2.イケメンアイドルはリアル男子より夢があるのは間違いない。
「暑ぅぅーい!!」
バタンと人のいない教室の机に倒れ込む。
「暑いだけかなぁ? 昨日の狐のお面の彼で頭一杯になってんじゃない??」
ニヤリと私の顔を覗き込む澪。
「そ、そんな事ないっ……と思う」
図星を突かれてだんだん声が細くなっている私は、どうも澪にはなんでも見抜かれてしまうみたい。
そりゃあ、あんな濃い時間を送った昨日の今日で、そんな簡単に頭を切り替えられるわけもなく。
「まぁさ、今日から文化祭の準備で私たち実行委員だけ毎日登校。夏休みも終わったようなもんだし、頭リセットするにはちょうど良かったんじゃない?」
こうやってふざけてるようでもあのお祭りで狐の彼が消えた後、明らかにテンションが下がりまくっていた私の事を、実はちゃんと心配してくれている。
彼女とは幼馴染で、小さい頃から持ちつ持たれついい事も悪い事も共有してきた唯一無二の親友だ。
肩より少し長い髪の私とは真逆の、サッパリとしたショートヘアがサバサバとした男っぽさを演出しつつも、意外と細やかに相手の気持ちに寄り添ってくれる大人な女性だって私は思ってる。
「芽衣もさ、実は可愛いモテ顔してんだし、いい加減イケメンアイドル好きを卒業して、現実の彼氏でも作ったら?」
ふぅと呆れるようにため息をついて私を見る。
「私がイケメン好きになった理由、澪は知ってるでしょ? 今は彼氏なんてとても考えられないの!」
今ハマってる事って何ですかって聞かれたら、
『もうそりゃアイドルの追っかけです!』
って胸張って言えちゃう位、今はリアル男子に興味はゼロ。
「昔はそんなんじゃなかったじゃない」
澪はきっと心配してくれてるんだよね。
「もう嫌なの! うちのお父さんとお兄ちゃん見たらわかるでしょ? 仕事とはいえ毎日おんなじ服着て頭ボリボリ掻いてる漫画家のお父さんと、学校以外全く部屋から出てこないゲームオタクのお兄ちゃんだよ? あの二人に囲まれて生活してる私の身にもなってみてよ。毎日見せつけられてるリアルな男の現実ってもんが毒々しすぎて、ある意味トラウマになってるのよ、私には。別に仲悪いわけじゃないのにいつも家の中淀んでるもん、空気」
このままじゃ、リアルな男性観に絶望して私一生結婚できないかもって本気で思ってしまう。
そんな中、中学校の友達に借りたアイドルのライブDVD!
あの小さな円盤の中には、絶望禍にあった私の毎日を煌めくものに変えてくれる夢と希望が詰まっていたのだ。
どんなに辛くても、どんなに苦しくてもあのイケメンな笑顔と輝きに満ちた汗が眩しすぎるキレッキレのダンスが私の心を癒してくれる。
「言ってる事は分かるけどね。分かるんだけど、それだけじゃないでしょ、イケメンアイドル好きになっちゃった理由」
いつになく澪の真剣な眼差し。
「……拓人の事を言いたいの?」
名前を言葉に出すのもトラウマになってしまった辛い過去。
澪は静かに頷いた。
中1の時。
たった一ヶ月の初恋。
拓人は……大好きなんだって気持ちに気づいた時にはもう、彼は私の側から何も言わずに居なくなっていた。
想いも伝えられず。
彼の気持ちも聞くことができずに……
「拓人の事はもう私の中では整理ついてるよ。だから男の子だってイケメンだったら、ちゃんと好きになれてるでしょ?」
「アイドル限定でね!」
鋭く澪のツッコミが入る。
「拓人はさ、どっちかっていうと根暗だったし、メガネかけて地味だったし、前髪ももさっとしてたしさ、正直モテ要素ゼロだったじゃない?」
「そこまで言う? ……否定は出来ないけど」
一呼吸置いて澪が口を開いた。
「でも、拓人と二人でいる時、私嫉妬しちゃうくらい芽衣幸せそうな顔してたよ? 本当は相手の顔なんてどうだっていいんじゃないの? 拓人の事思い出さないためにわざと彼とは真逆の、現実の恋愛とは程遠いアイドルのイケメンを逃げ場に選んでるんじゃないの?」
「そ、そんな事……」
「あるでしょ! 現にリアルの男の子にあんた見向きもしないじゃない」
澪の目線にがっつりホールドされて身動きが取れない……
「たまたま居ないだけよ、学校にアイドルを超えるイケメンがっ……」
澪の迫力にタジタジになった私はゆっくりと彼女から距離をとる。
「たまたま? アイドル超えるイケメンなんて普通その辺に転がってるもんじゃないでしょ! ま、この学校だったらB組の小川拓人が最強だけど、芽衣大っ嫌いだよね、小川くん」
「だってアイツ最低じゃない! 佳代の事あんなに傷つけて」
確かにアイドルを超えてしまうんじゃないかと思わせる程の猛烈なイケメンが一人いる。
隣のクラスの2年B組の小川拓人。
しかも私の初恋相手と、不幸にも苗字は違えど名前が同じ!
