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仏説仏名經卷第二十二 大乗蓮華寶達問答報応沙門経

15Rでしょうか。

 高い城壁が聳えている。

 縦横三十由旬。四面を覆うその鉄壁の高さは、これまで見たどの地獄のものよりも高く、冥い地獄に影を落としていた。

「寶達様、ここは鉤陰地獄と申します。」

 鬼王が言った。

「ここに堕ちた沙門達の罪状をお聞きいただければ、納得いただけることと思いますが、獄中は他の目を憚る有様にございますので、高い城壁を廻らせております。――あるいは菩薩様のお目にかけるようなものではないかもしれませんが――」

「いいえ――」

 寶達は首を振る。世尊の命を受けて地獄を巡る寶達に、見るべきでないものなどありはしない。

「どのようなところであっても構いません。ご案内下さい。」

 寶達はきっぱりとそう言った。

 鬼王が静かに頷いた。

「寶達様、それでは御覧下さい。」

 


 四方にめぐらされた高い城壁に、幽冥の空が四角く切り取られている。日月もこれを照らさぬという地獄の中でも、一層に暗いその一角で、彼はその身を小さく縮めて震えていた。

 彼の目の前には、ひとりの沙門が、獄卒夜叉に押さえつけられている。夜叉はひとりが両腕、ひとりが左足、ひとりは左手に罪人の右足を掴み、右手には焼けて暗がりに赤く輝く鉄鉤を下げていた。

 捕えられた沙門が、泣き叫びながらもがいている。沙門は、これから自分がどうなるか知っているのだろう。必死に首や腰を振り動かし、手足をもがいて獄卒の手から逃れようとしている。

 その動きを封じるように、獄卒夜叉が沙門の足を大きく引き広げる。哀願の声が響いた瞬間、右手の鉄鉤が振るわれた。焼けた鉄鉤が沙門の陰部をがっちりと捉えているのを見て、彼は固く目を閉じる。背中を冷たい汗が伝っていた。

 鋭い悲鳴で目を開けると、沙門は両手足を押えられたまま鉄鉤で吊りあげられていた。背を反らし、腰を持ち上げた様な格好で、沙門は硬直している。陰部が抉り取られそうな痛みと恐怖で身動きができないのだ。沙門はしばらくの間釣り下げられる様にして、泣き叫んでいた。

 不意に泣声が止まり、うめき声が上がる。見る見るうちに鉄鉤が赤熱し、炎が噴き上がった。耐え切れず、沙門が暴れ出す。

 ぶつり――

 そう音がして、沙門の陰部が抉り取られ、支えを失った体が地面に落ちる。炎が下腹から順に燃え上がり、身を包む。苦痛に耐えかねもがく手足は、まだ獄卒夜叉に捕らえられている。

 やがて、沙門の全身が燃え上がり、捉えられた手足がもがくのをやめる。獄卒夜叉が、放り投げるように沙門から手を離した。

 彼は一層に身を縮める。

 彼の周りには、沢山の沙門達が、彼と同じように身を縮めている。順繰りに自分の番が来るのだ。その時を、少しでも後にしようと、彼らは身を縮めている。

 獄卒夜叉がじろりと辺りを見回す。

 叫び出したいほどの恐怖に耐えながら、彼はじっと身を潜めていた――


 それは、懐かしい女の姿だった――

 かつて、沙門であったころ、ひっそりと情を交わした女である。もう、幾年前のことか思い出せなかったが、女は変わらず美しかった。

 恐ろしい獄卒夜叉の手から逃げ出して、彷徨っていた男は、ほっとして彼女のもとへ走りよる。女はにっこりと笑って、男を抱き締めた。

 とたんに、男の口から悲鳴が上がる。女の身が金剛石に変わり、男の体をぎりぎりと締め付け始めたのだ。女の体から炎が上がる。逃れようと暴れる男の唇に、女が吸い付く。がり、と、女の歯が男の唇を喰いちぎった――



 男と女が絡み合う。

 思わず眉を顰める寶達に、鬼王が言う。

「さぞお目障りなことでございましょう。やがて男は、その業により女に食い尽くされる事となります。ここに至ってもこの罪人達は、なお過ちを悔いることがないのです。」

 寶達は俯いて頭を振る。苦しげな表情が浮かんでいた。

「お察しのことと思いますが、この者達は愛欲の業によりこの地獄に堕ちた者達です。鉄鉤の苦しみから逃れようとしたところで、地獄から逃れることはできず、愛欲の業によって現れた女によって喰い尽くされ、生き返っては苦しむことになります。一日一夜に無量の苦を受け、無量百千万劫を経るまで、この地獄を抜け出すことはできません。もし、ここを出ることができても他の業の報いを受け、畜生の中でも特に不浄の虫と生まれます。さらに二百千世を経て人に生まれても、五百世の間は胎中で死に、また五百世の間は分別の無い人間となり、貧窮し孤独で短い命を受けるでしょう。ある時は妻を娶っても他人に奪われ、ある時は自らが他人の妻を愛するなど、跡継ぎを得るのに障害がなくなることがありません。」

「愛欲の――罪。」

 はい、と、傍らの馬頭羅刹が肯いた。

「この沙門達は仏の浄戒を受けながら、それを守ることができませんでした。愛欲に溺れ、放縦に淫行を繰り返したため、今このような罰を受けております。」

 地獄には沙門達の悲しい悲鳴が響いている。

 寶達は、悲しみ嘆いて涙をこぼし、この地を去った。


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