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15.想いが届いたらいいのに。

「勇吾、ちょっといい?」

「なんだ、澪か。どうした?」


 二学期が始まって勇吾が芽衣を異様に避けている事は分かっていた。

 あんまりにも気まずい雰囲気を見ていられなくて、一度ちゃんと話そうと思ってはいたんだけど……


 勇吾と私は文化祭の出店の衛生管理係になっていて、各クラスや部活に注意事項の資料を配布する事を夏休み中に頼まれていたのにまんまと忘れていて、話をするいい機会だし一緒に行こうと声をかけてみた。


 食べ物の屋台を出すクラスのリストを片手に二人で廊下を歩き出す。

 なかなか言葉がかけられなくて、無言の時間が続いた。


「心配すんなよ。この前のことだろ?」

 勇吾が私の気持ちを察してか口を開く。

「心配しない訳ないでしょ? ……友達なんだから」


 そう、友達。

 自分で口に出してうんざりする。

 どれだけ願っても私たちは、その友達という枠から出ることは出来ない。


「やっぱ好きだったんだね、芽衣の事」

「……あぁ」


 こんな時いつもの勇吾なら『うっせーなぁ』とかクシャって笑いながらこっちを見るのに、今日はまっすぐ前を見たまま視線が動かない。


「芽衣の……どこが好きなの?」

 私にはきっとない芽衣の良いところ……

 勇吾の目にはどんな風に芽衣は映ってるんだろう?


「なんだよ。んな事恥ずかしくて言えるかよ」

 そんなにほっぺた紅くしちゃって。

 ……らしくないな。


「いいじゃない、一個くらい教えてよ」

 知ったってどうにもならないのは分かってるけど、聞かずにはいられないんだ。


「……まぁ、一言で言うと……聡明なところ?」

「……聡明……? なんか、難しいね」


 私には縁遠そうな言葉だな。


「芽衣はなんか抜けてそうな雰囲気醸し出しながらも色々知識もあるだろ? それだけじゃなくて絵の才能もあったり尊敬できるとこがたくさんある。それに何より身近な人間を自分の事みたいに大切に出来るだろ? 俺はそう言うのが苦手だし、結構陰険な性格だから……憧れてんのかな」


 勇吾の目にはそうんな風に芽衣が映ってたんだ……

 確かに芽衣は勉強もできるし、絵も上手い。

 誰も知らないような雑学を知ってたり、一緒にいて飽きることなんてないもんなぁ。


「私は勇吾の事陰険だなんて思わないよ。なんにでも真っ直ぐなだけでしょ? そういうブレないところ、私は好きだけどな」

 こういう『好き』はいくらでも言えるのに。

 そう言われて照れた顔をしている勇吾も好き。


「じゃあ、私は? 恋愛の好きじゃなくったって一つくらい、いいなって思うところあるでしょ?」

 ノリに任せて思わず聞いてしまったけど。

 何もない……なんて言われたらどうしよう……


「うーん、一個っていうかいっぱいあるよ。こうやって俺に気を遣ってくれる優しいところとか、ちゃんとビシッと本音をで話してくれるところとかな」

 そんな風にまた優しく笑いかけてくれる勇吾の事を諦めるなんて、結局私には簡単にはできっこない。


「……私、本当の本音は勇吾には出せてないよ」

「本当の本音? なんだそれ?」

 ハハっと笑った。


「絶対教えないよーだ! ……勇吾は笑った方がイケメンだよ? 暗いと顔怖い」

 ベーッと舌をだした。

 呆れた顔しながらだって、勇吾にはそうやってもっともっと笑っていて欲しい。

 それがたとえ私に向けられたものでなくても。


「イケメン……だったらなぁ、俺も」

 はぁ、とため息をついた。


「イケメンだよ、少なくとも私の目にはそう映ってる」

 勇吾の顔がぶわっと紅くなる。

 それに釣られて私も頭から湯気がでそうになる。


「澪がそう言ってくれたから、まぁいっか」

「……そういう事にしとこ!」


 ちょっとだけごまかしたけど、嘘なんかじゃないよ。

 ……好き。

 勇吾の事が大好き。



 伝えることすらできなんて……辛いよ。


 ◇◆◇◆



「あの、久保さんいますか?」

 放課後珍しく私を指名して拓人……小川くんが訪ねてきた。

 相変わらずじーっと刺さるクラスの女子の視線が痛いって!


「どうかした? 芽衣なら今職員室に行ってるけど」

 もう、ここで話しかけんの勘弁してよ、教室中が聞き耳立てて急に静かになっちゃってるじゃない!


