仏説仏名經卷第二十六 大乗蓮華寶達問答報応沙門経
寶達たちは、次の地獄へと進んだ。
その地獄は、猛風に包まれていた。縦横三十四由旬、鉄壁に囲まれ、網が覆うその地獄は猛風に揺れ動き、揺れ動くたびに炎が揺らめき立っている。
虚空には鋒のような鉄棘が乱れ飛び、雷鳴のように鳴り響いては下り落ち、罪人達を刺し貫いていた。
「鉄火屋地獄、またの名を鉄屋地獄と申します。」
鬼王が指すほうを見ると、地獄の中央近くに周囲約四十歩ほどの大きな鉄の台が据えられ、大勢の沙門達がその台上でそれぞれに報いを受けている。鉄の台には火の覆いが掛けられ、罪人たちに纏わりついてその身を焼いていた。
「御覧下さい。」
鬼王が西門を指す。
「無量無辺の罪人どもが、今、西門で叫んでおります。」
地獄の門前で、その沙門は竦んでいた。
地獄を囲む鉄壁は地面を揺らして振るえ動き、虚空には何か恐ろしいものが飛び交い鳴り響いている。
たとえどんな罪人であろうと、このようなところに投げ込まれるほどの罪などありはしないだろうと思われた。それほどに、そこは禍々しかった。
門が、開く――
彼はその場に蹲る。とても自分の足で、地獄に進み入ることはできなかった。
怒号、悲鳴――なぜ、わたしを地獄に堕とすのですか――絶叫する声が聞こえる。彼は、恐ろしさに震えながら、じっと蹲ったままだった。
がしり、と、冷たく堅いものが、彼の身体を挟みつける。顔を上げると、見上げるような馬頭羅刹が、大きな鉄鉗で彼を挟み上げていた。
悲鳴が迸る。身を捩り、暴れるが、鉄鉗は強い力で彼の身を挟みつけていて、びくとも動かなかった。
「いやだ、いやだ――」
叫ぶ彼の気持ちとは裏腹に、地獄の門が近づく。
見下ろすと、別の沙門が鉄鉤に頭を引っ掛けられて、同じく地獄へと引きずられてゆくところだった――
次々に、沙門達が火の覆いの中に投げ入れられていく。寶達は、その様を悲しく見た。
「鉄台の上には、大毒蛇の鱗が敷き詰められ、沙門どもの身体に皆刺さります。また、覆いの中には鉄鳥がいて、彼らの心臓を啄み、腸を引きずり出すのです。」
沙門達の悲鳴が響く。許しを請い、助けを求める声が、寶達の耳にも届いた。
「とても、耐えられる苦痛ではありますまい。彼らはああして一日一夜に無量の苦を受け、死にたくとも死ねません。千万劫を経て地獄を脱することができても、畜生となって鋤を引き、重荷を背負って罪を償い、百生千生に渡って休息は許されません。」
鬼王の言葉に、寶達は馬頭羅刹を見る。なぜ、と問う前に、馬頭羅刹が口を開いた。
「寶達様、哀れとお思いでしょうが、この沙門どもは仏の浄戒を受けながら、これを守らなかった者たちでございます。決められた衣を着けずに裸同然で眠り、またこれを見て性欲を覚え、比丘の浄行を汚し、比丘尼を汚したために今この地獄に落ちたのでございます。」
悲しげな瞳を向ける寶達に、鬼王が肯く。
「彼らはこの後人となっても、五逆に堕ちましょう。家は貧寒賎にして、衣は破れ、身を覆えない有様。自ら家宅を無くして、彷徨うような者になります。」
これを聞き、寶達の目から涙がこぼれた。
「どうして彼らは、出家しながら俗所に縛られるのでしょう――なぜ、解脱の門を得たというのに、欲に迫られてこれを翻すのか――」
振り絞るように、そう呟いて、寶達は去った。鬼王はその様をじっと見つめ、その後を追った。