物静かで頭の良かった初恋相手の拓人とは似ても似つかないけど。
こっちの拓人は毎度休み時間は大体どっかで女の子に呼び出されて、ナニやってるんだか知れたもんじゃない!
とにかく女の子にいつも囲まれてニヤニヤしながら背後に花を散らしている。
「うーん、それ本当の話なの? 小川くんが佳代に『お前なんか興味ねぇ!』って罵声浴びせたって話」
疑いの眼差しが頬に刺さる。
「ホントだよ、私ちゃんと聞いたんだから! あの後佳代も酷いって泣いてたし」
高1の初めの頃私と澪と佳代は仲良しでよく三人で連んでた。
ところが、私に頻繁に声をかけてくる小川くんに佳代が恋をしてしまい、気持ちを伝えるために思い切って告白したのにこっ酷くフラれてしまう。
たまたまそこを通りすがった私は『お前なんか興味ねぇ!』っていう小川くんの大きな声が聞こえてしまい、せっかく佳代が勇気を出して気持ちを伝えたのにそんな言い方酷すぎると、そこから彼が大嫌いに。
しばらく佳代は落ち込んでたけど、結局両親の仕事の都合で引っ越してしまった。
「ふーん。でもさ、私から見たら小川くんそんなこと言う人に見えないんだよね。意外に真面目だし、頼まれた仕事もちゃんとやるし。クラス違うのによく芽衣に声かけてくるじゃない? 特定の子と付き合ってるって話も聞いたことないし、私には小川くんって芽衣に興味深々に見えるけど?」
ギクリとした。
確かにあまり関わりがないはずの私に何故かしつこく話しかけてきたりするし、ちょっかいを出してくる。
でもそのおかげで他の女の子からの嫉妬の視線が痛いのなんのって!
「からかってるだけだよ。もしかしたら佳代に酷いこと言っちゃったの私に見られたの知って、慌てて口封じでもしようとしてるんじゃない? マジ最低っ!!」
バンと机を叩いて立ち上がる。
「はぁ、今の芽衣に何言っても無駄ね。大体小川くんが芽衣に声かけてきたのは高校入学してすぐで、佳代がフラれる前じゃない。口封じなんて言ったら可哀想よ。佳代だってもう引っ越しちゃっていないんだし、せっかくの貴重なイケメンに気にかけてもらってるんだから、もう少し彼とちゃんと向き合ってみてもいいんじゃない?」
机に広がったお菓子たちを片付けながら澪は言う。
「ないないないっ!! 私は推しメンの恭太くん一択!」
今大人気アイドルグループに設定してあるスマホの待受を見て顔が綻ぶ。
「……ハイハイ」
うんざりそうな澪の顔。
「なんでそんなに小川くんの肩持つのよ? もう私の事はいいから澪も彼氏作んなよ!」
私はぷんと口を尖らせる。
「……芽衣がふわふわしてると困る人もいるのっ!」
ボソボソっと言葉を吐き一瞬哀しげな表情を見せた。
「……? どういう意味??」
急に澪の顔が真っ赤な顔になったのは気のせい……?
「うるさいなぁ! 私の事はいいの!!」
振り払うように言葉を被せてくる。
「……何よ? 全く意味不明!」
「あぁ!! そうそう、文化祭実行委員の副委員長、どうやら小川くんらしいから、夏休み終わるまでたっぷりリアルのイケメンの顔も拝めるわね」
フンと鼻を鳴らしてこっちをチラ見する澪。
「えっ! マジで!? あぁ、もーやだぁっ!!」
そう、文化祭実行委員の私と澪は今日からしばらく夏休みだっていうのに文化祭準備で登校なのだ。
今日はそのメンバーの顔合わせ。
昨日のお祭りの余韻に浸ることも出来ず。
これからしばらくあの小川くんと一緒に時間を過ごすかと思うとどっと疲れが噴き出てくる。
私は重い腰を上げて澪に背中を押されながら、これからの毎日を案じつつ会議室へと向かった。




