17.雨と二人。
「思ったより遅くならなかったな」
プログラムも予想以上の評価をもらって何の異議も出ることなく、サクッと決まってしまった。
曇ってはいるものの、まだかろうじて外は明るい。
「よかった。これならまだ安心して帰れそう」
思わず心の声が外に出てしまう。
「送って行こうか?」
遠慮がちに小川くんはそう言ってくれるけど……
これ以上彼の存在を近くに感じてしまったら、もう本当に引き返せないくなりそうな気がして『ううん』と首を横に振った。
今日の成果を讃えあいながら二人で昇降口に辿り着き外を見上げると、どうも雲行きが怪しい。
遠くの方では真っ黒な空が不穏に広がっていた。
「ひと雨来そうだな……」
まだ音は小さいものの、ゴロゴロと鈍い重低音が聞こえ始めてる。
「どうしよう、傘持ってきてないよ……」
その途端ピカッと光り、稲妻が地面叩き割るような大音量で鳴り響いた。
「こりゃ、駅までもたないな」
そう言って小川くんは耳を塞いで固まっている私をチラリと見遣り、目の前に折り畳み傘を『ん』と差し出した。
「え? 二本持ってるの?」
当たり前のように私に使えと押し付けるから、つい聞いてしまう。
「まぁな」
ポリポリ頭を掻いて目を合わせない。
その様子を見て、明らかに傘は一つしかないと確信した。
「……これしかないんでしょ? 借りれないよ、絶対!」
私は小川くんの手に傘を『ハイ』と突き返す。
「俺は別に大丈夫だよ、足速いし」
またその返された傘を私の前に差し出すような終わりの見えないやり取りが続く。
「そういう問題じゃないでしょ? 濡れちゃうじゃない! 文化祭前に風邪でもひかれたら私責任取れないから」
自分でも可愛げのない事を言っているって分かってる。
でも、これは絶対借りられない。
「いいから! じゃあな」
突然傘を私の足元に置いて駆け出した。
「ちょ、ちょっと、待ってよ! じゃあ……もう、分かったから……一緒に帰ろう?」
どうすることもできなくて、咄嗟にそう叫んだ途端、ピタッと小川くんの足が止まる。
クルッとこちらを振り向いた。
「いいんだよ、無理すんな!」
「もうっ……!! 別に大丈夫って言ってるでしょ!」
私は小川くんの方に閉じた傘を持って走り出す。
ポツポツと大粒の雨が頬に落ちてきた。
「ほら、降ってきたし入って! 一緒に帰ろ」
雨に煽られるよう急いで傘を開き、小川くんの上にかざす。
「………」
小川くんは黙って私の握っていた傘をそっと手に取った。
逆に濡れないように高いところからこちらに向かってさしてくれている。
バタバタと次第に大きな音を立てながら雨が地面に打ち付けられる様を、目のやり場に困った私は眺めるフリをした。
じっと動く気配のない小川くんの事が気になり始め、目線を上げると彼の右肩に雨が当たっていた。
「濡れちゃうよ、肩」
私は慌てて傘を小川くんの方に強引に傾けた。
「俺は大丈夫だよ」
それでもまた傘は私の方に戻って来てしまう。
そんな取り止めのないやりとりを気にかけるはずもない雨粒達は、どんどんと粒を大きくしてバチバチと傘を打ち付けては流れ落ちていく。
「大丈夫なんかじゃないでしょ……?」
私はどちらも濡れないように小川くんに控えめに寄り添った。
半袖のシャツから出た腕が彼の肘にコツンと触れる。
「この位近ければ……二人とも濡れないから」
心臓の音が傘に落ちる雨音より大きくなっていないか心配になる位……
手すら繋ぐことはないけれど、微かに肌が触れ合う程に近づいた。
「上野さん……」
柔らかく降りかかってくる小川くんの声が、至近距離で私の耳を擽ると、言いようのない幸福感に包まれた。
……どうしよう、離れたくない。
こんなにこの場所が居心地よかったら、私……
「……行こ?」
キスした時よりも今の距離感のほうが小川くんを近くに感じてしまうのは何故だろう?
何を会話することもなく、私達はゆっくりと寄り添い駅に向かって歩き出した。
ただただ、貴方が雨に打たれる事のないように……




