仏説仏名經卷第二十 大乗蓮華寶達問答報応沙門経
寶達は悲しい瞳で、地獄を見下ろした。沙門達の泣き叫ぶ声が、辺りに満ちている。
「寶達様、ここは、解身地獄でございます。縦横三十由旬、周囲は鉄城、鉄網に覆われ、罪人達の這い出る隙はございません――どうぞ、東門を御覧下さい。」
寶達は目を凝らす。東門に、幾人とも知れない沙門達が、集められているのが見えた――
門が、閉じる――
彼は後ろを振り返った。
ぴたりと閉じた鉄扉には、すでに堅く閂が掛けられている。
地獄の炎に炙られ、沙門達が泣き叫ぶ。
「進め。」
そう彼らに命じて、獄卒夜叉である彼は大斧を取る。
沙門達の目には、すでに自分達が引かれてゆく先が見えている。彼らの向かう先には、堅固な枷が設えられた鉄台が据えられ、鉄の鋸が添えられて、沙門達が引かれてくるのを待っていた。
「私達が、何をしたというのです――」
怯えた沙門達が、彼に訴える。
訴える沙門達の頭を、彼は容赦なく手にした大斧で切り落とす。分からぬはずは、ないのだ――
「お許し下さい――」
大斧を振るう彼を見て、沙門達が慈悲を乞う。
彼は、哀願する沙門達を睨み付ける。無慈悲であったためにこの地獄へと堕ちてきながら、彼らは慈悲を乞う。それは、身勝手というものであろう。
「進め。」
彼は、再び沙門達に命じる。
多くの者達が、渋々足を進める。
どうしても進もうとしない沙門達を鉄縄で縛り上げ、数珠繋ぎに繋いで引き、獄卒夜叉は沙門達を負いたてながら歩き出した――
鉄枷の前に引き据えられて、彼は震えていた。
彼は生前、沙門でありながら慈悲の心を持っていなかった。戒を受けてはいたが、肉食を改めることは生涯なかったし、己の手で畜類を殺め、解体して食べることも、珍しいことではなかった。
その、報いなのだ。今、彼は彼が殺めてきた畜生たちと同じ恐怖を味わっている。
彼は、一人の沙門が切り刻まれるのを、目の当たりにしたところである。枷に押さえつけられ、身動きひとつできぬようにされて、恐ろしさと、痛さ、苦しさに泣き叫び、呻き吼え、哀願を繰り返しながら、その沙門は切り刻まれた。
次は、彼の番である――
切り刻まれた沙門の身体が、台上から下ろされる。とたんに様々な畜類が群がり、その肉に齧り付いた。それらは、その沙門が生前殺し食ったものたちなのだろう。
近くにはすでに、覚えのある畜生どもが、彼の肉に齧り付こうと待ち構えている。
「次――」
大鋸を手にした獄卒夜叉の声が響く。彼は竦みあがり、涙を流して許しを請うた。
「馬鹿め。」
獄卒が冷たく言って、彼を掴み上げる。
血に濡れた台上に仰向けに押さえつけられ、両手足、首、胴に鉄枷が掛けられる。
身動きのできない彼の目の前に、冷たく光る大鋸が突き付けられた。最前の沙門が、手足の先から節々を寸々に切り離されていった様が、脳裏に浮かぶ。
逃れられぬと知りながら、手足をもがかせ、泣き叫びながら慈悲を乞う彼を、獄卒夜叉が冷たく見下ろしていた――
寶達は眉根を寄せ、解身地獄の凄惨な様を見つめていた。その表情は、悲しげというよりむしろ、苦しげである。
「寶達様。これが、解身地獄でございます――」
鬼王が、悲しげにそう言った。
寶達は静かに肯き、顔をあげる。涙がひと筋、その頬を伝っていた。
「彼らの苦痛の声は、天までも響くと申します。この地獄に堕ちた沙門達は、このような苦患を間断なく受ける無量の罰を受け、一日一夜に千死千生万死万生して苦しまねばなりません。千万劫を経るともこの地獄を出ることはできず、もしこの地獄を脱しても畜生の身に堕ち、殺した畜類の恨みのために、百億千生も食べられるための家畜となることでしょう。」
寶達は、悲しみの涙を落とす。
「彼らは、沙門の身でありながら、あれらの生き物を殺し食らったのですね――」
はい、と馬頭羅刹が答えた。
「あの罪人どもは、仏の禁戒を受けながら、無上の妙法を求めず、無慈悲に殺生を繰り返し、それらをその手で切り刻んだために、このような厳罰を受けております。畜生の生を経て人の身を得ても、百生千生も諸根不具となり、聾、盲、瘄、瘂となって、手足の自由がきかず、身には多くの瘡ができて常に血膿を流して苦しみます。それが、沢山の命を奪った報いでございます。」
馬頭羅刹の言葉に、寶達は項垂れる。
業の報いとはいえ、それはあまりに惨い行末であった。
寶達は彼らの身を思って涙し、俯いたままそっとその地を去った。