仏説仏名經卷第六 大乗蓮華寶達問答報応沙門経
「――これが、鉄床地獄にございます。」
鬼王が眼下に広がる地獄を指した。
周囲はこれまで同様鉄の城壁に囲まれ、城壁の上は鉄の網で覆われている。
「鉄床地獄は縦横五十由旬、四方から炎が吹き出す地獄の中央に備えられた鉄床には、鋭い刃が据え付けられ、罪ある沙門どもを割いております。」
云われて寶達は地獄の中に目を向けた。
「これは――」
地獄の中は、炎に満ちていた。
殊に、鉄床が据えられているはずの中央辺りは炎が渦巻き、白刃が炎をうつして時折りきらめくのが見えるばかりだった。
「――一体、この炎の中で、沙門達はどのような苦しみを受けているのでしょう…」
寶達は呟く。
「あまりの炎に、寶達菩薩様のお目にはこの地獄の様はおうつりになりますまい。幸い馬頭羅刹は目が利きますゆえ、その目に映った地獄の有様を語らせましょう。」
傍らの馬頭羅刹が寶達の前に進み出る。
「貴方の目は、あの炎の内が見通せるのですか?」
寶達が問うと馬頭羅刹は、はいと肯き、眼下を指して話し始めた。
「今、炎の向こう側、東の門から、七百人余りの沙門どもが入って参ります――」
門の扉が開き、大勢の沙門どもが雪崩を打って城内に押し寄せてくる。後ろから彼らを追い立てる獄卒の声が響く。
地獄の中は四方から炎が燃え盛り、彼らを待ち受けている。追い立てられる恐怖に雪崩れ込んできた沙門どもの足が止まり、苦痛の声が上がる。
傍らでは、進もうとしない沙門の腰を、獄卒の馬頭羅刹が手にした三股の鉄叉で突いている。鉄叉の先が沙門の身体を貫いて、臍から突き出していた。
鉄床近くでは、追い立てられて来た沙門を馬頭羅刹が待ち受け、捉えて頭上高く掲げると、上向きに植えられた鋭い刃の上に落とす。腹から背へと刃が突き抜けるそのたびに、悲鳴が上がった――
馬頭羅刹が目に映るものをそのまま口にすると、寶達は思わずと言った様子で顔を歪めた。
「――酷いこと。彼らはそのような目に遭うような、一体何をしたというのでしょう。」
馬頭羅刹が答える。
「この地獄に堕ちる沙門どもは、仏の浄戒を受け沙門となりながら、未来無上の仏道を求めず、ただ現在の利益、名声を求め、四禁、八萬威儀を犯し、満足を知らず、炎が枯れ草をなめつくすように貪欲に信施を貪った者どもでございます。また、座る作法も知らず、仏の座す床に上り、師の座を踏みつける有様。この地獄において生死を繰り返し、一日一夜のうちにも限りない苦しみを受け、やがて地獄を出て人に生まれても諸根不具となります。」
馬頭羅刹の言葉を聞き、寶達は炎に包まれた鉄床地獄に悲しげな目を向ける。
「沙門として、解脱の門の入り口に立ちながら――悲しいことです。」
寶達の言葉を受けて、鬼王は眼下を見下ろす。無数の沙門どもが炎の中で苦しみ叫んでいる。寶達の目には、彼らがこの上も無く悲しい存在に映るのだろう。
悲しげな目で眼下を見下ろし続ける寶達をそっと促し、一行は鉄床地獄を去った。