3 俺の努力の結晶の行方
そんなこんなで流されて10年。
あの後フロイデンとはぐれたり王城でこれまた色々あって俺に専属の侍従が着いたりなんだりしたんだが、それはまたの機会においておこうと思う。というか当時からの我慢…我欲に限界がきた事でこの10年間、俺は密かに計画していたとある趣味を再開する目処を立てることに集中していた。
そうしたらいつの間にやら成人の儀を迎える年になっていたなんてのは後々笑い話にしたいと思う。中身に関して掘り下げるのはダメだ。
そう、繰り返すようだが俺はアラサーの独身社畜リーマンロボオタ。休日はプラモはもちろん、設計からフルスクラッチまで手を出していたリア充である。あの至福の時こそ生き甲斐。あの時間のために俺はパワハラに耐え営業先のイチャモンにも対応し上司の代わりに頭を下げ。休日になれば作業部屋に籠ってひたすら宝物(と言う名のロボ)作成。そんなふうに生きてきた男が突然全てを奪われた。
俺は冷静に激怒せず代替案を模索した。だってそもそも世界が違うんだからどうしようもないしどうしてこう(幼女に)なったかも分からないんだから俺に出来る事はそれくらいだ。堅実に、確実に自分の欲求を満足させられる方法を編み出すことに専念する。身の回りの世話は専属侍女のラーシェが、教養の補填や雑務は侍従のジオハルトがやってくれる。
ちなみに件の王城で侍従が着いたとはこの元王宮騎士団長候補だったジオハルト・ランセルことジオのことであるが今はどうでも良い。
そう、趣味。俺がだーい好きなロボットフィギュアやプラモデルを、どうにかこの世界で実現すべく試行錯誤した。
そもそもかの有名なレイアード伯爵令嬢がそんな無骨で不可思議なシュミ持ちなどと知られてはマズイだろうと、事は秘密裏に。カモフラージュも十分にする為俺の努力は幅広く書籍を漁ることによって、10年の年月をかけて遂に叶う寸前まで来たわけだ。具体的に言うと設計図・素材集め・素材の成形・付属パーツが全て集まって後は組み立てるだけの状態という感じ。素晴らしい。この努力は全く苦ではなかった。
お陰で「レイアード伯爵令嬢は勤勉な読書家」だの「聡明で見識深い魔道令嬢」なんて噂が立っているらしいが全く興味がないのでモーマンタイ。
しかしその“見識を深めている”最中、非常に興味深い項目を見つけた。
それで10年もかかったわけだが、これは10年の価値のある内容だと俺は思っている。そう、それこそオタクの夢のような“自律機動AI搭載フィギュア”の作成…ならぬ、魔法鉱石に命令式を刻んで実体のある“魔石搭載型小型機甲自律人形(応答可能)”の設計に成功した。理論から言えば間違いなく動作するが、ここに至るまでが長かった…こんなに勉強したのは俺の人生でも初の快挙。組み立てが成人の儀の日程とモロ被りだがそこはコッチ優先で徹夜で頑張る予定だ。
ちなみに成人の儀は明日で、今は前日の夜中、皆が寝静まり日付も変わろうという時間帯である。こういうとこで社畜根性が顔出してくるのマジ“俺”って実感できるよな…。
「ここまでやったからには、ヘッドパーツ以外の組み立てはあっという間かな…」
5年前の誕生日に例の叔父上から誕生祝いにプレゼントされた超希少な魔鉱石を研磨・魔力蓄積・形成する事でコアになるよう、術式を人形にかけて、最後に宝石とも見紛える程に美しく形成した魔鉱石…否、魔宝石というべきか。これをヘッドパーツ装着部に嵌め込めば完成だ。
「……やっと、ここまで来れた。ああ、夢みたいだ…」
連日の作業の疲れもあり、俺の意識はそこで途絶えた。
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ソレは永い永い時の狭間を彷徨っていた。力尽き、意識を保つこともできないまま、ただ高次元空間の魔素の中で消失を待つばかりであったが、そこに懐かしい気配と一筋の光がソレを射したのだ。導かれるように光を辿り、覚束ない意識をどうにか持ち直そうと起き上がるため力を入れるように気力を振り絞ってたどり着いたその先にあったのだ。
ソレにとっては眩いほどの光を湛えた“至高のカラダ”が。
