20.お面の男の子は貴方ですか?
「先生いないのかな……」
保健室の窓からぞろぞろと生徒達が体育館に集まっていく様子を横目で見ながら、保健の先生を探す。
「着替え確かここの引き出しにあったような……」
去年の体育祭で転んでドロドロになり、Tシャツの替えを借りたのを思い出した。
「あった!! よかったぁ……急がなきゃ!!」
(このくらいかな?)
パッと見、大きそうなシャツを小川くんに渡そうと振り返った。
上半身裸になっていた彼がいきなり視界に飛び込んできて思わず目を覆う。
「ひゃぁっ!! 脱ぐなら脱ぐって言ってよ!!」
「いや、冷たくってさ。ごめん」
クシュンと小さくくしゃみをする。
「お願いだからこれ、早く着て!!」
出来るだけ見ないようにして差し出した。
「ありがとう」
そう言って私の手からシャツを取り、すぐに袖を通したようだったが……
「あれ、これ穴空いてるぞ?」
左脇を上げて笑いを堪えている。
近くで見せてもらうと見事に大きな穴がポッカリと空いていた。
私も可笑しくなって一緒に笑ってしまう。
楽しそうに笑っている小川くんの顔を見ているだけで、幸せな気持ちになってしまうのが不思議だ。
「どうしよう、大きそうなやつ、もう一着あるかな」
サイズ分けされずに、どちゃっと入っている引き出しをもう一度ガサガサと探し出すと、後ろから大きな影が近づいてきた事に気づく。
「もういいよ、俺が探す。時間やばいからさ」
フワッと優しい匂いがしたと思ったら私の背後から引き出しを覗き込む小川くんの顔が現れた。
(もう……近いって……)
あんまり言うと、また気を遣わせてしまうかもと気にしないフリをする。
私の顔の横でキラッと何かが光った。
(ネックレス……?)
ゴールドで、このデザイン……
何処かで見たような……?!
そうよ!!
狐のお面の男の子がつけてたやつ……
まさか同じ……?!
まだ記憶に新しいそれは見れば見るほどそのものだ。
(……いや、そんな偶然あるわけないって……!)
でも、特殊な曲線を描いている珍しい形のチャームだし……
間違いないかも……
「ねぇ……そのネックレス……」
なんて聞いたらいいんだろう。
「あぁ、これ? 流行ってんだよ最近。お守りみたいなもん」
「お守り……? それ流行ってるの??」
そんなの聞いた事ないけど……
「知る人ぞ知るってやつだよ」
サラッと言い退けて引き出しから見つけたTシャツを素早くかぶる。
「そんな事より、ほら、行こう!」
今度は小川くんが私の手をしっかりと握る。
握られた手を見ると、いつもつけていた大きな絆創膏は外れていた。
「火傷、治ったの?」
「あぁ、まぁ。たいした事なかったしな」
傷跡、残ってないのかな……?
なんだろう……このモヤモヤ……
火傷じゃなくて、あの時の傷だったとしたら……?
確かめたいけど、どうしても見えない。
直接聞く……?
もしそうだったら……?
現実を知るのが怖い……
小川くんがお面の男の子なんて……
ないない、あるはずない!!
……でも……!!
◇◆◇◆
体育館に戻ると、すでにたくさんの生徒で埋め尽くされていた。
「おい! 遅いぞ! 早く舞台に上がってくれ!!」
待ち構えていたように市倉先輩が私たちの背中を押す。
舞台の袖から小川くんが顔を出した瞬間、どっかのアイドルが現れたかのように黄色い歓声が上がった。
「皆さん、こんにちは! 今日は拙い指導ではありますが一生懸命頑張りますので文化祭に向けて一生懸命覚えてください!」
小川くんが緊張のない自然な喋りで騒ついた体育館の中を取りまとめていく。
「ペアを組むのは基本的に誰とでも自由に組めます。同性同士はもちろん、狙ってる異性の子と組んでももちろんオッケーです。僕も今回は思いっきり嫌われてると思われるこの子とたまたまペアを組む事ができまして、せっかくなので少しでも印象をアップする事が出来たらいいなと思ってます」
会場中から笑いが起き、とてもいい雰囲気で蛭崎音頭は始まった。
「私、今はそんな小川くんの事嫌いじゃないよ? 佳代の事がずっとあって一方的に嫌な人だなって思ってたけど……もしかしたらあんな風に言ったのは、他に何理由があるんじゃないかって思って」
音楽に乗り、小川くんと両手を合わせながら向き合った。
「そう思ってくれるの?」
私をじっと見つめゆっくりと口を開く。
「夏休みから今日まで、小川くんとちゃんと向き合って話す時間が増えたでしょ? 本当は優しい人なのかも知れないって少しずつ分かってきて……私が一方的に嫌ってもし嫌な思いさせてたら申し訳なかったなって、今更だけど思ったから」
背中をぴったりとくっつけて足を片方ずつ前に出す。
思ったよりもずいぶんと大きい背中にドキドキしながら小川くんの表情を想像した。
……笑顔でいてくれたらいいな……
くるりと向き直してまた向かいあった。
耳たぶまで真っ赤になった小川くんが照れ臭そうに笑っている。
どうしよう……
私やっぱり好きなのかも知れない。
自分の気持ち誤魔化すのも……もう限界……
両手を握り左右に揺らす。
あったかい手。
(そうだ……傷跡……)
確かめなきゃと視線を落とした時だ。
あの狐のお面の男の子を介抱した時に見たのと同じ形の傷跡……
私は驚き、小川くんの顔をしっかりと見た。
「お祭りの日……小川くん何してた……?」
これが間違いだったら、一体なんの偶然なのだろう?
この安心する匂いも、まろやかな声も、縦に入った手の甲の傷も、曲線を描いたゴールドのネックレスも……
「……大切な人と逢ってた」
「大切な人……? 誰?」
大切な……人?
「それは教えられない」
どうして……?
お面の男の子は小川くんじゃないの……?
私が大切な人?
そんな事あるはずない。
他に誰か連れてきた女性がいるの……?
「そっか……。急に変な事聞いてごめん」
さっきまであんなに近づいていたと思っていた距離が、突然遠くなったように感じた。
自分の都合のいいように期待して……ほんとバカみたい……




