10.同じ悩みを持つ者同士。
これは現地で待ち合わせをして芽衣と勇吾を待っていた30分位前の出来事。
私は用事を済ませて一足先に映画館の前で時間を潰していた。
沢山の人達が行き交う中、コソコソしている割には存在を隠しきれていない、明らかに不審な男の子が隣に立っている。
よく見ると同じ学校の制服を着ていたので、背丈のある頭のてっぺんから足の先まで、どこの誰なんだと目で追う。
一往復して見覚えのある口元と鼻筋に視線が留まった。
「あれ? 小川くん?」
サングラスをかけてるけど、きっと間違いない。
「い、いえ、違います」
私に見られるのが嫌なのか必死に後ろを向いて顔を隠している。
「違くないでしょ? どうしたの、こんなところで」
私はトドメを刺す様に彼の正面に回り込んだ。
小川くんは観念した様に恐る恐るこっちを見る。
「ぐ、偶然だね、久保さん。俺も見たい映画あって……」
小さい声で全く私と目を合わせない。
なんかこんな感じの子昔同じクラスにいたっけ。
小川くんを見ていたらタイムスリップした感覚に陥り、中1の頃が懐かしく思えた。
それにしてもその格好で見たい映画……?
よく言うわ。
「本当は芽衣に逢いに来たんじゃない?」
大きな身体で小さく肩をピクッと上げる。
小川くんの行動は本当にいつも笑っちゃう程分かりやすい。
「そんな事……。あ、俺用事思い出したから帰んないと!!」
今にもここから立ち去ろうと私に背を向けた時、いい加減、芽衣に対する本心を聞いてやらなきゃと彼の腕をグンと捕まえた。
「逃げないで、小川クン。もうさ、そろそろ本当の事教えてくれてもいいんじゃない? 隠してたって流石の私も薄々勘付いてるわよ」
彼にじりじりとにじり寄った。
それでも腕を大きく振り解こうとするから、大声で言ってやったの。
「芽衣の事好きなんでしょ??」
「ちょっと!! 声大きいって!!」
慌ててしーっと口の前に人差し指を立てている。
「もう見え見えなのよ。どうせ、芽衣から今日映画に行く話聞いて様子見にきたんじゃないの? 勇吾、たぶん芽衣の事好きだからね」
どんだけ目を丸くしてんのよ?
サングラス越しでも分かるわよ。
「……っくく」
あんまりにもびっくりした小川くんのリアクションが面白すぎて笑いが止まらない。
あたふたと目の前で蠢いている彼を見ていると、自分も勇吾への気持ちにこんな風に素直になれたらどんなに楽かと思ったりする。
私は……一体いつまで勇吾に片想いをしてればいいんだろう?
「頼む!! 芽衣には言わないでくれっ!」
これだけのイケメンが私に両手を合わせて懇願する姿も見ものだったが、急に『芽衣』と下の名前を呼び捨てにした所には違和感を感じた。
「……今『芽衣』って読んだよね? 何? 二人は夏休み中にそんなに仲良くなったの?」
下を向いてる小川クンを覗き込む。
「……あのさ……。久保さん、絶対芽衣には言わないんで欲しいんだけど……。中1の時の佐藤拓人って覚えてる?」
「佐藤……? 拓人!?」
本当に驚いた。
サングラスを外してこっちを向いた彼の顔をじっと見ていると、目こそよく覚えていないが、スッと通った鼻筋や、芸能人ばりに真っ白で綺麗に並んだ歯……。広角の上がった優しい印象の口元も中1の頃に確かによく芽衣の家で一緒に遊んだ拓人の面影が垣間見えた。
「嘘でしょ?! 別人じゃない……! 声も違うし……」
懐かしい様な、騙されている様な……
「声は変声期で当然変わるし、流石に俺だって少しは成長するんだよ」
まぁ、そうか。
もう私たちの前から居なくなって四年も経つんだもんね。
「ずっと芽衣に片想いしててさ。どうしてももう一度逢いたくて、ほら、あの頃蛭崎高校受けるって芽衣言ってただろ? 一か八かで俺もここ受けてさ。やっと彼女を見つけて、ちゃんと気持ち伝えようって思ってたのに、どうしてか嫌われすぎて、そんな感じじゃなくなっちゃって」
肩を落として悲しく自虐的に笑う。
「俺あの頃根暗でさ、印象最悪だっただろ? そういうのを出来るだけ取っ払って、次に芽衣に会ったときは一瞬で好きになってもらえる位になるよう、頑張っては来たんだけど……」
そう声を詰まらせた。
中1の頃も、拓人と芽衣の様子を見ていて、なんとなく二人は好き同士なんじゃないかなって感じてはいたんだ。
背中を押してあげようと、私も拓人に声をかけて、芽衣と三人で遊ぶ機会を増やせればなんてお節介な事をしてみたりしてたなぁ……(半分は興味本位だけど)
でも、思っていた以上に二人はグングン距離を縮めて私が拓人に妬きもち焼いちゃうくらい、ずっと芽衣と一緒にくっついて居たのに、ある日突然転校しちゃって……
その後の芽衣……見てらんなかったんだから!!
