仏説仏名經卷第二十四 大乗蓮華寶達問答報応沙門経
炎の中に、沙門達が蠢いていた。
寶達は、その地獄を見下ろしている。
「寶達菩薩様、耕田地獄でございます。」
鬼王が言った。
その地獄は縦横二十由旬、鉄壁が囲み、猛火が燃え上がっている。炎が上から下へ下から上へと燃え盛る様は、恐ろしさとともに、美しささえ覚えるほどだった。
「地面には鉄刀が生え、刃が上に向いてその先からは炎が燃え、沙門どもを切り焼いております。」
うろうろと惑い歩く沙門達を、寶達は痛ましい気持ちで見下ろした。
「寶達様、東門を御覧下さい。六千人の罪人が、今地獄に入るところでございます。」
東門に目を遣ると、大勢の沙門達が炎に包まれていた。目や口からも火が吹き出している。沙門達は怯え、なかなか地獄の中に入ろうとしない様子だった。
しばらくもみ合い、業を煮やした馬頭羅刹が鉄叉を振り上げる。沙門が背から胸へと貫かれ倒れる。倒れた沙門に鉄餓鬼や狗が群がった。沙門達が泣き叫ぶ。幾人かが、獄卒の鉄鉤でその身を引っ掛けられて、引きずられて行った。
寶達は目を閉じ、顔を背ける。幾度見ても、地獄の光景は慣れるものではなかった――
広い畑が広がっている。
「それ、耕せ。」
鉄の牛が鋤を引くその畑で、馬頭羅刹は鉄の鍬を指してそう言った。
恐る恐る、沙門達が鍬を取る。
ここにいる沙門達は、皆心得のあるものばかりで、すぐに慣れた手つきで地面を耕し始めた。
馬頭羅刹は冷たい目で、その様を見ている。
不意に、ごう、という音がした。
ああっ、と沙門どもが声を上げる。
炎の流れが渦を巻き、沙門どもを焼いている。先程まで、静かに揺れていた畑の穀物や、伸びた草が皆一斉に炎を吹き上げて燃えていた。
「耕せ。」
鍬を投げ出して逃げようとする沙門を捕らえ、馬頭羅刹は冷たく言う。
――お許し下さい、私が何をしたというのでしょう。
捕らえられた沙門が泣き叫ぶ。
「何を言う。おまえ達は、沙門となり他からの施しを受けながら、それに満足することなく、己の手で食物をつくり、修行する間も惜しんで畑を耕していたではないか。」
沙門は肩を落とし、諦めたように鍬を手にした。
炎の上がる耕地の其処此処に、沙門達の苦悶する姿が影のように散っている。馬頭羅刹は、冷たい瞳で彼らを眺め渡し、小さな溜息を落とした。
「――彼らは一日一夜に万死万生し、御覧のような大苦悩を受けます。」
鬼王が言った。
「苦しみに心は定まらず、千万劫を経てはじめて人として生まれることができますが、聾、盲、瘄、瘂となり、人に憎まれ、横暴な官吏に捕らわれ、身には悪瘡ができ、山野を彷徨うことになるでしょう。」
鬼王の言葉に、寶達は悲しげに地獄を見下ろす。
「彼らは、なぜそのような苦しみを受けねばならないのでしょう。」
悲しげに問う寶達に、傍らの馬頭羅刹が答える。
「この沙門どもは、仏の禁戒を受けながら、三悪八難を慎まず、田を耕し種を植える破戒をしました。本来托鉢によって得るべき食物を、自らの手で作り、自らの手で収穫して、自ら食べ、草木を殺す。そのような外道や栴陀羅のような行いをして、恥じる心がなかったために、この地獄に落ちたのでございます。」
寶達は悲しげに呟いた。
「なんと、難しいことなのでしょう。道を、誤らぬということは――。彼らは大海を渡ったというのにその深淵に没し、その目を開いたというのに光明を見失い、一度は六道を離れたというのに再びその中へ帰り、生死を離れていながら再び欲望の炎に焼かれている――」
寶達の頬を涙が伝う。
「どうして人は、あと一歩のところで道を誤るのでしょう。いっそ彼らが沙門ではなかったなら――」
悲しみに泣く寶達に、鬼王が悲しげな目を向けた。おそらくこれまで、そのようなことを思ったことはなかったであろう寶達の、悲しい呟きを鬼王は静かに聞いていた。
そうして彼らはそっと、この地を去った。