仏説仏名經卷第九 大乗蓮華寶達問答報応沙門経
「寶達菩薩様、ここが沙門地獄第八、焼脚地獄で御座います。」
鬼王の声に、寶達は悲しい目を上げた。鬼王がやや心配げに寶達を見る。気遣わしげな視線に気づき、寶達は少しばかり微笑んで見せた。
力ない笑みではあったが、鬼王は気を取り直したように言葉を継いだ。
「この地獄は縦横七十由旬、ご覧のように周囲は鉄城、鉄壁、鉄網に覆われ、蟻の這い出る隙も御座いません――」
寶達は地獄に目を遣る。
厳重に囲われた地獄の内部は、炎に覆われていた。
思わず、ため息を漏らす。
鬼王が、そんな寶達の様子を悲しげな目で見る。しかし、寶達の決意を知る彼は、もう寶達の地獄巡りを止めようとはしなかった。
「寶達菩薩様、西門を御覧下さい。」
代わりに鬼王は寶達に西門を指して見せる。
「今、八千人の沙門達が、門の中に入れられたところで御座います。」
寶達はその無残な様に、悲しみに満ちた目を向けた。
「なぜわたしがこのようなところに入らねばならぬのです――」
彼方此方から似たような声が上がっている。
馬頭羅刹は、そんな訴えを歯牙にも掛けず、手にした鉄棒で近くの沙門の頭を小突いた。
どれほど訴えたところで、既に地獄の門は閉ざされており、一度閉ざされた扉は許しがなければ開くことはない。沙門どもは地獄へ堕ちたのだ。今は泣いて無実を訴える彼らも、すぐに諦めて大人しく罪の報いを受けることになるだろう。己の罪を顧みず救いを求めることは、無駄なのだ。
「わたくしは、仏法に帰依しておりました沙門でございます――お許し下さい。」
なればこその、沙門地獄である。
馬頭羅刹は、無言で哀願する沙門を押し遣る。その足元には炎が迫っていた。
「熱い、あつい――」
沙門どもの叫び声が大きくなる。
炎が足元を舐め、突き出た鉄棘が足を刺している。
小突き回していた沙門のひとりが、痛苦に耐えかねて倒れ伏す。馬頭羅刹は無言で沙門を引き起こす。その足が焼け爛れ、切り裂かれて歩けなくなるまで、止まることは許されない。
呻き泣きながら、沙門はじりじりと歩き出し、再び倒れた。身を焼く炎から逃れようと、立ち上がろうともがくが、果たせなかった――
馬頭羅刹はもがき叫ぶ沙門を捨て置いて、他の沙門どもを小突き回しながら追い立てて行った。やがてどの沙門どもも倒れ伏し、焼け失せては生き返り、千死万生して苦しむこととなる。
またひとり、沙門が倒れこむ。
もがく沙門を一瞥して、馬頭羅刹は歩を進めた。
「ご覧の通りでございます。」
鬼王が言った。
「地獄に満ちる炎はあの者どもの脚を焼き、地から突き出す鉄棘は彼らの足を刺します。やがて彼らは地に倒れ、身を焼かれて悶絶し、そうして一日一夜に万端の苦報を受け、千死千生、万死万生して苦しむこととなります。」
「彼らは――」
寶達は悲しみに満ちた目で、問う。
「彼らは、何をしてこのような苦しみに堕ちたのでしょう。」
傍らの馬頭羅刹が畏まったまま答える。
「この者どもは、沙門として仏の浄戒を受けながらそれを軽んじ、不浄の足で仏地、僧地を踏み、仏像を敬わず、馬や驢馬に乗ったままその前を過ぎました。そうしたことを恥と思う心も無かったため、この地獄へ堕ち苦しみを受けているのです。」
「仏法に帰依する沙門でありながら、その礼のなんと失われていることか――」
寶達は悲しげに俯いた。
「そうした者が堕ちているのは、ここばかりではありません。」
鬼王が眉を顰めて言った。
「沙門の礼は失われる一方で、そうした沙門が堕ちる地獄は多いのです。」
寶達は、それを聞いて泣き悲しみ、静かにその地を去った。