「今日は久保さんに聞いてもらいたい事があって。付き合ってもらってもいいかな」

 切羽詰まった表情からは、おそらく何かあったんだろうとすぐに分かった。

 私はキョロキョロと周りを気にしながら拓人を廊下へ押しやる。


「10分くらいなら」

 こそっと拓人の耳に向かって伝えた。

 コクリと頷き私達はそそくさと普段は立ち入り禁止で誰もいなそうな屋上へと向かう。



 屋上の扉を開けて、やっと息ができた気がした。


「はぁ〜! ねぇ、あんなみんなの前で気軽に声かけないでよー。誤解されちゃうじゃん!」

「そんな声かけたくらいで噂になるかな? でもごめん」

 府に落ちない顔で頭をポリポリ掻いてるけど……


「全く、そういう所、もっと気をつけた方がいいよ? 小川くんが拓人だって分かってからはモテてる自覚あんまないのも納得いったけど、周りは昔の拓人の事も何にも知らなくてただのイケメンだーって風にしか目に映ってないんだからさ」

「……どういう事?」

 キョトンとした顔で本当に分かっていないらしい。


「だから、モテてる男がたやすくいろんな女の子に声をかけたら誤解が生まれるって事よ。さっきのウチの教室の空気分かんなかった?」

「ごめん、全然分かんねー……」


 はぁ、もういいや。


「で、どうかしたの? 急に呼び出すなんて」

「実はさ……なんかもう、俺ダメかもしれない」

 今にも泣きそうな目をして俯いているけど……


 ここからだ。

 私の拓人に対するイメージがとんでもなく変わったのは。



「キス?! 何で?! どうして? ってか聞いてないよっ、そんな話!!」

 だってなんて言うか……あんだけ嫌われてる芽衣によくキスできたな……


「抑え効かなくなっちゃってさ……。菅原の事好きな久保さんにこんな話するの失礼だとは思ってるんだけど、俺アイツに芽衣の事で宣戦布告されててさ。映画行く前までは、少し俺に心開いてくれなのかなって感じてたのに、帰ったらアイツと映画に行くのかって思ったら焦っちまって……」


「焦っちゃって……? ……つい?」

「……そう、つい」


 おいおい、ついじゃないでしょっ!!

 女の子にとってキスなんて一大イベントだよ!?


「……それで?」

 とりあえず、最後まで話をきこう……


「それで……謝ろうと思って連絡したんだけど返事来なくてさ。結局新学期、いざ芽衣の事目の前にしたら頭真っ白になっちゃって。嫌われたくなくて昔好きだった女の子に見えてキスしたなんて変な言い訳言ってしまって……」


「はぁ……。もういい。大体分かった。で、芽衣はなんて?」

「事故だったって。気にしてないって」

 今にも死にそうな顔して……


「ね、とりあえず事情は分かった。あとは私が思う事だからあくまでも予想だけど聞いてくれる?」

 そんな仔犬のようなすがりつく目で私を見ないでよ……


「芽衣はさ、拓人の事別に嫌いじゃないと思うよ? それは最近のあの子見ててずっと思ってた事」

「……そうかな?」

 絶望の縁に立たされてフラフラしてる拓人の目にほんの少し光が見えた気がした。


「そもそも、キスした時嫌がらなかったんでしょ?」

「まぁ……意外と自然だったように俺は思ってたけど……。でもその後はもうその場にいるのが嫌だって伝わるくらいの勢いで帰っていったし」


 突然の事だもんね。

 私だってもし勇吾にそのシチュエーションでキスされたらびっくりして逃げ出すかもしれない。


「嫌いな人に無理やりキスされたら……、私だったら突き飛ばしたり、やめてって叫んだり、もっと拒絶すると思うのよ」

 顎に手を当て考え事をしている拓人。

 こうして見ても見惚れちゃうくらいイケメンになったなぁ……


「芽衣はさ、素直になれてないだけだと思うんだ。ほら、中1の時の事も相当引き摺ってたんだよ? 拓人は知らないだろうけど」

「そう……なんだ」

 口元の締まりが悪くなってるぞ?

 ほんっと分かりやすいなぁ。


「芽衣の口から聞いたわけじゃないから、あくまでも私の直感ね。拓人は、もう大嫌いな小川くんじゃなくて、ちゃんと一人の男の子として芽衣の目には映ってるって思うよ」


「それっていい意味で……?」


 何をどう言ってあげたらいいのかわ私にも分からない。

 でも、きっと芽衣は……

 私の読みは間違いないと思う。


「そろそろ自分の事芽衣にカミングアウトしてみてもいいんじゃないかな……? それで拓人が砕け散ったら、私も勇吾に告白するよ。私は玉砕確定だから拓人がフラれたときは痛みを分かち合あえるじゃない」


 あんなに自分の殻に閉じこもりがちだった拓人の内側がちょっとだけ見えた気がした。

 寡黙で知的なイメージしかなかったけど、本当は、単純で、純粋で、思考が小学生みたいなとこがあって。

 芽衣はきっと中1の頃からそんな拓人もいたんだって事に気付いてたんだろうな。


「……そうだな……。そろそろちゃんと決着つけるか……」

 急に大きく伸びをして空を見る。


「拓人はさ、もっと自信持っていいと思うよ。ホント、かっこよくなったから」

 こんな事しか私は言えないけど。

 あの頃の拓人を思うと、ここまで変わるのによっぽど努力をして、勇気を振り絞ったに違いない。


「ありがとな。久保さん」

 そうやって自然な表情の拓人をもっと芽衣に見せてあげて欲しい。

 もしかしたら自分で『佐藤拓人』だってカミングアウトしなくったって、芽衣がまだ拓人の事を好きなら、もう薄々は気付き始めているかもしれない。


「お互い頑張ろ!」

「あぁ! ありがとな」


 拓人はスッキリとした顔で、私と硬い握手を交わしお互いの勝利を切に祈った。



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