25.文化祭
「まさか……」
ネックレスを眺めながら小川くんと拓人の顔が交互に思い浮かぶ。
(たまたまかもしれない……)
そう思うと不躾に『小川くんはあの拓人なの……?』なんて聞きたい気持ちにもストップがかかった。
拓人の手紙を何度も読み返しては自分の事を好きでいてくれたという嬉しさと、お互い高校生になって多少は自由に動けるようになった今になっても何故一度も逢いに来てくれないのか……そんな疑問が頭の中をぐるぐると回った。
(こんなはっきりしない気持ちのまま文化祭の日を迎えちゃうなんて……)
三日もあった連休も結局何も結論が出ないまま時は過ぎ、疲れ果てたまま当日の朝を迎えた。
「浮かない顔してどうした??」
校門を潜ると後ろから私と真逆の元気な声が聞こえてくる。
「澪か……。うん、まぁ色々……」
「色々? 小川くんの事?」
私の隣でさりげなく気にかけてくれている。
「うん。実はさ、拓人からの手紙が見つかって……」
「それで……?」
驚いた顔で私の様子を伺っている。
「好きだって……書いてあった」
「ほう!!」
急に大きな声を出す澪を見るとニヤリと笑っていた。
「何よ……嬉しそうな顔して」
「芽衣は嬉しくないの?」
「嬉しい……よ? ……嬉しかった……」
「……かったか」
過去形で話した言葉に引っ掛かったのか、立ち止まる。
「うん……」
「別に、それでいいんじゃない?」
唐突に澪が言った。
「芽衣が今好きな気持ちも、過去に好きだった気持ちも、誰を見ているかも全部ホントの気持ちなんだから」
「どういう意味……?」
澪の言っている言葉が分かるような、分からないような……
「無理して答えなんて出すことないって事! いつかちゃんと自分の気持ちがハッキリする時が必ず来るから」
「……でもそれじゃ……」
『あーもうっ!!』そう頭を頭をぐちゃぐちゃっとかき回して私の背中をバンと叩く。
「大丈夫だから!! 今日一日、今までで一番自分に素直な気持ちでいてごらん? きっといい答えが待ってるから」
「……?」
澪は私の手を強く引いて走り出す。
「ほら、委員会の朝ミーティング遅れちゃうよ! とりあえず、余計な事は考えずに今日を精一杯楽しもう」
「……そうだね」
ジメジメ考えても仕方がない。
小川くんの顔を見たら……答えがはっきりするかもしれない。
時間の流れに任せよう……
「副委員長の小川はクラスの準備がどうしても忙しくて来れないそうなんでこのまま始めます!」
市倉先輩の言葉にがっかりしたような安心したような……
早速ミーティングで小川くんに逢えるかと思ったら欠席だった。
(隣のクラスだし、すぐに顔は見れるか……)
そう思っている私はやっぱり拓人より小川くんの方が好きなんだろうか……?
「あぁ!! もうっ!!」
あれだけ素直になって時間に身を任せる事を決めたのに、またどっちが好きだとか出せない答えに苦しむ自分が情けない。
解散してクラスの教室に戻る途中、隣のB組の前を通ると完全にドアが閉められて、全く中の様子を伺うことができなかった。
『執事喫茶』
カラフルに廊下に飾られた文字を見ながら小川くんの執事姿を想像してしまった。
ボッと顔が熱くなる。
「芽衣、顔真っ赤だよ? 大丈夫?」
澪が心配そうに声をかけてくれるけど、自分の心の中が丸見えになってしまったようで、なおの事恥ずかしくなる。
「だ、大丈夫だよ」
「ふうん。後でB組の執事喫茶、一緒に行こうね」
ククと笑いを堪えて私を横目で見ている。
「……う、うん」
「素直でよろしい!!」
澪は私の頭をポンと叩いて教室に入る。
ウチのクラスはお化け屋敷だ。
文化祭の実行委員の集まりだとかであまりクラスの準備に参加出来なかったのも良くなかったけど、渡された衣装に驚愕する。
「……こ、これ?!」
とてつもなくミニの血塗れナース服。
「選ばれしクラスの人気女子3名に与えられた特別衣装だよ! 交代で店の入り口に札持って立っててくれるだけでいいから。要は客寄せだから中のお化け役はやんなくていいし、楽チンでしょ?」
「でもこれじゃパンツ見えちゃう……」
ムリムリ!!
