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13.記憶の中の拓人

 あれは中学校一年生の四月。

 教室の窓から桜の花びらがハラハラと舞い落ちる様子をずっと眺めていた。


 特に変わりない小学校からの顔ぶれの中、みんなが大きめの制服に身を包んでよそよそしくしている空気が何だか落ち着かない。


 外を眺めていた窓側の席から右隣を見てみると、まだ主の来ない机がポツンと佇んでいる。

(どんな子が来るんだろう?)

 ほんの少しワクワクしながら待っていたけど、予鈴がなってもまだ現れない。


 先に先生が教室に入ってきた。

(入学式の日からお休みなのかな?)

 そんな事を思いながらボーッと先生の話を聞いていた記憶がある。


 教室の後ろの扉がスーッと開いた。

 みんなの視線を一気に浴びながらも動じず静かに私の隣の席に着く。


「佐藤、終わったのか?」

 先生は心配そうにその男の子を見た。


「はい」

 前髪が長くて表情は分からないけどスッキリした口元からは白い歯がキラリとみえた。


 どうやらこの辺の小学校の子ではないらしく、入学手続きの際に間に合わなかった事務処理を式の後ご両親と済ませていたらしい。 


 誰も知ってる人がいないんだとしたら寂しいだろうな……

 案の定休み時間も一人で本をずっと読んでいた。


(新しい環境で友達作りも大変だよね)

 せっかく席も隣だし、こういう時は話しかけてあげた方がいいかなと思いつつも、重たい前髪で表情が全く分からずどうしても勇気が出せなかった。


 最後のオリエンテーションを終えて周りが友達作りに励んでいる中、まだ相変わらず隣の佐藤くんは誰とも会話することなく本に夢中になっている。


 横からそっと寝ているフリをして観察してみるとキュッと締まった口元がふにゃりと緩む。

(笑うこともあるんだ……)

 急に人間味のある所を見せられてドキリとした。

 もしかしたらこの時すでに拓人の事を特別な存在だと思っていたのかもしれない。


 もちろん本の話の中の何処かに面白いところがあったんだろうけど、彼がどんな事で笑顔を見せる人なのか興味が湧き、そこからどんな人なのか気になって仕方がなくなった。


 私は机に伏せたまま横から人差し指でトントンと彼の机を叩いて覗き込んだ。

 ビクリと肩が動いて動きが止まる。


「私、上野芽衣っていうの。よろしくね」

 思い切って声をかけた。


(あなたの事が知りたい……)

 初めて芽生えた異性への興味に自分でもふわふわとした変な擽ったさを覚えた。


 最初のうちは全く表情を変えず、私のいくつかの質問に淡々と答えてくれていたけど、拓人が私のお父さんのファンだって知ってからは急激に私たちの距離は縮まっていき、私の家に毎日の様み遊びに来るくらい仲良くなった。



 拓人はウチに来ると必ずお父さんの仕事部屋に挨拶をしに行っていた。

 仕事中はどれだけ声をかけてもニコッと笑うだけで相手にしてくれない人だったのに、拓人の質問だけは手を止めて丁寧に返していたし、何よりもとても楽しそうにお互い話していた。


 難しい話ばっかりで、私には全く入り込む隙間がなくて、よく二人の会話が終わるまで仕事場の隅っこで不貞腐れながら漫画を読んでたっけ。


 話が終わっても彼はウチにいる間殆ど本を読んでいたし、何をするわけでもなかったんだけどただ一緒に時間を過ごせるだけでも、あの頃の私は満足してた。


 お母さんの作ってくれたケーキやクッキーを美味しいねっていって笑いあったり、私が書いたイラストに彼が台詞をつけて遊んだり……


 読書以外の遊びと言えば、推理物が好きだった拓人は私に暗号を作って宝探しを仕掛けてきたのを覚えてる。

 いつもその暗号が解けなくて、お父さんに助けを求めに行ったけ。



 とにかく何をするにも拓人と一緒だと楽しくて……

 あぁ、幸せってこういう時間なのかなって、中1の子供ながらに浸ってしまう位。



 そんな毎日がずっと続いて行く、そう信じて疑うことなどあるはずもなく。

 突然次の日には終わりが来るなんて……誰が想像できただろう?



 拓人とお別れをした前日。

 いつも通りウチに来て宝探しをして遊んでいた。


 いつもだったら暗号が書いてある紙を直接渡されてそれをヒントに探し始めるのに、その日は『お父さんの書庫にヒントを隠したら探して』って言われて……

 いつもサラッと暗号を作るのに、あの日はとても時間がかかっていて、探す時間がほとんどないまま帰る時間になってしまった。


「僕が居なくなったらゆっくり探して」

 拓人は最後にそう言って微笑んでた。


 その時は明日で最後だなんて思っても見なかった。

 あの後探せど探せどどうしても見つからなくて、次に遊びにきた時に隠し場所を教えてもらおうなんて呑気に思っていたのに。


 あの日最後に私に言った言葉の意味に気づいた時には、もう二度と私の家に来ることはなかった。


 それから私はその暗号を来る日も来る日も探した。

 お父さんにも何か知らないかと問い詰めたけど『知らん』そう寂しそうに呟くばかり。


 結局どうしても見つからないまま、学校生活も忙しくなり、いつの間にか忘れてしまっていたけど……

 一体拓人は何を宝物にして隠したんだろう……?


 ◇◆◇◆


 懐かしい記憶をベットの上で辿っていた。


(拓人の事……やっぱり好きだったのかな)

『恋愛』なんて当時まだ子供同然だった私には、漠然とし過ぎていてその意味すら理解していなかったのかもしれない。


(宝物……探してみようかな)

 寄り添っているだけで温かい空気が流れて心地よかった時間は、今でも昨日のことの様に鮮明に記憶に残っている。


「温泉かぁ……」

 お母さんの言葉を思い出してあの頃の私に当てはめると……しっくり行く気がした。


 もう一度拓人に逢えたら……

 もしかして私の今の心のモヤモヤは消えるんだろうか?


 いや……高2の拓人……想像出来ないよ。


『ポン』

 LINEの通知音が鳴る。


(小川くん……?!)


 私は飛び起きてスマホを手に取った。

 彼の名前を確認して、連絡を待ち焦がれていた様な自分にだんだん誤魔化しが効かなくなる。


『今日はいきなりゴメン。ちゃんと話がしたい』


 私はスマホを手に取ったまま一文字も打ち進めることができない。

(ゴメンって……好きじゃないのにキスしたから?)

 押し潰されそうな胸の痛みに耐えきれず、涙が溢れ落ちていた。


 これはなんの涙……?

 ぼやけた視界の中手の甲に落ちた涙の粒を見つめる。


 どう返信すればいいのか……

 スマホを持ったままどれだけ時間が経っただろう。

 手に振動を感じて画面に目をやると『おやすみ』そう一言メッセージが届いていた。


 結局……その夜返信出来なかった。




 その後の新学期までの4日間。

 あれだけ毎日来てた小川くんからの連絡が全く無くなった。


 実行委員で毎日顔を合わせる様になって、毎朝毎晩LINEが来て。

 いつの間にか私の頭の中には小川くんがいない時がないくらい、彼の存在は私の中にしっかりと居場所ができていた。


 何をどう考えてもたどり着く答えから逃げられない。

 澪の事を考えるとその答えはなんとか回避しなきゃ行けないと思えば思うほど無気力になり、横になっている時間が多くなった。

 いつもどうやって時間を過ごしてきたのか……


 明日は新学期。

 ……どうしよう……





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