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1.夏祭りの夜、狐のお面の男の子が現れた。

「ちょっと、やめてっ!!」


 突然現れた黒い影に押し倒され両手を強く地面に押さえつけられる。

 はだけた浴衣を必死に直そうともがくけど、とても太刀打ちできる相手じゃない。


「嫌っ……!!」

 近づいてくる大きな男の顔が気持ち悪くて、必死で首を大きく振る。


(もうダメだっ……)

 最後の力を振り絞ってもびくともしない自分の両手に絶望し、目蓋を閉じようとした時だった。


 ガツッ!!


 鈍い音とほぼ同時に私に被さっていた大きな男は『うぅ』と呻き声を上げ、のたうち回る。


「ほら、早く!!」

 別の大きな手に捕まれ勢いよく起こされた私は、藁をも掴む思いで、その手の主に必死でついていく。


 後ろの暗闇から物凄い形相で追いかけてくる大男の存在には気づいていたけど、草履の中に小さな石ころが入り込んで上手く走れない。


「あっ」

 小石の痛みに耐えられず、もつれた両足は、ほんの少し盛り上がった土に引っかかり、いとも簡単に私の身体は地面に打ち付けられた。


「おい、大丈夫か??」

 手を引いてくれてた男の子の顔を見上げると狐のお面を着けている。


 後ろの様子を伺うと街灯の灯りに反射してキラッと鋭く光る物が私たちに向かって振りかざされた。

「危ないっ!!」

 男の子はその光を手で払い除け、大男の急所を長い足で思いっきり蹴り飛ばす。


「うあぁ」

 その場に再び蹲り叫び声を上げたそいつは一歩も動けそうにない。


「ほら」

 目の前に浴衣を着た男の子の大きな背中。

「おぶってやるから早くしろ」


「でも……」

 異性の人におんぶをしてもらうなんて、小さい頃お父さんにしてもらったくらい。

 変な恥ずかしさが私の足を石のように固まらせた。


「いいから! つべこべ言ってる暇ねーぞ!!」

 クンと私の手を引いて背中に乗ることを促してくる。


「わ、分かった……」

 恐る恐る彼の背中に覆い被さった。


(緊張でドキドキが伝わったらどうしよう……)


 汗ばんだ彼の背中からは安心する匂い。

 さっきまであんな襲われ方をしていたのに、嘘みたいに消えてしまった恐怖心。




「もう、ここまで来れば大丈夫だろ。怪我なかったか?」

 狐のお面をしたまま彼は私を丁寧に背中から下ろしてくれた。


「うん、全然……、え? 血……!?」

 どこも痛くないのに掌にべったりと血がついていた。

「え、なんで? 私どこも怪我してないハズだけどーー」

「大丈夫かっ?! 見せてみろ!!」

 狐の男の子は物凄い勢いで私の手を掴む。


「ちょっと、私じゃなくて……君だよ……!!」

 私の手を握っていた大きな手の甲が血で滲んでいた。


「あぁ、俺か。よかった」

 彼はサッと手を引っ込めた。

「よかったじゃないよ! まだ血、出てたじゃない……!」

 光ってたの……やっぱりナイフだったんだ……

 いかにあの時自分が危ない目に合っていたのか……改めて思うと、全身にゾクリと悪寒が走る。


「顔色悪いぞ、無理すんな」

 お面の彼はそっと私を引き寄せて大きな胸にすっぽりと招き入れてくれた。


「……うん」

 初めて会った人に抱きしめられているのに……

 どうしてこんなに心が落ち着くんだろう……?

 目の前には少し乱れた浴衣の襟ぐりから見えたネックレス。

 どこか見覚えのある曲線を描いたゴールドのチャームが、日焼けした肌にしっくりと馴染んでいた。

 (可愛い……)


 自分の全てをこんなふうに誰かに預けられるなんて……


「落ち着いた?」

 彼のまろやかな声が、心地よく耳に馴染む。

「うん、ありがとう」

 名残惜しさを感じながらもそっと彼の胸から離れていく。


 私は自然に彼の手を取った。

「こんなに大きな傷……私のせいで……ごめんなさい」

「大丈夫だって、このくらい。避けきれない俺が悪いんだよ。かっこ悪いから忘れて」

 そう言って私の手を振り払い後ろに隠す。


「お願い……手当くらいさせて」

 懇願した。

 あんな状況で危険を顧みず大男に立ち向かって私を助けてくれた人。

 このまま『ありがとう』一言で帰すことなんて出来ないよ。


 私はハンカチを取り出して人混みの中、どこか座れるところがないかと探した。


「痛いよね、ホントごめんなさい。それから……ありがとう」

 お面の下の表情は全く読み取れないけど、彼から放たれる穏やかな空気がやんわりと私を包み込む。


「俺は大丈夫だけど、女の子が一人であんな人気のない所、絶対行っちゃダメだ」

 大人しく私に介抱されながら、ちょっとばかり語気を強める。


「そうだよね。このお祭り友達と来てて……。最後の花火、あそこが空いてる穴場だからって言われて来たんだけど途中逸れちゃって……」

 そうだ。(みお)勇吾(ゆうご)の存在すっかり忘れてた!