「……とにかく分かった。もうすぐ芽衣達来ちゃうし、時間がないから細かいことは後でちゃんと聞かせてよ? 拓人……いや、小川くんがここに来た訳は……勇吾がいるから……で、間違いないわね?」
コクリと拓人が素直に頷いた。
勇吾が芽衣を好きなのは直接本人から『芽衣の事が好きだ』と打ち明けられた訳じゃないけど、暗黙の了解だったと言うか……
幼稚園から一緒の勇吾とは、私にとって親友でもあるし幼馴染でもあるし、言葉なんかにしなくても、不器用で屈折してるアイツの考えてることなんて大体お見通し。
そして薄々気付いていた拓人の芽衣に対する気持ちも、拓人と勇吾が何だかいつも険悪なオーラを出していた理由も今ようやく確固たるものになって納得できてきた。
「よし! 二人の事迎えに行こう? 私はね、芽衣も勇吾の事好きになっちゃったら……勇吾の事ちゃんと諦めようって思ってた。でもやっぱり、気持ちも伝えずに終わらせちゃ駄目だよね」
拓人の揺らぐ事なく今でも真っ直ぐに芽衣に向けられていた想い。
私の勇吾に対する『好き』な気持ちなんて全然負けちゃうけど、拓人を見ててやっぱり気持ちも伝えないで諦めるのは嫌だって気がつけた。
「久保さん、アイツの事好きだったんだ……。ごめん、俺、全然気づかなかった」
拓人の瞳の奥には私への心配する色が見える。
きっと今の私の気持ち、彼が一番よく分かってくれているのかもしれない。
「ねぇ、片想い同士、頑張ろう? 私、協力するからさ!」
何か同じ悩みを持つ仲間ができた気持ちになって嬉しかった。
「ありがとう。本当の俺の気持ち知っててくれるのって市倉先輩だけだったからさ」
安心した様にニッコリと笑った。
「市倉先輩は知ってたんだ。今思えば……なんか色々おかしかったもんね」
なるほど、実行委員の係りの割り振りには、裏でカラクリがあったのね。
全然気づかなかったなぁ。
「とにかく、今日は私に任せて!!」
小川くんは力強く頷いて『ありがとう』そう微笑んで私の後を追い、二人を探し始めた。
◇◆◇◆
映画館に着くまで10分くらいの距離。
前を歩く勇吾と小川くんは一言も口を聞く様子がない。
「ねぇ澪! 一体どういうことなの??」
彼女にだけ聞こえる小さな声で問い詰める。
「どうって……小川クンにたまたま会ったから誘っただけだけど? 男女の人数合わせた方がいいじゃない」
何言ってるのよぅ!
もう何年も三人でつるんでたじゃない。
今更そんな気遣い要らないよ!
言いたいことはいっぱいあったけど、小川くんに聞こえないか気になって懸命に言葉を呑み込む。
「イケメンアイドル好きの芽衣が、リアルなイケメンの良さに気付けるかもしれないじゃない? こういう機会でもないと、芽衣はすぐアイドルに逃げるでしょ?」
澪はフンと鼻を鳴らす。
「でもさ、今日はさぁ、タイミング的に色々最悪な日なのよ……。映画終わったら澪に話したい事いっぱいあったの! なのにこれじゃ言いたいことも言えないじゃない……」
どうにも動けない状況で唇を噛み締める。
「ごめん、やっぱ俺邪魔かな?」
急に小川くんが立ち止まってすまなそうに言った。
「ううん、大丈夫! 気にしないで」
すかさず澪が小川くんの背を押した。
こちらに後ろ髪ひかれる様にまた前を向いて歩き出す。
「……ねぇ、澪はいつからそんなに小川くんと仲良くなったのよ?」
微妙に近くなってる澪と小川くんの距離感が変に気になった。
「えと……最近かな? 芽衣の思ってる様な嫌なやつじゃないよ? だから安心して一緒に映画行こ!」
ほんの少し胸がザワザワした。
(澪と小川くんが仲良くなっていたから……?)
でもそうだったとしても私には関係ない事じゃない。
(……澪は私に小川くんを勧めてくる位なんだから恋愛感情はないのかな?)
……っていうかそれもどうでもいい事じゃない!!
どうしちゃったの私?
小川くんにキスされて、頭がおかしくなっちゃったの……!?




