表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/31

22.小川くんに見える拓人の面影

「芽衣。ごめん、今日勇吾と一緒に帰るね」

 なんとか無事、蛭崎音頭の指導を終えて舞台袖に下がった私たちは気まずい空気の中向かい合った。


「澪……」

 私に気を遣ってくれてるの?


「小川くん、芽衣一人になっちゃうから送って行ってもらえる?」

「あ……あぁ。俺はいいけど……」

 私たちの輪の中に入ってこようとせず一歩離れたところで後ろを向いている勇吾を気にしているのか、じっとそちらを見つめている。


「あ、そうだ! 私芽衣に言っておかなきゃいけないことがあるの!」

 大きく息を吸った澪。


「何?」

 私はいつもと様子が違う彼女に身構えた。


「ずっと黙ってたんだけど……私ね、勇吾のことが好きなの!」

「……えっ?」


 想像すらできなかったカミングアウト。

 でも冗談だなんて疑うまでもなく。

 どれ程に緊張しながら話してくれているのか……

 微かに震えている澪の指先を見れば痛いほど伝わった。


「ごめんね、ずっと黙ってて。勇吾が芽衣の事好きなのは、ずっと前から何となく気がついてて……。もしもよ? 芽衣も勇吾の事好きになったら……って思ったら、何か言うタイミング失っちゃって」

 てへへなんて一生懸命笑っているけど、瞳に溜まった涙を、ずっと澪と一緒に過ごして来た私が気が付かないはずがない。


「……澪……。ごめん、ごめんね。私、全然分かってなかった」

 情けなくて泣けてくる。

 ずっと澪が小川くんの事を好きだと思ってたなんてとても言えないよ。


「芽衣、泣かないでよ。私、勇吾の事全然諦めてないの。さっきね、思いっきり告白しちゃった」

 鼻を啜りながら照れ臭そうに笑っている。

「ね、勇吾!」

 後ろを振り向いて勇吾を見る。


「あぁ」

 こちらを見る事はないものの、軽く右手を上げて答えてくれた。


「だから、芽衣。私も頑張ったんだから、自分の気持ちにもっと素直になって! 本当はもう自分が誰を好きなのか気づいてるんでしょ?」

 そう言ってチラッと小川くんを見る。


「大丈夫よ。自分の気持ちに自信持って! きっと上手くいくから」

 澪は私の肩をトンと叩いた後勇吾に駆け寄った。

 耳元にこっそり何かを話しかけている。


 静かに頷いた勇吾はこちらを見て大きく頭を下げた。

「小川!! ごめん!!」

 顔を上げた勇吾は目を真っ赤にしていた。

 そしてすぐ隣にいた私に視線を移す。

「芽衣! 芽衣の事そう簡単に忘れられる自信はないけど、前に進むから。だから俺のために自分の気持ち、絶対遠慮すんじゃねーぞ!」

 勇吾が満面の笑顔を久々に見せてくれた。

 その勇吾の優しさに応えるように私は大きく頷く。

「小川! いい加減ハッキリ伝えろよ!! 中途半端な事したら許さないからな!!」

 澪に『ちょっと!』と背中を小突かれ『いいだろ、別にこのくらい気付かねーよ』とコソコソやりとりをしている。


 二人の仲が良くない方向に動いた訳じゃなかった……

 やりとりを見ていてほんの少しホッとする。


「……あぁ! 菅原に笑われないように……俺も真剣に向き合うよ!」

「もし砕け散ったら笑ってやるから」


 真意の見えない笑顔でのやりとりに、私はただ二人の顔を追ってキョロキョロするだけになっていたけど、澪も勇吾も……きっと小川くんも結果の見えない未来とちゃんと向き合っている事だけはちゃんと分かった。


