仏説仏名經卷第十七 大乗蓮華寶達問答報応沙門経
「寶達様、沙門地獄第十六、斫手地獄でございます。」
鬼王の言葉に、寶達はその地獄を見下ろした。
縦横三十六由旬のその地獄には、縦横五十歩ばかりの大きな鉄の台が据えられていた。
「南門の方を御覧下さい。只今、新たな沙門どもが五千人ばかり地獄へ入れられるところで御座います。」
寶達は、南に目を向ける。
沙門達の泣き叫ぶ声と共に、鉄門の開く音が低く響いた――
真っ赤に熱された大鉄台の前で、彼は青ざめ震えていた。大勢の沙門達が、彼と同じように蹲り、震えながら目の前の大鉄台を見つめている。
彼らは地獄の門から追い込まれ、馬頭羅刹の鉄叉に威されて、この鉄台の前へと引き据えられていた。彼らの周りは、鉄叉を持った馬頭羅刹たちが取り囲み、逃げ出すものが無いか、鋭い目を光らせている。
彼はそわそわと辺りを見回した。
逃げる隙は、無い。
ああ、あああっ。
大鉄台からは、間断なく悲鳴が上がっている。あまりに惨い様に、彼は目を覆い耳を塞いだ。
焼けた鉄台の上には、数人の沙門達が獄卒の鉄叉の先で押さえつけられ、両手を伸ばして伏させられている。鉄台に触れる胸や腹からは煙が上がり、皮肉の焼ける臭いが漂っていた。
さらに、獄卒達の手にした鉄斧が、、伸べられた彼らの手を、細かく切り刻んでゆく。
ああ、ああ――
指の一本一本、一節一節が、一打ちごとに切り離され、其の度に沙門達の口から、悲鳴や呻き声が漏れる。
「どうか、ひと思いに、ひと思いに――」
弄りまわされる様な苦痛に耐えかね、哀願する声が聞こえる。泣き叫び、許しを請う声が響く。
どれほど、請い願っても獄卒達が手を止めることは無い。
ひい、ひいい――
絶え入るような悲鳴と共に、手首から先を細切れの肉片に変えられ、胸腹を焼け爛らせた沙門達が、鉄台から追い落とされる。
血の噴出す手を上げ、魂が抜けたように座り込む彼らを横目に、代わって次の沙門達が泣きながら鉄台の上に追い上げられる――こうしたことが、あと数度、繰り返されれば、自分もまた、あの焼けた鉄台の上に押さえつけられねばならない。
うああ、あああっ――
新たな悲鳴が塞いだ耳に響く。
やがて来る苦痛の恐ろしさに、彼は頭を抱え、震えながら涙を流した――
無残な様だった。
寶達は、悲しみのため息を吐いた。
「惨い様ではありますが、彼らは皆罪を犯した者たちで御座います。そのためあの沙門どもは、昼夜を問わずこのような惨刑を受け、生きようにも生きられず、死のうにも死ねずに苦しむのです。」
鬼王が、悲しげにそう云った。
「彼らには、どんな罪があるのでしょうか。」
寶達が問う。
馬頭羅刹が答えた。
「この沙門どもは、仏の浄戒を受けながら、それを守ることをしませんでした。清浄な楊枝で口を漱ぐことをせず、手には垢が溜まり、不浄の手で経典、仏像に触れました。また、沙門として清浄であるべき手で男根、女陰を捉える行為を致しました。そのためこの地獄へ堕ち、不浄の手を切り刻まれる罰を受けて居ります。千万劫を経てもこの地獄から抜け出すことはできず、後に人として生まれ変わることがあっても、不具の身となるでしょう。」
寶達は悲しみ、静かに涙を落としてこの地を去った。