「それで一人で探してたら襲われたってワケ?」

 私は静かに頷く。


「……ったく。 ……ん?」

 お面の男の子は急に慌てたように後ろを向いた。

「おい、それよりも俺の手当なんかより浴衣……ちゃんと先に直せよ」


「え……?」

 胸元に目線を落とすと……


「やだぁっ!!」

 お面の下はそうだよね、ちゃんと見えてるんだもんね。

 思いっきりはだけてたぁ……


「スキだらけなんだよ。年頃の女の子なんだから気をつけないと」

 頭をポリポリと掻きながら私が浴衣を直すのをブツブツ言いながら後ろを向いて待っている。


「年頃って……ふふ、言い方がおじさんみたい。はい、もう直したからこっち向いてもらって大丈夫です」

 さっきまで暴漢と勇しく戦ってくれていた姿とのギャップが凄くて、それが何だかとてつもなく可愛く思えて……クスリと笑ってしまった。


「ま、中身結構おっさんかもな、俺」

 そう言ってこちらに向き直す。


「お面……取らないの?」

 どんな表情をしてるんだろう……

 気になった。


「取ったらガッカリする、きっと」

 少し声のトーンが下がった……?


「そう? じゃいいよ、そのままで」

 夜空を見上げると大輪の花火が上がっていた。

 別に今はどんな顔だって別にいい。

 むしろ知らない方が本当の彼が見える気がする。


「いいの?」

 クスッと笑っている。


「うん、でも名前は教えて。なんて呼んだらいいかわからないし」

『お面の人』じゃおかしいもんね。


「じゃ、佐藤」

「苗字だけ?」

「いいっしょ、別に」

 私をお面の下からじっと見ている。


「……うん、分かった。私は上野芽衣(うえのめい)。めいでいいよ」

「芽衣か。いい名前だ」

「返しがいちいちホントおっさんね」

 プククと笑った。

 お面を被った姿は高2の私と変わらない気がしたけど、話をすると落ち着いていてとても心地いい。


「やべ、古臭い中身がまた出ちまった」

「ごめん、悪い意味で取らないで」

 佐藤と名乗る彼はお面の下でクスクス笑っていた。


「じゃ、友達見つかるまでおっさんと屋台回り付き合ってくれる?」

「もちろん、喜んで!」


 金魚すくいに、りんご飴……

 こうして男の子と二人っきりで何かするって事、本当に久しぶり。

 

 中一のあの時以来かな……


 遠い昔の悲しい記憶。

 思い出したら涙が溢れるから、ずっと心の中に封印してきた。


 あの時もこうして、同じものを見て、同じものを食べて……

 ずっと横にいてくれるのが当たり前だと思っていたのに……


「……あの……」

 連絡先くらい、交換したい……


「芽衣ー!! やっと見つけたぁ!!!」

 大きな声で叫ぶ同じクラスで私の親友、久保澪(くぼみお)


「澪ー! ごめんねー」

 私は慌てて澪に駆け寄った。


 軽く澪に会釈をした彼は小さな声で私に囁いた。

「もう大丈夫だな」


「もう、ホント探したんだからねっ! どこにもいないんだもん!」

 ガシッと私を抱きしめる澪。


「ねぇ澪、この人佐藤くんって言うんだけど、私のこと助けてくれて……」

 不思議そうな顔で澪が私を見つめた。

「さっきの人、やっぱり知り合いだったの? 会釈してもらった後、私と目があった途端逃げるように走って行っちゃったよ?」


「……え?」

 振り返るとそこにはもう……彼はいない。


「……佐藤くん……?」

 私はさっきまでいた彼が消えてしまったことが信じられなくて、よろけながら彼を探して走り出す。


「芽衣!! もう追いつけないよ、この人混みだし。勇吾も芽衣のこと探し回ってくれてるんだから早く行こっ」

 強引に私の腕を引いてクラスメイトで一緒にお祭りを楽しむ予定だった勇吾に連絡を取り始める澪。



 また……

 また置いてかれちゃった……


 手にぶら下げたビニール袋の中で、ゆらゆらと泳いでいる金魚がほんの少し滲んで見えていた……

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