ソレは身の振り構わずその“至高”に飛びつき、同調して入り込んだ。ああ、なんて心地よい。なんて優しく、どこか懐かしい気配を感じる…これは一体何だろう?疲れ果てた意識を少しだけずらして周囲を伺うと、そこにはこの世界の三種族から見ても最高級の美しさを持った人間の少女の寝顔があった。稀な魂の形をしているが、それすらも美しさを飾り立てるようだった。ああ、これは夢では?こんな多幸感は一体いつ以来だろうか。
ソレは微かな明滅を繰り返してから、やがて深層に意識を落とした。
小さな小さなカラダに溢れんばかりの魔力をベッドに、永い時の果てに見つけた居場所で人知れず美しい少女と共にひっそりと眠りにつくのだった。
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翌朝、ヘッドパーツ以外が組み上がり机の上に佇む小さな魔道機甲兵が寝落ちした俺の目に真っ先に入って、俺は朝からご機嫌だった。
成人の儀のために豪奢でこだわり抜かれたドレスを纏って衆目の的になることすらこの時ばかりは気にならなかった。ロボ、最高。
残るはヘッドパーツだが、動き出す前にもう少しこの状態で安置して魔力と命令式を馴染ませるべきかと思い…実の所はほぼ完成形態のフィギュアを自我がないうちに余すところなく愛でるのが目的であるが、まぁそう魔道AI化を急ぐことも無かろうと鍵付きの引き出しにヘッドパーツの魔宝石を大事に仕舞い、侍女のラーシェが支度を促しに来るまでの間ずっとフィギュアを可動させポージングで遊んでいたのだった。
しかし関節部の駆動や頭部の動きのぎこちなさなども無く、まさに理想的な人型兵器人形…魔道機甲兵にうっとりしていた俺はちょっとした出来心で仕舞い込んだばかりのヘッドパーツの魔法石を取り出して改めてそちらの出来の確認もしておく事にしたのだ。
思えばそれが今世での分岐点だった。
原石から磨き抜いて金緑の輝きを放つその唯一と言っていい美しさを誇る宝石は、たとえ中身が男の俺でさえうっとりとしてしまう美しさを持って掌に鎮座していた。光の角度によって黄金にも新緑にも煌めくその様はなんとも形容し難い至宝。努力の結晶とはまさにこの事だと目の前に掲げてうっとり見つめていた、その瞬間部屋が揺れるほどの大きな魔力の奔流がゴウゴウと発生した。
「っこ、これは…なんで!?」
これは魔法石に蓄積した俺の魔力ではない、そして知る限りの何にも該当しない形容詞難い大きな、とてつもなく大きな魔素と清廉さを孕んで俺の手を離れて浮遊し、次の瞬間その形が一瞬で消失した。
かのように見えたが猛スピードで俺の視界から移動しただけだったのだ。コンマ数秒の内に消失したと思い込んだ絶望感と自分の額に違和感を感じ、そして強烈な疼痛に襲われる事になるとは思いもしない。
「あ、あああああああああァァァァ!!?」
「お嬢様!?」
「ルカルイーゼ様!!」
「ルカル!!何事だ!?」
「いったいこの魔力は、ルカル、無事なの!?返事をしてちょうだい!!」
「ルカル!!」
「お嬢様!!!」
流石の事態に集まったであろう家族や使用人たちに構うこともできずただただ脳がまぜこぜになるような、体の魔力がかき回されて血液が暴れまわるような苦痛に呻くどころか叫び声のような声が止まらない。
なぜ、どうして、何が、これは。
痛い、苦しい、吐きそう、暴れ出したいほどだ。
ジオか兄の誰かか肩を支えていなければきっとのたうち回っていたであろう嵐のような苦痛は、しかし俺を含めて部屋に集まった全員の予想外にスルリと沈静化した。残ったのは酷く披露したルカルイーゼの体と困惑する家人達、そして。
「ルカル、ルカルイーゼ!意識はあるの!?貴女一体何が、…!?」
「お嬢様。お気を確かに、今医師を…!?」
「!!ルカルそれは…っ」
「かあさ、ま…?…ジオ…兄様……」
その場の全員が俯いた俺の顔を持ち上げた母に続いて絶句した。
五日間徹夜した時以上の倦怠感と頭痛が治らないまま、酒焼けしたような喉で掠れた声が出せるようになって視界に映る人物の名を呼んで意識の明瞭化を計った俺はしかし、意識を保つ事に精一杯で事の重大さととんでもない事態にその時は気づいていなかったのだ。
顔に手を伸ばす母の、驚愕と歓喜と心配の入り混じった表情を最後に、俺はこれまでの苦痛と夜更かしの疲れもあってか呆気なく意識を落とした。
フィギュアのヘッドパーツ予定だった俺の至宝が、至上の美しさを誇る金緑の魔法石が元の大きさを変えて俺自身に装着されているなど夢にも思わずに。