19.ペアの相手は譲れない。
明後日は蛭崎音頭の振り付けを小川くんと一緒に体育館で指導する事になっている。
クラスの違う私達は顔を合わせることもなく、自分の踊りをひたすらビデオを見てとりあえず覚えていた。
(練習一緒にしようなんて、この前のこともあるし簡単に言えないよなぁ)
二人きりになる恥ずかしさはもちろんあるけど、このまま全く練習しないでステージ上に上がる事がとても不安だった。
それに、まだ澪にもこの事をちゃんと話していない。
「芽衣、今度の蛭崎音頭の練習、小川くんとお手本になるんだって??」
そんな事を考えていたときに、澪に異様なハイテンションで声をかけられ、私は固まった。
「な、なんで知ってるの?!」
誰にも言ってなかったのに……
「何言ってるのよ、もう学校中の噂になってるよ? 小川くんと一緒に踊る子って2年の上野さんなんでしょって」
そんな事になってたなんて……
それにしてもプククと笑っているのはどういう意味なんだろう?
一番ショックなのは澪じゃないの?
「澪、……ごめんね」
今の私にはこれしか言えないよ。
「は? 何が??」
全く意味不明、そんな顔をして私を見る。
「ほら、小川くんと踊る事……」
「何? 恥ずかしがってんの? 今更」
クスクス笑いながら私の正面の席に座る。
「いや、そうじゃなくて……」
「あ、そうそう、言ってなかったんだけど、私と勇吾も一緒に指導する事になったのよー! 二人だけじゃ全員の目に届かないかもしれないからって、市倉委員長がさ」
全く嬉しそうな顔して……
「なんなら交代しようか? ……ペア」
本来なら、それが自然なんだよね……
「え、なんで?!」
澪が机をバンと叩いて立ち上がる。
「え? なんで……?」
逆に『何で?』そんなはてなが頭の上に浮かび上がる。
「……芽衣が好きなのって……本当は誰?」
「………」
言えない。
言えるわけがない。
自分にすらまだ認められていないこの気持ち……
「ねぇ、もういい加減素直になりなよ!」
珍しく澪が本気で怒っているのは、真剣な目を見ればすぐに分かった。
「……ごめん、ごめんね」
「……こっちこそ……強く言ってごめん」
気まずい空気が私たちの間を冷たく流れていく。
「ちゃんと、自分の気持ち決着つけるから……もう少し時間ちょうだい?」
本当にごめんね、澪。
「……うん。私も感情的になっちゃてごめん。もう、席に戻るね」
一生懸命笑っているようだった。
澪にあんな顔をさせてしまった自分に苛立つ。
どうしたらいいの……?
◇◆◇◆
蛭崎音頭、練習当日。
昼休みから、午後の踊りの練習のことで学校中話題は持ちきりなのは空気で分かった。
私とすれ違う度に女子生徒達の視線が突き刺さる。
「有名人とペアで踊るって、結構神経すり減らされるね」
澪が隣で私の背中をさすってくれる。
「あぁ、こんな騒ぎになるなんて想像もしなかったよ。ホント小川くんって人気者だったんだね」
改めて、とんでもない人と私は夏休みずっと二人の時間を過ごせた贅沢さを実感する。
「そりゃあそうだよね。あれだけイケメンなのに彼女作らないし、頭もいいし、優しいし……。なんでなんでしょうね!」
私を謎にじっと見つめる。
でも良く考えてみれば確かにそうだ。
何で彼女作らないんだろう?
私にふざけてちょっかいなんて出してないで本気で恋愛と向き合えば、可愛い彼女なんていくらでも作れるはずなのに。
それがまんまとできないでいる私に、言えたものではないけれど……
ひんやりとした体育館の舞台裏に辿り着くと、小川くんと勇吾が微妙な距離を置いて私たちを待っていた。
勇吾には、なんなんとなく避けられているような気がしていて、面と向かって話すのは映画館の告白以来だ。
澪は小川くんに声をかけられて、少し離れた場所で何が会話をしている。
取り残された私と勇吾は気まずい空気が流れながらも、ぎこちなく向き合った。
「久しぶりだね、元気だった?」
こんなありきたりな事しか言えない私。
「あぁ、そっちは?」
「うん、まあまあ元気だったよ」
元気って言うか……心は今でも寝込む寸前なんだけどね。
「今日、小川とペア組むんだろ?」
「うん」
勇吾の気持ちを知っているだけに、これ以上言葉が出てこない。
「あのさ……ペア、俺と交換しない?」
澪と小川くんに聞こえないように、勇吾がこっそり耳打ちしてくる。
「……え?」
澪の気持ちを考えれば……
きっとそうする事が正解なのかもしれない。
小川くんとの事で頭がいっぱいだったから、正直勇吾の事を全く考えてられていなかった。
せっかく勇気を出して私に告白をしてくれたのに……最低だな、私。
「澪と小川、結構仲良いじゃん? ほら、ペア交換したからってこの前の返事の答えだなんて俺は思わないし……芽衣さえ嫌じゃなかったら、どう?」
迷うことなんてないじゃない。
私はあれだけ小川くんの事が嫌いだったんだから。
自分の都合ばっかり考えたって許されるわけがない。
今更もう……遅いのよ。
「……分かった。いいよ」
「マジで?! すげー嬉しい!!」
急に大声を上げた勇吾に驚き、澪と少し離れたところで話していた小川くんと澪が近づいてきた。
「何? どうしたの?」
「芽衣は、俺とペア組む事になったから」
私の腕を勇吾がグッと引き寄せる。
「……どう言う事? 上野さんは俺とペアでしょ?」
小川くんは珍しく引きつった顔で勇吾を睨みつける。
「芽衣が交代してもいいって言ってくれたからさ」
勇吾は勝ち誇ったように私の手を握りしめた。
「俺はいいって言ってない」
小川くんが勇吾から私を切り離すように抱き寄せる。
「ちょっと、小川くん!」
そう叫んだ私の目に悲しげに俯いた澪の顔が映った。
「いくぞ!!」
小川くんは強引に私の腕を掴んでまだ誰も観客のいない舞台の上にあがっていく。
「小川くん! いいんだよ! 私は勇吾とで!!」
「いいわけないだろ! 芽衣は良くても俺は嫌だ!!」
『芽衣』……?
どう言う事……?
急に呼び捨てするなんて……
次々と移り変わっていく状況に頭が追いついていかない。
言った後ハッとした表情のまま小川くんは動かない。
バシャ!!
突然冷たいしぶきが私の腕にかかったと思ったら、びしょ濡れになった小川くんの姿が目の前に飛び込んできた。
「やだっ!! なんで!?」
振り返ると勇吾が蓋の空いたペットボトルのお茶を片手に顔を真っ赤にして睨んでいる。
「芽衣が嫌がってんだろ! いい加減にしろよ!!」
「待って、勇吾! 私別に嫌がってたわけじゃなくて……!」
そんな私の言葉を振り切るように勇吾が小川くんに飛びかかろうとする。
「待って!! 勇吾!!」
澪が必死で止める。
「芽衣、小川くんの着替え手伝ってあげて!! 時間ないし! ここは大丈夫だから」
澪が勇吾を懸命に宥めながら私に叫ぶ。
そろそろみんなが体育館に集合してくる時間……
「うん、ごめんね澪! とりあえず急いで行ってくる」
私はびしょ濡れになった小川くんの手を取り走り出した。




