仏説仏名經卷第十八 大乗蓮華寶達問答報応沙門経
寶達はまた、次の地獄へと進んだ。
鉄壁に囲まれた地獄には、火が燃えている。
「寶達菩薩様、ここは雨火地獄と申します。」
鬼王が言った。
「まずは、地獄を囲む鉄城の四隅を御覧下さい。」
寶達の目に、城の四隅に乗る異形の獣が映る。
「――あれは。」
「銅狗に御座います。」
鬼王が言う。
「銅狗はその口から火雨を降らせる雲を吐き、四頭の銅狗が吐く雲は、地獄中を悉く覆っております。」
寶達は、銅狗を見る。その牙は天に向かって突き出し、眼口には炎が燃えている。
炎の燃える口を開け、銅狗が吼える。
その口から熱気を帯びた雲が、もくもくと流れ出す。黒雲が、地獄中を覆い、火の雨を矢のように降らせる。
それは、いっそ美しいような光景であった。
空から、火の雨が降り注ぐ。遠くに、銅狗の吼え声が聞こえた。
その沙門は、荒い息を吐きながら、身を打つ火の雨を振り払う手を止めた。たちまち、彼の背や肩を降り落ちる炎が覆う。
熱さに呻きながら、彼はこの火が身を焼き尽くしてくれることを願った。間断なく降り注ぐ雨に追われ、休み無く逃げ惑い、とうに体力は限界を迎えている。逃げる当ても無い。
加えて、彼らの踏む地面には、無数の鉄の刃が上向きに突き立ち、逃げ惑う沙門達の足を、ひと足ごとに刺し貫いていた。
刃に貫かれた足を、持ち上げる力もなく、彼はその場に蹲り、大きく息を吐いた。
身を包む炎が大きくなる。辺りには、逃げ惑う沙門達の悲鳴が響き渡っていた。遠く、銅狗の吼える声を聞きながら、彼はゆっくりと地面に崩れた。
「寶達様。」
一瞬、降り注ぐ火の雨に見惚れていた寶達は、鬼王の声で我に返った。
地獄からは、銅狗の吼え声と共に、沙門達の上げる凄惨な悲鳴が響いている。
「寶達様、彼らは昼夜問わず、間断なく降り注ぐ火の雨に打たれて逃げ惑います。降りかかる火の雨は沙門達の身に触れると燃え上がり、一日に幾度となく生死を繰り返す、無量の罰を受けるのです。」
寶達は地獄を見た。
先程までの美しさは失せ、泣き叫び、逃げ惑い、倒れ伏してはまた起き上がって苦しむ、沙門達の悲しい様が、ありありと寶達の目に映り、悲しみが胸に迫った。
「彼らは、どのような罪を犯したのです?」
馬頭羅刹が答える。
「この沙門達は仏の教えを受けながら、その威儀を理解せず、外道に落ちました。彼らは袈裟を持ちながらこれを着けず、裸で村々に入り、また、仏地僧地にも同様に裸で足を踏み入れました。諸天も彼らの所業にあきれ果て、狂僧が人の村に入ったと揶揄しております。今地獄に堕ちている沙門どもは、地獄を抜け出しても畜生となって、千万劫を経ることでございましょう。」
寶達は、悲しい気持ちで彼らを見下ろした。火の雨が、彼らの上に降り注いでいる。涙が、落ちた。
寶達は、静かに涙を拭い、その地を去った。