 小川くんが誰を見ているのか……

 お祭りのお面の男の子が彼だったとしたら……

 もう心に決めた人がいるのかもしれない。


 それでも私はもう、フラフラと迷っていてはいけないんだ。

 澪と勇吾が全力でそれを教えてくれたから……


 ◇◆◇◆


「小川先輩と今日踊ってたのってあの子だよね?」

「そうそう!! 確か上野さんて人!」


 小川くんと二人で下校する事になったものの……

 ついさっきまで有名人と体育館でペアになって踊っていただけあって女子生徒たちの視線がいつもに増して痛い。


『小川くんが好きな子……もしかしたら既に両想いの彼女がいるかも知れない』

 そう思ったら、彼女がいるかもしれないのに一緒に帰っても平気なのかすら不安になって『やっぱり一人で帰れる』って伝えたものの……


「何で? 俺と帰るの嫌?」

 そんな言葉を真顔で言われたら断る理由が見つからなくなってしまう。


 結局彼は私の横で、手を繋いで帰ったあの夏休みの頃と変わらない表情で歩いている。


「なんか、今日は色々あったな」

 クスっと笑いながら私を見た。

 優しい瞳に私が写っているのが見えて、ドキドキと心臓が跳ね上がる。


「……そうだね。まさか澪が勇吾の事好きだったなんて……」

「案外、人の気持ちって言葉にしないと分からないもんだよな」

 ふぅと小さく息を吐き出した。


「そうだよね。あんなに付き合い長いのに、私てっきり、澪は小川くんのことが好きなんだって思ってた」

「えっ?? どういう事??」

 小川くんは間髪入れず目を大きく見開いて私を見た。


「だって二人でよくこそこそ話したりしてたじゃない」

「知ってたの?」

 ポリポリと決まり悪そうに頭を掻いている。


「まぁね」

「そっか。久保さんには色々相談に乗ってもらってたから、ホント感謝してる。菅原と上手くいって欲しいって心から思うよ」

「……そだね」


 澪も、ずっと辛かったに違いない。

 私にも、勇吾にも気を遣って……

 でも、いつも変わらず笑顔で接してくれた。


 それなのに自分は落ち込んだり疑ったりして、なんて小さい人間なんだろう?


「私、澪に寄っかかってばっかりでホント情けない」

 小川くんは私の頭にポンと手を置いた。

「上野さんはそのままで十分周りを幸せに出来る子だよ。少なくとも俺にとっては」

 突然放たれた意味深な褒め言葉に、どんなリアクションをしたらいいのか戸惑ってしまう。


「そ、そう? ありがと」

 素直に……

 もう素直に感じた事を伝えよう。


 ニコッと微笑む小川くんに完全に心奪われている自分がいた。

 恥ずかしくなって目を逸らすと、視界にまだ幼さの残る中学生のカップルが手を繋いで歩いている姿が飛び込んで来る。


 心が潰れそうな懐かしさが押し寄せて来た。

 こんな気持ち、あの時と同じ……

 今隣に居る小川くんへの想いを確信しながら、私は間違いなく拓人に恋心を抱いていたのだと再認識させられる。

 ずっとずっと消える事なく、心の片隅に拓人はいつも潜んでいて、私はいつもその存在が大きくならないように必死になって押さえ込んでいた。

 二度と叶う事のない想いに縛られ続けることを恐れて……


 でも小川くんに出逢ってから段々と拓人の存在が小川くんに変わっていって。


 推していたアイドルさえも、なんとなく拓人の雰囲気を感じる人を好きになっていたし、小川くんの事を大嫌いだと思っていたのは、彼の所々にどこか拓人の面影が見えて佳代の話を言い訳に無意識に好きにならないようにしていたのかも知れない。


 二度と叶わぬ恋はしたくない……

 そんな気持ちで……


 今の私は小川くんの事が好きなの……?

 それとも、まだ拓人が心の中に潜んでる……?



「次逢うのは連休明けの文化祭当日だな」

 駅までたどり着き、反対ホームへ向かう階段の下で私は小川くんの声が少しでも耳に留まるように一生懸命聴いていた。


 ちゃんと想いを伝えたい。

 でも……その前に自分の過去にも決着ちゃんとつけなきゃ……


「文化祭の日、よかったらまた一緒に帰ってもいい……?」

 思い切って言葉にする。


「俺も今、誘おうって思ってた」

 穏やかな声が包み込んだ。


 勇気を出して小川くんの顔を見上げる。

 優しすぎる笑顔に見惚れてしまった。


 そしてその口元は拓人そのもので……

 頭の中が混乱して目からこぼれ落ちる涙を拭う事も出来ない。


「泣かないで……何も言わなくていいから……」

 小川くんは私をそっと抱き寄せてくれる。

 私はそれに抗う事なく、肩の震えがおさまるまで身体を預けた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