絶対無理!!
「大丈夫! 見せパンちゃんと用意してるから。クラスの売り上げは明日の打ち上げの焼肉に充てることになってるから、しっかり客寄せ頼んだよ!!」
「……そんなぁ」
普段だって制服以外スカートすら履かないのに、ハードル高過ぎるよぅ……
「……私も来たかったな、それ」
澪が指を加えて私の衣装を見ている。
「じゃぁ交換しよっ!!」
すがる思いで澪に懇願した。
「ダメダメ!! こればっかりは上野さんに仕事してもらわないと!」
間髪入れず衣装係が割って入ってくる。
「いいですよーだっ!」
澪がベーっと舌を出していると開始を知らせる校内放送が入る。
「ほら! もう準備終わらせなきゃいけない時間だから!!」
そうして私は教室の前でなぜかバンパイアの格好をした男子と並んでひたすら客寄せをする事になる……
「なんだか隣のクラス、女子の行列がすげぇな」
一緒に立って客を呼び込んでいた男子が話しかけてくる。
「そうだね、そんなすごいのかな、執事喫茶」
「まぁ、全員小川目当てだろ? 好きな執事が指名出来るらしいからな。あいつ以外全員男子暇なんじゃね?」
フンと皮肉に笑いながら女子生徒の呼び込みに精を出している。
「ほら、上野もちゃんと男子生徒引っ掛けろよ。上タン塩お前も食べたいだろ?」
「えと……、まぁ」
仕事だから仕方ない。
本当はお肉なんてどうだっていいんだけど。
「じゃ、ちょっと休憩でるな」
きゃあ!と女子の歓声を振り切りながら執事の衣装をビシッと身に纏った長身の男の人が隣の教室から出てくる。
「小川くん……」
ずっと探していた姿を目にして緊張のせいか……身動きが取れない。
私に気づいたのか、目の前にやって来て立ち止まった。
「おい、その格好……」
上着を脱いだかと思えばファサッとそれが私の肩にかかる。
「露出多過ぎだろ……!!」
まだ温もりの残っている燕尾服に微かな小川くんの匂い……
急に心臓が激しく暴れ出して何も言葉にできない。
「え? あの二人何?? 付き合ってたりするの??」
「ほら、蛭崎音頭もあの二人今日踊るんでしょ?」
「この前も体育館で見本になってたじゃない??
「でも、上野さんって小川くんの事嫌ってるんじゃなかったっけ??」
そこら中に『?』と視線が飛び交う中。
「ちょっと上野さん借りるな」
バンパイアの男子生徒に耳打ちして私の腕を引っ張っていく。
無言でグングンと階段を降りて実行委員会本部になっている会議室の扉をバタンと開けた。
「市倉先輩、蛭崎音頭まで上野さんに何か仕事当てがってください。お願いします! クラスには委員会の仕事で抜けたって言っとくから」
そう言い捨てるように私を会議室に放り込み扉を閉めて去っていく。
小川くんの姿がとっくに消えてから我に返ったように『お、おう』と一足遅れて市倉先輩が返事をした。
「上野、すごい格好してるな……。とりあえずこれ着とけ」
出されたのはウサギの着ぐるみだ。
「ありがとう……ございます」
私は被り物を抱えて突然起こった出来事に思考がついて行けずボー然としていた。
「ったく分かりやすいよな、あいつ」
じわじわと笑い出した市倉先輩は私を見る。
「思い出に残る文化祭にしろよ。影ながら応援してるからな」
突然そんな事を言って、私に『welcome』と書かれたボードを渡す。
「それ持って適当に校内歩いとけ。気になる男子の様子もじっくり拝めるぞ?」
ハハハと笑いながら着替える私に気を遣ってか、市倉先輩は会議室を後にした。




