振り返る。
「……頑張ってな。無理すんなよ?」
もしかして分かっちゃった?
中身が私だって。
いや、さすがにこの短時間でそれはないか。
小川くんに向かって挨拶がてら軽く手を上げる。
それに答えるようにフワッと微笑んでいた。
もうこれ以上そんな優しい目で見ないでよ……
どうしょうもないくらい……貴方を好きになりそうで怖いから……




